第24話 結ばれた手紙

 私が出した助命の嘆願書は無事にリョウメイに届いた。皇帝の命令で罪が免除され、全員が兵隊長レイシンの直下で三年の兵役に就くと決められた。


 助けられなかったのは指示をした貴族。娘を月妃にする為に一番護衛が薄かった私を狙ったという。本人は官位を剥奪され領地の殆どを失ったものの、左大臣一派の端くれだったので処刑だけは免れた。



 私への襲撃があって以降、王宮の外へ行く行事はすべて取りやめになった。きっとリョウメイが中止にしてくれたのだと思う。嬉しくても、その替わりに王宮内での宴の回数が増えた。

 

「明日の夜も宴なの? 多過ぎない?」

 昨日は昼間に終夏の花を愛でるという宴があった。毎回贈られてくる装束は豪華さを増していて、衣装部屋の作り付けの棚に入りきらない量になってきた。


「似たような色ばっかりなんだから、組み合わせて着たらいいんじゃない?」

 白い絹で作られた装束は、美しい光沢を放っている。皇帝の月妃はそれぞれテーマカラーが決められていて、他の妃の色は公式の場では身にまとえない。


「皇帝陛下の命には逆らえません」

 ユーエンが苦笑しながら、私が広げた装束を畳みなおして箱を持ち上げる。

 

「皇帝が遊び始めたら、国が傾くっていうの定番なのよねー。何か聞いてる?」

 続く宴も何か理由があるのだと思いたい。

「……もうすぐ収穫の時期ですが、麦や稲に実がほとんど入っていないそうです」

 言いにくそうに話すユーエンの情報源は、きっと宰相のセイラン。


「うわ。それ深刻過ぎ。国民が餓えるかもしれないのに、リョウメイは何やってんのよ」

「……先帝の備蓄が各地にありますので、今年は賄えるでしょう。ただ、来年も不作になれば難しいと思います」


「リョウメイに注意したいけど、私の声なんて届かないし」

 白月妃の席は末席から二番目。皇帝の席からは遠すぎて、入席時に視線を交わすのがやっと。


 提案書や手紙を書いてあちこちを経由してリョウメイに届かないかと試したけれど、助命の嘆願書以外はすべて常に横に立つ左大臣が握りつぶしていて、宰相のセイランも今は左大臣のチェックなしに直接書類を渡すこともできなくなっている。結局リョウメイの手に直接届いたのは王宮の規則をまとめた本と嘆願書だけ。


「あれ?」

 定番になった春待華の花束を結ぶ白い紐の下、何かが結ばれている。

「確認させてください」

 ユーエンに渡すと素早く紐が解かれて、灰色が滲む紙が結ばれているのがわかった。


「お願い! 見せて!」

 ユーエンは翡翠色の瞳を迷うように揺らした後、私の手に花束を戻した。 


 指先が震える。細く細く折られた紙を解いて広げると、何かの切れ端のような紙だった。


『ごめん。おめでとう』

 薄墨で滲んだ文字は、間違いなくリョウメイの筆跡。

 久しぶりに見るリョウメイの字に心が震える。涙が落ちて手紙が濡れる。


「それは……?」

「リョウメイの字なの。いつもこの文字に特徴があって……私、今日が二十一歳の誕生日なの」

 私自身がすっかり忘れていたのに、リョウメイは覚えていてくれた。 


 この国では、誕生月を祝うことが普通で、誕生日を祝うことはない。嬉しくて止まらない涙を、ユーエンがそっと指で拭った。



 紙の切れ端に薄墨の文字。リョウメイは左大臣に隠れてこの手紙を書いたのだろう。もしかしたら、リョウメイも私に手紙を渡そうと努力してくれているのかもしれない。


 ひとしきり泣いた後、手紙を大事に袋に入れ、机の引き出しの奥に隠す。

「私に何かできることはないかしら」

 リョウメイはきっと皇帝として認められるために頑張っている。だったら私も何か役に立ちたいと強く思う。


 一日中、リョウメイが来るのを待って、宴に参加する日々なんて、どう考えても穀潰し。国民の税で暮らしているのに役に立っていない。きらきらした衣装を纏って、蝶よ花よと優雅に暮らすなんて性に合わない。


『望むのなら、お前の力を使え』

「……ねぇ、ユーエン。思うんだけど簪が話すって、不気味よね」

 先日は無我夢中で突っ込みを入れる余裕は無かった。あの襲撃の後、簪が言葉を発することは一度も無く、ユーエンも何も聞かないので不思議な話として自分の中では片付けていた。


『我を不気味と申すか。面白い女だ』

 幻聴じゃない。髪に挿した簪から声が聞こえる。


「ユーエン、簪の声って聞こえてる?」

「いいえ。私には全く」


「うわ。それって、私ヤバイ人じゃない? 独り言をぶつぶつ言ってるように見えるってことでしょ?」

『……異世界人は、奇妙な思考をするのだな』


「ちょっと待って。私の思考を読んでるってこと? やめてよ。プライバシーの侵害よ!」

 簪を外して蝶をぎりぎりと両手で握ってみても、びくともしない。


『わかった、わかった。無駄なことはやめい』

 簪の苦笑交じりの声の後、ユーエンがはぁあと深い溜息を吐く。

「どうしたの?」

「……私にも声が聞こえるようになりました」


『これなら、おかしな者が一人ではなく二人だ』

 楽し気な簪の声に、ユーエンと私は顔を見合わせた。


「まぁ、それは置いておいて。私の力を利用するって何なの? 私に何か特別な力があるってこと?」

『ああ。異世界人には特別な力を持つ者が多い。お前は強力な浄化と治癒の力が宿っている』

 浄化と治癒と言われてもよくわからない。


「全然実感ないけど」

「カズハ様は死んだと思われた者たちも呼び戻しました」

「あれは別に死んでた訳じゃないでしょ?」


『いや。命は絶たれていた。破損した体を修復し、その場に残っていた魂を繋ぎ止めるなどという奇跡を起こせる者は稀だ』


「稀ってことは、ちょっとはいるってことでしょ? ……私の力で、死んだ子猫を生き返らせることはできる?」

『それは無理だ。体は完全に霧散しておるだろう。魂が完全に離れてしまった場合は身体を復元しても生き返りはしない。その辺を彷徨っている魂や精霊の格好の器になる』

 そう言われてしまうと諦めるしかない。


 奇妙な簪とユーエンと私の秘密の会議は、夜まで続いた。

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