第21話 納涼の宴
夏になっても宴は続いていて規模が大きくなっていく。王宮外で行われる宴が開催され、儀式やお産以外で後宮から出ることのできない月妃たちも馬車を仕立てて外に連れだされた。
妃を外に連れだすのは異例だと、流行り病で兵士も減っており皇帝も含めて警備が困難になると宰相が抗議しても左大臣が強引に押し通した。
リョウメイが一体何を考えているのかわからない。豪華な馬車を連ねて外に出ることで、新皇帝が遊び歩いているという印象を国民が持ってしまうのではないかと心配しかない。
皇帝が多少のお金を使うことは文化を守るということで必要だと思うけど、時期が悪い。流行り病が収束して一年程度しか経過しておらず、人が死に困窮している者が多数いる中で、近場で派手派手しく遊ぶより、新皇帝が国中を視察に回ってお金を使う方が有意義だ。そんな話をユーエンにすると驚かれてしまった。
「納涼の宴っていうけど、白月宮より暑かったんだけど!」
「そうですね」
出発までの待ち時間、馬車に一緒に乗っているユーエンは被り布をしていても涼し気な雰囲気を漂わせて、羽根で出来た団扇で私に風を送ってくれている。
暑い夏を避けて、湖の畔で宴席を設けて一時の涼しさを楽しむとかいう遠出だった。木で作られた美しい東屋はこの宴の為だけに急遽制作されたという。
「二度と使わないなんて、もったいないじゃない」
突貫工事とはいえ、大小の東屋は美しい細工が施されていた。公共投資だとしても、その後使い道のない建物は無駄遣いだとしか思えない。
隅々まで豊かな国ではないと思う。私がいた村には下水道もなく、毎日お風呂に入ることは大変な労力が必要だったのに帝都では下水道が完備され、簡単にお風呂に入ることもできる。この格差についてリョウメイは疑問に思っていないのだろうか。
「私の疑問って異常かな?」
「異常ではないと思います。カズハ様はとても高度な教育を受けてこられたということが、私にもわかります。カズハ様の知識や考えを、皇帝陛下にお届けできればよいのですが」
元の世界で当たり前のように学んでいたことは、この世界では普通じゃなかった。これまで私が思いついたことを手紙に書いて、宰相経由で届けてもらおうと試してはいる。
正直言って、何でこんな簡単なことがわからないんだろうとイラつくこともある。でも、リョウメイは学校に行っていない。そもそもこの世界には学校がない。
「早く気が付いてくれたらいいんだけど」
皇帝の日課には学者からの講義があるから、いろいろ学んでいるだろう。私は自分ができることを模索するだけ。
宴の参加者が妃と侍女以外男ばかりなのは、これまた皇帝が目移りしないようにという理由だった。
「原因になった皇帝って、よっぽど女癖悪かったのね。悪い人間がいると規則が厳しくなって息苦しくなっていくっていう典型ね」
予想以上に暑かったからか、宴は早々にお開きになった。白く小さな太陽の熱量は半端なくて、座っているだけで汗が流れる。この国では夏でも長袖だ。布地が薄く透けるものになって、重ねる装束の枚数は減っても暑いものは暑い。
同時に馬車が出発すると、船着き場で鉢合わせして混乱するという理由で、妃の馬車は順番に時間を置いて出発する。
リョウメイと青月妃イーミンが一緒に乗る馬車が最初に出発していくのを見送る。他の妃がいるとわかっていながら、リョウメイは馬車の外を見ようともしない。勝ち誇った表情のイーミンだけが馬車の外へと視線を流す。
有力貴族の娘には皇帝だとしても逆らえないということだろうか。贈ってくれた服で着飾っても、一度も見られないのでは寂しすぎる。
黒月妃は芥子色の長い髪の美女に替わっていた。宿下がりすれば、誰かが補充される。――きっと、私がいなくなっても同じ。そう思いついた途端に気分が沈む。
しばらくして私が出発する順番が回ってきた。護衛の兵士たちが十五名、馬に乗って周囲を取り囲みながら一行が進む。
「……囲まれると暑苦しいかも」
馬も背が高いので、一種の壁のようにも思える。
「これでもかなり少ないと思います」
ユーエンは馬車に乗ってからずっと警戒している。通常、月妃が儀式で外に出る場合は百名近い護衛が付くという。
「百名に囲まれたら窒息しそうね」
下手な冗談を口にしてみても、ユーエンの緊張は解れない。リョウメイと青月妃が乗っていた馬車は百名以上の数え切れない兵士がいた。黄月妃、赤月妃はその半分。黒月妃の馬車は後ろにいたのでわからない。
窓の外は岩場に移り変わっていた。小さな石が多いのか、がたがたと小刻みな振動が馬車の中に響く。整備された道では乗り心地が良い馬車も、道が悪いと最悪。
馬車の中は段差のない板張りで、分厚い座布団が敷かれている。周囲には手すりが設けられていて、天井からは掴まる為の太い紐が垂れ下がる。
背の低い私が紐に捕まると揺れと同時に体を持っていかれるので、もっぱら手すりにしがみ付く。
「見た目は優雅なのに、中は大変ね!」
「口は閉じてください。舌を噛みますよ」
ユーエンは団扇を片付けて片手で手すりに掴まり、片手で私の腰をしっかりと抱えている。いつもは女性と変わらないのに、力強い手を感じると男なのだと再確認する。
「……ユーエン……」
何故、女装しているのか。何か理由があるのか。よければ教えて欲しい。そう口にしようとした途端、何かがいくつもぶつけられるような音がして、馬車が大きく揺れた。
周囲が騒然とする中、馬車は停まってしまった。
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