第4話 不美人な侍女

 背の高い侍女はユーエンと名乗った。私の二つ上の二十二歳。目深に被ったフードのような布は侍女であることを示す装飾品。女性としてはかなり低い声が耳に心地いい。


 宰相の執務室の隣の部屋に連れ出され、私が泣き止むまでユーエンは抱きしめてくれた。人の温かさが受けた衝撃を徐々に和らげる。


 椅子に座って温かな花茶を飲むと動揺していた心が鎮まった。

「ありがとうございます。落ち着きました」

 不思議な蝶の簪を持っていても皇后にはなれそうにない。リョウメイにすぐに会えると期待していた分だけ落胆が酷い。


「奥さんが五人……」

 全く理解できなくて溜息を吐く。一夫多妻の後宮話を本で読んだことはあっても、まさか自分がその一人になるとは想像もしていなかった。

「昔は正妻一人、青月妃だけだったそうです。皇帝の力が少しずつ弱まるにつれて、貴族たちが娘を側室として献上するようになりました」

 震える私の手を、跪いたユーエンがそっと深衣の袖越しに手で包む。


「それは……後宮の女性が増えてしまいませんか?」

「はい。その通りです。貴妃、貴人、嬪等の称号は百を超え、皇帝を巡っての争いが常に発生していました」

 称号は一人に一つ。ということは百人以上が後宮にいたのか。


「当時は後宮の維持に莫大な金額が使われていました。後宮の女が国を食べてしまうとまで言われるようになり、今から八代前の皇帝が妃を五人に定め、初代皇帝が戯れに作った池に宮を建てて妃の住まいとしました」

「宮?」


「はい。これからご案内する場所です。少々狭い建物は、妃が際限なく贅沢をしない為であり、普段は互いの顔を見ないよう、無駄な争いを起こさぬようにと作られております」


 それは良い考えだと、どこか他人事のように思った。一人の皇帝を巡って争う女性たちが、同じ建物の中にいたら揉めるに決まっている。

 布越しにユーエンの体温が伝わってきて、私の絶望がほんの少しだけ和らぐ。初めて会う人なのに、優しく気遣ってくれていることが嬉しい。


「……案内して頂けますか?」

 青月妃の称号が無くても、私には〝華蝶の簪〟がある。贈られたこの簪がリョウメイと私の心を繋いでいる。髪に挿した簪に触れて、私は前を向いた。



 地味な建物から渡り廊下を進むと、周囲が極彩色に切り替わった。赤く塗られた柱に金の装飾。青・黄・赤・白・黒の五彩で塗られた模様が壁に描かれている。


 赤い飾り格子で彩られた窓から見える室内には、金襴豪華な織物が壁に掛かっていて、村では見ることのなかった白い陶器に美しい花が活けられていた。


 さらに進んで王宮の最奥は人口の広大な池。王宮から伸びる渡り廊下の先の水上に豪華な建物があり、そこが皇帝の寝所しんじょだと説明された。

 

 王宮の端に作られた船着き場には大きな睡蓮の花の形をした物が浮かんでいる。水色・黄色・白・淡い紫の四つが並ぶ。池の水の色は濁った緑色で、底は全く見えない。

華舟かしゅうをご存知ですか?」

「いえ。初めて見ました」

 直径二m程の白い睡蓮の花の形をした小舟は、立ったまま乗る物らしい。中央の柱の突起を掴むように指示されて、恐る恐る乗り込んでみても揺れたりしない。


「意外としっかりしてる?」

 柱は緑色に濁る水の下、池の底にまで届いており各宮への道が設置されていると説明されて、遊園地の池を巡るアトラクションのような物かと理解した。


 色ごとに行き先がわかれていて、白い睡蓮は白月宮にしか向かわない。

「各宮、華舟は一隻ずつなのですか? 壊れたら?」

 初代皇帝が残した不思議な力で華舟は八百年以上劣化することなく動いている。荷物を運ぶ時の為に普通の小舟もあるとユーエンが答えた。


 華舟の柱には操作管が付いていて、ある程度速度が選べるらしい。ユーエンが操作管を握り私は突起を掴む。


 青月・黄月・赤月・白月・黒月の名前が付く宮は、池に作られた島の上に建っていた。小ぢんまりとした美しい建物は、何となく鳥かごを連想させる。


 ゆっくりと華舟が滑り出した。緑の水面を白い花が進む光景は優雅。一つ目の青月宮を過ぎ、二つ目の黄月宮を過ぎると、その先の島からピンク色の華舟が出るのが見えた。


 すれ違う華舟に乗る侍女もかなり背が高い。

「ここの女性は皆、背が高いのですか?」

 何気ない疑問にユーエンから思わぬ答が返された。


 先々代の皇帝が美しい侍女を見かけると片端から手を付けてしまったので、皇帝が妃以外に目移りしないように男のように背が高い者や、老齢の者を侍女にするように決められたと言う。そういえばリョウメイも、侍女が生んだ子供の血筋。


「貴族の中では背が高すぎる女や、声が低すぎる女は不美人とされます」

 女性としては低すぎる声で静かに答えるユーエンに、私は心の中で詫びた。自分で不美人と言わせたようなものだ。


 ここで謝るとユーエンを不美人と認めたことになってしまうのではないかと、言葉を選びながらぐるぐると迷っているうちに、白月宮の建つ島へと着いた。

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