第45話 SOSの発信

 手紙は机の上に残したままだった。

 ポストに出しに行かなくてもいいのかと思ったが届け先は僕自身なので何の問題もないことに気づいた。


 結局この手紙は本当はいつ書かれていつ出すつもりだったのか……僕は過去にこのような手紙を受け取った覚えはない。いや、もう考えるのはやめよう。

「今」彼女が書こうと思い書いたのだ。きっとそう思った方がいい。


 だが、僕がそう強く思い込ませようとするとは裏腹に、彼女はどんどん空っぽになっているのを実感していた。


 手紙を書いた後、彼女はまたも何もせずに座ってぼーっとしていた。その目はどこを見ているのだろう。少なくとも僕はがいる部屋ではなくもっと遠い場所だと感じた。

 昨夜見た真っ赤に染まった彼女がしていた目と同じだった。


「なあ、この手紙出さなくていいのか」

 僕は不安になるあまり彼女に声をかけていた。

 返事はない。

「いや、僕に宛なのはわかっているんだけどさ、一応形式上でもいいから、切手貼ってさポストに入れて出すってやるとほら、なんか手紙出したって感じになるだろ?」

 柄にもなく、自分もよく喋るやつになったものだ。


 ああ、僕は怖いんだ。返ってくる回答もなしに僕が1人ぼっちになるのが怖いのだ。

「せっかくだから郵便局に行って出してくるよ」

 そう言って僕は静かなままの部屋を出た。


 空は晴れていたが、砂を吹いたような跡の雲が覆っていた。

 別に話題作りのためにあんなことを言った訳じゃない。手紙を郵便物として配達してもらうことで彼女が存在していたという証になると思ったからだ。

 少しでも彼女と社会の結びつきが欲しかった。自分でも悪あがきだとは思っている。こんな事をした所で彼女が高校3年の頃まで生きてきた証は忘れ去られたままだ。

 本当に彼女のことを他の人に思い出してもらいたいのなら、彼女の親に会わせに行くなりする方が彼女の為だ。

 だから今やっていることは完全に僕のエゴだ。


 彼女が僕への宛名を書いていた封筒には宛先の住所は書いていなかった。

 この住所を彼女の実家の住所にしようかと一瞬思った。しかしこの手紙の内容では受け取った親も何がなんやらだろう。というかまず僕が住所を知らないのでまず無理だが。


 そのまま僕の部屋の住所にしようかと思ったが、何だかやるせない気分だった。

 本当は僕自身もうとっくにわかっているのだ。

 この手紙は過去に彼女が僕に送ろうとして出せなかった手紙なのだ。恐らくだが、この手紙を出す直前に彼女は宇宙人に拐わらてしまったのだ。そう、文化祭の前日に。


 思い出にもちゃんとピリオドを打つべきだ。宛先の住所は僕の実家を書くことにした。


 郵便局は運良く他の客がいなかった。入った瞬間窓口の人が僕に注目してくるのでそれはそれで苦手ではあった。

 実家の住所を書き、窓口で切手を買って封筒に貼り付けた。

 窓口でも手紙を出せたが、僕は自分の手でポストに入れる感覚がなんとなく好きだった。

 外に出てポストに手紙を突っ込むと、僕は妙に晴れやかな気分だった。

 今日が穏やかな天気だったからかもしれない。


 今更どうなる訳でもないのにどうして人はここまで足掻き続けるのだろう。


 変わらない過去を思い返しては悔やみ、変えたいと願う。僕だってそんなことをしている人達を散々見てきて馬鹿にしていたというのに、僕自身全く同じ道を辿っている。


 早くこんなくだらない人生キッパリと終わらせれば良かった。そうすればこんなにも醜いほどに生きることに執着することは無かったのだ。彼女と再び会う前に死んでいれば、彼女とあの日出会わなければ、僕は生きたいと思わなかったのに。


 死ぬ覚悟なんてない、ずっとずっと彼女と居たい。


 僕は生きたい。

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