第41話 研究結果
フォンフォンフォン……
暗い部屋で鳴り響く着信音が不快にも僕の鼓膜を刺激する。
いつのまにか夜になっていたらしい。
まだほとんど開いていない目を細く開いて携帯のディスプレイを見ると「真虎さん」の文字が見えた。
そう、この前研究機関を立ち上げる際に電話番号を交換したのだ。
むしろ今まで交換していないのが不思議だったが、今までは特に必要だと感じなかったのだ。ただ、共同研究となると情報交換が必要なのでこれは自然な流れだった。
僕は眠気が覚めないまま電話をとった。
「もしもし?どうしたの真虎さん」
「比嘉くん?新たな情報が入ったから報告するよ」
「新たなって、もしかしてまた事件が起きたのか?」
「いいや、事件は起きてないんだけど、これまでの事件について妙な話を聞いてね。それを伝えようと思って」
「妙な?」
何か嫌な予感が体を巡った。
「ああ、死亡したある男性の話なんだが、男性の友人からの証言によると、最近別れた彼女とヨリを戻したらしい。で、その彼女っていうのが様子が変だったらしいんだよ。まともに口も聞けない感じで、いつも近所を徘徊していたらしいんだ。しかも別れたのは10年以上前だって言うのに、姿も変わらないまま突然現れたって言うのも、変な話じゃないか?」
「…….」
「そして男性が死んだ時、その彼女も一緒に死んでいたんだけど、その彼女、身元不明なんだよ。この世に存在しないってこと。彼女に関する情報は死亡した男性の友人伝えのさっきの情報しかなかった。こんなことってあるか?姿形は確かに存在していたはずなのに、それに関する情報があまりにも少ない」
「……つまり、僕の部屋にいる宇宙人みたいだって、そう言いたいの?」
「……断定するつもりはないけど、関連性はあると思うよ」
「身元不明って、誰も覚えてないってことだよな、名前は分からなかったのか?」
「彼女の名前はどこにも記載されていない上に誰も名前を知らなかったようだ。……亡くなった男性以外は……」
あまりにも七瀬麻里と僕の状況に一致している。恐ろしいほどに。
でも、七瀬は名前だってわかっているし、きっと調べれば戸籍も残ってるはずだ。
「存在が曖昧だと言うのなら、七瀬麻里は名前もわかっているし、友人からも証言はとれているんだ。亡くなった女性とは違う」
「そうなんだけど、僕が心配しているのは彼女が存在しているかということ以上に何をしでかすかわからないってことなんだ」
「どういうことだ?」
「事件で亡くなった男性は一緒に亡くなっていた女性に殺害されたと疑いがかかっている。殺害したあと彼女は自殺した。事件現場はマンションの一室で密室。鍵は部屋に残されている物だけだった」
「無理心中か?」
「だとしても殺害方法があまりにも残虐的というか……口で言うのも憚るんだが、ナイフで腹を開いたあと、内蔵を引きずり出しそれを口にしたという……」
聞いただけでゾッとする。
「狂ってる……」
「その後殺害した女性は亡くなっている。頭が破裂した状態でね。なぜ破裂したのかは不明。頭が破裂したなら尚更身元がわからなくなる。気味の悪い死に方だった」
「人間じゃないみたいだ……」
「君のところの宇宙人みたいだろ」
真虎さんが何気なく口から溢した言葉はひどく差別的だった。
「だから七瀬と死んだ女は違うって言っているだろ」
普段はそのような差別的なことを言わない真虎さんに僕は驚きと怒りが沸いていた。
つい鋭い言い方をしてしまう。
だが僕の気持ちとは裏腹に真虎さんは平然と答える。
「だから関連性はあると言ってるんだ。全く同じであることはなくても複数の条件が一致しているならば、彼女の正体を知るための手がかりにはなるだろう?君が彼女について研究しようと言いだしたんじゃないか」
「……だけど、その情報は間違ってる。七瀬は事件に関係がない」
「望まない結果であっても研究者は結果を覆してはいけないんだよ」
真虎さんは僕を突き放すように言った。
望まない結果。僕は残酷な事実を受け止めたくないだけなのだと真虎さんに言われて気づいた。だが、それでも認められない自分がいた。彼女はただの女の子じゃないか、ごく普通に過ごしていた七瀬麻里という人間だ。
「……でも、七瀬は人間だったんだ。これはもう確定事項だ。観察していてわかったんだ」
「か、確定?判断が早すぎないか、何かあったのかい?」
「だから、もう研究は止めようと思う」
「え?」
「彼女はつまらない人間だったんだ。つまらないものを研究したって意味がないだろ?」
真虎さんは呆気にとられたのか、20秒ほど何も返ってこなかった。
「で、でも事件についてはまだ知りたいよね?」
真虎さんはまだ動揺しているのか、若干声が上ずっていた。
「事件のことも……いいや。元々僕に関係ない事だったし……」
「な、何を言っているんだ!近所でこんな凄惨な事件が何件も起きているんだぞ!身の安全を確保するにも情報が……」
「僕は大丈夫。この部屋から動かないから」
「だから!君の隣にいる彼女が一番きけ……」
プツッ……
真虎さんが話している途中で僕は電話を切ってしまった。
勝手に途中で切るなんて初めてかもしれない。ひどい事をしてしまった。
部屋は依然として暗かった。夜なのだから当たり前なのだが。携帯の時計を見ると午後9時を回っていた。
そういえば七瀬はもう寝たのだろうか。ふと横に敷かれた布団の方を携帯の明かりで照らす。
人影はない。
僕はすぐに立ち上がり部屋の電気を点けに玄関近くまで行った。
部屋に明かりが灯る。
部屋には、七瀬の姿はなかった。
トイレにも、お風呂場にもいなかった。
僕の部屋から七瀬麻里の姿が消えた。
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