第46話 タイムリミット
「本当にあの教授は嫌な奴だったよ。それから僕は大学教授というものが信用できなくなったんだ」
ポストに手紙を出した日から4日経った。あれから日を越す毎に彼女は話さなくなり行動も起こさなくなった。また感情を失った目でひたすらどこかを見ている。
僕はただ意味もなく彼女に独り言のようにひたすら話しかけていた。いや、勝手に語っていたと言うべきか。
「僕は本当に宇宙に興味があったんだ。宇宙人を愛していたんだ。だからわざわざ大学の他学部の教授ね研究室を訪ねに行ったんだ。あの僕が勇気を振り絞って行動したんだ。でもあの教授なんて言ったと思う?」
返ってくる声はない。
「『君は熱力学第二法則を知っているかね?まさか知らずに宇宙人がどうのだの聞きに来たのかね。まったく、馬鹿げた空想話は引きこもってやっておくれよ。特に君みたいな知恵遅れはね』ってそう言ったんだ!ありえない!自ら積極的に学ぼうとしている学生を突っぱねる教授がいるか?いいや、教授はそういう奴らだったんだ!僕が見ていたのはむしろ幻想だったんだ!」
虚しく僕の声が部屋に響く。
「……大学はクソだ。僕を馬鹿にする奴らも、この世界もみんなクソだ。七瀬、君はこんな世界美しいと思うかい?尊いと思うかい?」
七瀬の目線の方向に移動し、僕は目を見て問いかけた。彼女は瞬きを一回だけした。
「僕は宇宙人になりたかった。君と同じように宇宙人になっていればこの世界の醜さなんて感じずに済むんだ」
日は傾き始めていた。部屋はめいいっぱいに一つしかない窓から光を得ようとしていた。同時に影も濃くなっていた。
「なぁ、笑ってくれよ、本気で宇宙人になりたいと思っているんだぞ?こんな馬鹿な奴いないだろ」
彼女は表情筋をピクリとも動かさない。
「……笑えよ……またいつもみたいに変な所で笑ってさ、僕を楽しませてくれよ。また……僕に微笑んでくれよ……笑って欲しいんだ……」
勝手に一人で喋り出して感情昂らせて、なんて勝手な奴なんだろう。
いくら待っても反応が返ってこないのはわかっていた。僕は時間をゆっくり取って必死に言葉を紡ぎ出していた。
「今は楽しくないからか?この部屋に籠もりっきりじゃつまんないもんな。ならまたあの遊園地に行くか?スペースランド、好きだろ?まだ遊び足りない様子だったもんな。今度は悔いが残らないくらいに遊び尽くそうな」
僕は彼女の手を取り立ち上がっていた。
もう限界だったのかもしれない。一向に改善しないどころか悪化の一途を辿るこの現状に滞りを感じていた。
「今から行こうか」
時刻は午後4時を過ぎていた。今からスペースランドに向かうと着く頃には日が暮れている。それでも辛うじて開園はしている。大して園内を廻ることはでない。ただ、行くことで彼女のきっかけにでもなればいい。少しでも楽しいという感情がまた戻って来れば、一回くらい笑ってくれるかもしれない。
立ち上がって、ふと机の上に僕宛ての封筒が置いてあることに気づいた。そういえば昨日届いたものの、開封していなかった。中身は前僕が秋良に送って欲しいと頼んだ、高校の時の演劇部の台本だ。
だが届いても中身を読む気は湧かず、開封せずに机の上に置いていた。
今更過去のことを知ってもどうしようというのだろう。ただ、虚しいだけだ。
今は早くスペースランドに向かうことだけを考えよう。
財布と携帯だけを持ち、身だしなみなど構いっこなしでそのまま七瀬を連れて僕は外に出た。
彼女は僕にされるがままで、着ている服も僕が昨日ざっくばらんに選んだ服をそのまま着っ放しだ。
もう周りから何て思われようと気にしない。僕は今彼女をスペースランドに
連れて行きたいだけなのだ。
世界が僕らと断絶するなら僕らも世界を拒絶する。
以前行った時と同じようにバスに乗り駅に向かう。今度は僕が先導していかなくてはならない。バスの料金も僕が二人分支払い、彼女を出口から押し出して降りた。
駅に着き、二人分の切符を買うと、やはり彼女を押し出すように改札を通し、ホームに向かった。
不思議なことに人が多い夕方にも関わらず、スペースランド行きの電車のホームには誰も居なかった。
その光景はむしろ不気味な程にがらんとしていた。向かいのホームにいた人も気がつくと誰一人居なくなっていた。
なんだろう、この不吉な感じは。
夕闇が近づいていて、駅のホームはオレンジ色に照らされていた。西日が眩しい程に痛い。
電車が来るまで随分と長く感じる。静まりかえったホームの影は濃くなり、辺りの影に点在する闇は深く吸い込まれるように口を開いていた。
黄昏とも言われるこの時間は永遠を思わせた。僕としてはこのまま日が暮れないままでいてくれた方が助かるのだが、今の感覚はとても居心地が悪く寒気すら感じる。
夕陽が僕らを睨みつけている気がして僕は眩しげに睨み返した。
遠くからカンカンカン……と踏切の音が聞こえてきた。電車が線路の向こうから姿を現した。迫りくる車両に軽い恐ろしさを感じながら僕は七瀬の手を握った。
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