第6話 スキル

一人になったと同時にウェーブのかかった長髪にカチューシャを付けた痩せ形だが鍛えた身体の男に話しかけられた。これは面倒事だ。そう思った俺は悪いが一人で飲みたい気分なんだ、と逃げた。男は執拗に話しかけてきたが最後は諦めて自分のテーブルに戻っていった。俺が店を出るまでずっと見られている気がしたが。これは早めに宿に戻った方が良さそうだ。パブを出た俺は宿に向かって走り出そうとした。が。走れない!まさか「走る」という行為もスキルなのか!?


「よぉ……にーちゃーん。気分はどうだい?走れねぇだろ」


さっきの男だ。店を出てから幾分か歩いてきている。追いつかれたということは、この男は走るスキルを持っているという事か。

男に腕を掴まれたので振り払おうとしたが、全く歯が立たない。どういうことだ?確かにこの男は鍛えた身体をしているが、全く抵抗も出来ないとはどういうことだ!?


「だからよぉ。いい加減理解しなよ。腕力、もスキルなんだよ。怖いか?いいぜ?大声を出して助けを呼んでもいいぜ?出来るならな」


大声を出すのもスキルなのか……!俺にはあのコンソールで攻撃行為をすることしかスキルはないというのか!?なにか……なにかないのか?腕を引かれて目の前の建物に連れ込まれる。


「ふざっけんな!」


勢いに任せて男を殴り飛ばしてみた。腕力スキルがないのでどうしようもないとは思ったが。だが、結果は違った。男は吹き飛び、部屋の壁に激突して失神している。


「コイツ、やべぇぞ。殴り持ちだ!滅多に見ねぇスキルだがかなり強力だ。誰か!縛りのスキル持ちは居ねぇか!ここでスキルを隠しても意味はねぇ!こいつを捕まえなきゃやべぇんだよ!」


殴るスキル、というのもあるらしい。これは好都合だ。後ろのドアも殴り飛ばせるかも知れない。


「うぉぉぉぉっ!」


思い切りドアを殴り飛ばしてみた。案の定、ドアは通りの反対側まで吹き飛んだ。これは便利なスキルだ。走ることは出来ないが、これなら逃げきれる。宿まで行けば雫がいる。あいつならなんとかしてくれるだろう。


「雫!起きろ!!襲撃だ!なぜか分からんが襲われている。アタッカーID持ちを捕まえようとしている!雫もここにいるのは危険だ!逃げるぞ!」


俺は藁のベッドに寝ころぶ雫の腕を掴んで起きあがらせようとした。


「新海くーん?私との約束、もう忘れたの?そのロープを越えてこないでって言ったわよね?」


「そんな場合じゃ……うぉぉ……!」


雫に腕を掴まれて部屋の反対側まで投げ飛ばされた。雫は投げ飛ばすスキル持ちなのだろうか。逆さまになりながらそんなことを考えいたが、追っ手が来ていることを思い出して窓の外をのぞき見る。奴らだ。手当たり次第に建物のドアを開けて俺を捜して叫んでいる。この待ちの建物には鍵ってものがないのか。それともあいつ等に鍵を開けるスキル持ちがいるのか。

まずい。この宿にも向かってきた。俺は窓から身を隠し、雫に奴らが来た、とジェスチャーをしてみたが、雫は藁のベッドの上であぐらをかいて頭を掻いている。


「さっきからうっさいわねぇ。どうせ入れないから無視していいわよ。私は眠いの。明日は朝は早いからアンタもさっさと寝なさいね」


そう言って雫は寝ころんでしまった。入れないとはどういうことなのか。そのとき、宿の下から奴らの声がする。


「くっそ。このドアはダメだ。封印スキル持ちがドアを閉めてる。俺のスキルじゃ開けねぇ」


「なんなんだよ。殴りに封印かよ。なんでそんなレアスキル連中がブルーにいるんだよ!あり得ねぇだろそんなの!」


「そんなこと言ったって、俺のスキルで開けられねぇってことは封印スキル以外はあり得ねぇ。俺は開鍵スキルMAXなんだぜ?」


「くっそ。今日は引き上げだ。あいつ等のどっちがID持ちか分からんが俺たちにはID持ちが必要だ。ブルードッグに入らなきゃなんねぇ」


どういうことだ?あいつ等ブルードッグに入ってなにをする気なんだ?それにこのエリア、ブルーにはレアスキルと呼ばれるものを持っている連中が居ないと言うことだ?なぜ?分からないことばかりだが、以前、雫に言われたようにドッグに入るときに先ほどの腕力スキルや雫の投げ飛ばしスキルがあるやつに襲われてしまったら、まずい事だけはよく分かった。なんにしてもここにいれば安全のようだし、今夜は眠ることとしよう。


「朝だな……」


結局、いろいろと考えていたら眠ることが出来なかった。眠い。雫はせっせと準備をしている。いつもは持っていない大きな鞄を持ち出そうとしている。この宿に入るときにあんな荷物、持っていただろうか。そもそも、この世界で生活している雫には自宅はないのだろうか。なぜこの宿で寝泊まりしているのだろうか。この前のミッションでかなり稼いだ。もっとランクの高い宿にも泊まれるはずなのに。


「さて、新海くん、行こうか。今日は隣町まで行くよ。準備はいいかな?」


「準備ったって俺はなにも持っていないぞ?」


「心の準備、よ。今日はイエローに行くの。イエローからは昨晩みたいな対人向けスキル持ちが沢山いるから注意してね。あと。今日も仕事があるんだけど、イエロードッグでやることになるわ」


今、雫はなんて言った?イエロードッグ?あんなに近づくなと言っていた場所に?それに対人向けスキル持ちが沢山いるってどう言うことだ?雫は俺たちが狙われていることを知ってるのか?疑問ばかりが思い浮かぶ。全部聞くとまた怒られそうなので、一つだけ聞くことにした。


「俺たちは狙われているのか?」


「なに?今更気が付いたの?アカウント持ちは常に狙われるのよ。ここブルーは比較的安全な地域だからUGW初心者はここから始められたらラッキー。でも今までは、あそこまで強行手段に出てくることはなかったんだけど……」


やはりそうか。なぜ襲われるのか分からないが、そこはイエローに行けば分かることだし、雫がなにか言うだろう。


「とりあえず、この時間なら連中は居ないはずだけど、イエローに入れば事情は別だから一応注意してね。この通りを抜けるとそこからイエローに入るわ」


俺は軽く唾を飲み込んで雫から離れないようにしてイエローに入った。明らかにブルーとは雰囲気が違う。周りの連中が全員、自分たちを狙っているかのような錯覚を覚えた。


「そんなに緊張しなくても、こんな時間から襲われることはないわよ。でも、品定めはされると思うから視線は感じると思うわよ」


「雫、俺たちは何で狙われるんだ?」


「ん?簡単よそんなの。アカウント持ちからIDを奪えば自分たちがドッグに入って直接ブラックマネーを稼ぐことが出来るようになるからよ。昨日の連中がヤバいとか何とか言ってたのは胴元に叱られるとかそういうのでしょ、きっと。あと。IDは私が持っているけども、バディであるあなたが拘束されると私も困るのよ。だから捕まらないでよね」


「ああ、分かった」


夕方になる前に、イエロードッグに到着して入り口に向かう。この瞬間が一番危険だ。ドアを開けた方がID持ち、その片割れがバディと一目瞭然だからだ。俺を突き飛ばして共連れしてドッグに入る。入ったあとどうするのか分からないが。恐らくはアカウント持ちを襲ってIDを奪うのだろう。


「準備はいい?出来るだけ私から離れないで。あと、誰が近づいて来ようが殴り飛ばして。一切の躊躇はしないで。分かった?」


あんだすたん?を使わない雫は真面目なときだ。俺は握り拳を作って慎重に雫の後を追う。


「あの……。おねぇさんとおにぃさんにお願いがあるの……」


5歳くらいだろうか。ローブを被った小さな女の子が話しかけてきた。咄嗟に雫が少女の片腕を掴んで投げ飛ばした。


「雫!なにを……」


「さっき言ったでしょ。一切の躊躇をせずに殴り飛ばしてって。それにあれ」


雫が指さす先には崩れた木箱に埋もれる男の姿があった。さっきの騒動に巻き込まれたのか?


「雫、さっきの少女は……どこに……」


「あそこで伸びてるのがさっきのローブを被った少女よ。あのローブはスキルのない人間が一時的にスキルを発動できるアイテムなの。変化のスキル持ちが一時的にローブにスキルを付与させたんでしょ。さ、他の面倒事が起きる前にドッグに入るわよ」


変化のスキル持ちなんてあるのか。まるで魔法じゃないか。こちらの世界は魔法世界なのか?現実世界じゃないのか?だとしたら俺の存在はなんなんだ?


「さて。新海くん。今日の仕事は今までのブルードッグでの仕事よりもレベルが高いわよ。それを肝に念じて取り組んで頂戴。基本的には今までと同じなんだけど、ガードが分厚いのと監視機能が高度化されてるから見つかっても逃げ切って」


イエローはブルーよりもレベルが高いと言うことか。それは望むところだ。今日は雫のサポートだけで終わることなく、自らの能動的な動きもしてみせる。システムログインを行うと同時に攻撃を開始する。確かに今までのように簡単には行かなそうだ。しかも、監視システムがかなり厳しい。コイツらに捕縛されたらゲームオーバーだ。

俺と雫は何とか今日の予定していたミッションを完了させた。獲得したブラックマネーは今までの比ではない金額だった。ブルードッグからイエロードッグに来ただけでこのこの難易度の上昇具合。恐らくレッド、ブラックはこれよりもさらにハードな世界なのだろう。それにログインIDを狙う連中のレベルも上がってくるのだろう。だから雫は絶対に近付かないでと釘を刺したのだろう。


「さ。ブルーに戻るわよ。アンタのレベルじゃここはまだ厳しいわ。日が暮れるまでに戻らないと厄介事に巻き込まれるわ」


昨晩もそうだったが、ああいう連中は夜しか活動できないのだろうか。だとしたら、さっきドッグにはいる前に現れたローブの男は一体何者なのだろうか。俺の殴りのスキルはレアスキルと昨晩の男たちは言っていた。用心すれば大丈夫なんじゃないのか。


「新海くん、アナタ今、俺は殴りのスキルがあるから日が暮れても大丈夫なんて思ったんじゃないでしょうね。万能じゃないわよそのスキル。まぁ、そんなレアスキルを持ってるとは私も思っていなかったけども。でも縛りのスキルって聞いてない?そのスキルで捕縛されたらなにも出来ないわよ?」


確かにそんなことを昨晩の連中も言っていた。そして、スキルは仲間内でも隠しておくもののようだった。だから雫もスキルのことはないにも言わなかったのだろう。言ったとしたら自分のスキルを俺に見せることになる。俺は雫に他にどんなスキルに注意しなければならないのかを聞いておくことにした。聞いても無駄だとは思うけども、という前置きの後に、特に注意するスキルを教えてくれた。


「注意すべきスキルはね。さっき言った縛りのスキル。これが一番厄介。その次は相殺のスキル。同じくらい厄介なものに反射のスキルってものあるわ。まぁ、このあたりのスキルはこの周辺には居ないと思うけどもね」


どうやらスキル保持者レベルはドッグの難易度に比例して強くなって行くようだ。だから仕事が終わったら比較的安全なブルーに戻るというわけか。色の感じからしてイエローの次はレッド、最後にブラックというところだろうか。ブラックはブルーの反対側に位置しているしな。

俺達は無事に例の宿屋に帰り着いたわけだが。そういえばな、なぜ雫はこの宿屋にこだわるのだろうか。今の稼ぎがあればもっとマシなところでも良いような気がするが。まぁ、雫のことだ。何か重要な理由があるのだろう。

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