終幕
第44話 出せない手紙
何もない毎日が過ぎていく日々だった。
僕は前に進むことなく停滞したまま時間だけが進んでいく。
思えば僕は高校で彼女を忘れた日からずっと止まっていたのかもしれない。
真虎さんと別れ僕は自宅へと帰った。そう、彼女が寝静まるあの部屋へ。
もう怖くはなかった。彼女が感情を失っていようと、宇宙人になっていようと、彼女は「七瀬麻里」であることに変わりはないのだ。
たとえ人を殺していようとも、僕に笑顔を向けてくれるのは紛れもなく七瀬なのだから。
暗い部屋に入ると七瀬の寝息だけが聞こえてきた。
僕も早く眠りにつきたかった。なぜか長い長い夢を見ている気がした。一度寝てしまえば、起きてしまえば長い夢から覚めるような気がして。
大丈夫、明日も今日も変わらない日々がこれからも続くんだ。
そう思いながら僕はベットにそのまま倒れるように眠りについた。
次の日の朝、僕は一人で目覚めた。静かな朝だった。
彼女は既に起きていたが、やけに静かだった。
布団の上に座って窓の外をぼーっと眺めている。心ここにあらずといったところだ。
いつもなら騒がしく学校だの朝飯だの言っているのにどうしたのか。
「おはよう」
ダメもとで挨拶してみる。
「おはようございまーす」
一応気の無い返事ではあったが返ってきた。
だがその後七瀬はしばらく動かなかった。
ここ最近彼女は喋らなくなった気がする。初めて部屋に来た時から比べると、歩き回ったり話す回数が圧倒的に減っている。だから逆に僕から話しかけることが多くなった。それでも返ってくることはまれだ。
まさか昨日のことが何か影響があるのだろうか、と不安になったりする。
朝食も一応出したら食べたが不機嫌そうに黙々と食べていて味気なかった。いや朝食自体に味はあるのだが。
昼ごろ、やっと彼女は動き出した。
彼女はどこから見つけ出したのか、ドット線が入った小さい便箋に何やら文字を書き綴っていた。こんなものあったのかこの部屋に。買った覚えはないが、手紙のデザインは自分好みでシンプルなものだったから、持っていてもおかしくない気がした。
彼女はその紙に丁寧に細い水性ペンで何やら呟きながら文字を書いていた。
鉛筆で下書きをし、何度も書いては消し、思い悩んでいる様子だった。
だが、1時間ほどで手を止めた。手紙が完成したようだ。
人の手紙を読むのはあまりよくないが、隠そうとする素振りもないので、悪いが読ませていただくことにした。
どうしても気になるのだ。今時手紙なんて珍しい。
顔を近づけて、彼女が書いた文字を彼女の後ろに回り込んでから読んでいく。
「私はあなたの特別な存在になりたいです。宇宙人ではないけれど、いつかきっとそれを超えてみせます。だから2人でどこかに行きませんか?誰も見られない所で一緒に時間を過ごしたいです。今度の振替休日にどうでしょうか。文化祭の次の日です。もし予定が空いていたらご返事下さい。やっぱり予定が空いていなくてもご返事下さい。待ってます。
七瀬麻里」
これはラブレターってやつか?一体誰に送るつもりだろうか。
と便箋を見ると宛先に名前が書いてあった。
「比嘉悠真」
なんだか照れ臭くなって僕は手紙から目を逸らしていた。
……なんで直接言わないんだよ。目の前にいるじゃないか、まったく。なぜそんな回りくどいやり方をするのやら……乙女心は複雑なのか……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます