第34話 愛と狂気のメリーゴーランド

 スターゲイザーに乗った後、七瀬は嬉しそうに「楽しかった」としきりに言っていた。だがそれだけで、結局「ステアグマ星」というワードからは何も情報を得られなかった。

 あったとしても七瀬の電波な台本のセリフくらいだ。つまり「ステアグマ星」といワードを七瀬が発したのは単に「台本に書いてあるセリフを読んだ」だけに過ぎないのだった。

 ほぼ唯一と思われた手がかりが潰され、僕はかなりショックだったが、まだ一つ気になるものが残っていた。

 それは今朝おみやげ屋で買った宇宙人のボールペン。

 ずっとズボンのポケットに挿していたのを取り出して、忘れている何かを思い出そうとしていた。


 昼を過ぎ、日は傾き始めていた。アトラクションの影が伸び、足元にかかる様子を見ながら僕は園内を七瀬に連れられ周っていた。


「メリーゴーランド!乗ろう乗ろう!」

「あぁ」


 僕はそう口では言いつつも完全にうわの空だった。手にはボールペンを持ちながらそれをしきりに眺めていた。

 七瀬は一人、どこにでもあるようなメリーゴーランドに乗っていたが、僕は七瀬が何をしようもはや気にも留めていなかった。どうにか乗れているみたいだいし、何も問題はないだろう。

 僕はメリーゴーランドには乗らず、七瀬がはしゃぎ喜ぶ姿をただ横でぼーっと見ていた。


 最初に乗った回転ブランコと違ってゆっくりした動きで回り続けるメリーゴーランドは見ていて和やかな気持ちになる。まるで夢の世界へ吸い込まれるかの様な甘い誘惑。

 傍から見ると馬に乗って回る姿は非常に滑稽に見えてバカらしい。

 でもそんなの乗ってる本人が面白ければいいのだ。だから楽しそうに乗る姿を見ると羨ましくもあるのだ。こんな甘ったるい世界で溺れる様に幸せになれるのだから。

 でも僕は決してそこには行けない。きっと一生そこに行くことはできないだろう。この事実はどうしても越えられない線引きがされているようで悲しくもあるのだった。


 ああ、これもどこかで見た光景なんだ。いつかの思い出……修学旅行の時?

 僕はこの光景を見たのは初めてではない。

 その時、眺めていたメリーゴーランドの回転が少しずつ早くなったと思うと、周りが眩しいほどに真っ白になっていく。

 歪んでいくメリーゴーランドの輪郭、全ての空間がねじ曲げられていく。

 頭が、割れる様に痛い。僕は手にボールペンを握ったまま、頭を抱え座り込んでしまった。

 音もまた悲鳴のように耳の中で反響し合い、たくさんの声が聞こえてくる。

 聞こえてくるのは耳の外側ではなく、頭の中から。


『これ、貸してあげる』


 誰の言葉だ?誰が言った?これはさっきの七瀬の言葉、違う、違う。

 僕は全く同じ言葉を聞いていた。全く同じ声で。高校生の頃、僕は聞いたんだ!


 僕は、知っている。

「七瀬麻里」のことを。


 彼女は僕の方を見て、微笑んだ。

 教室の中で僕だけに見せた笑顔。観測できたのはきっと僕ひとり。


「UMAくん」


 クラスの奴らが呼ぶ僕のあだ名を彼女は同じように呼ぶ。


「これ、貸してあげる」


 そう言って差し出されたのは宇宙人の形を模したボールペン。


「あ、でもちゃんと返してね。約束だよ」


 それにはデカデカと名前が書かれたシールが貼られてあった。

 そして僕はこう言ったんだ。


「七瀬麻里って君の名前?」


 すると彼女は一瞬驚いたような顔をして、


「そうだよ、私は七瀬麻里。いい加減覚えてよ」

 そう言って少し笑った。


 彼女は確かにそう言った。自分が七瀬麻里だと。


「七瀬麻里は……七瀬麻里だ!」


 僕と同じクラスメイトだった、七瀬麻里だ。



 メリーゴーランドは動きを止めて、彼女は降りてきた。


「楽しかったね」


 そう言って笑う彼女の顔が歪んで見える。違う、七瀬麻里はこんな顔をしていなかった。こんな人間離れした絶世の美人じゃなかったんだ。

 普通の地味な顔で、髪の色も普通の黒で、こんな銀髪なわけない。でも声だけは変わっていない気がした。

 だってその言葉はあの時と全く変わっていなかったから。


「……七瀬……だよな……同じクラスの……」

「あっ、名前覚えててくれたんだ!」

「覚えてるよ!...これ、貸してこれたことも……」


 そう言って僕は七瀬にボールペンを差し出す。


「結局……これ返したっけ……返せてなかった気がする……」

「昨日、宇宙人のこと調べてきたんだけど、私は絶対いると思う!」


 また話が噛み合わなくなる。


「お前そんなおかしな人間じゃなかったよな……?なんで……そんな……!」

「みんなは信じてないみたいだけど」

「全部……言ったことある言葉じゃないか…….!....僕に!」

「私は信じるよ」

「どうしちゃったんだよ!」


 僕は思わず七瀬の肩を強く掴んでいた。そしていつの間にか頬を涙が伝っていた。


「お前、頭おかしいよ!ずっと、ずっと、同じこと繰り返してたんだろ!昔したこと、言ったこと!」


 あまりに涙が止まらないものだから僕は何度も目をこすって涙を拭うが、視界は一向によくならない。


 今さっき七瀬が言ったことも僕に実際に言ったことなんだ。

 そうだ、僕はこの後なんて返したんだ?

 たしか僕は……


「君が信じようと信じまいと……宇宙人は存在するんだよ」


 そんな感じのこと言ったんだ。そして七瀬はこう答えたんだ。


『UMAくんらしいね』


 僕が呟いたと言葉と七瀬の言葉が重なる。


 僕の予想は当たっていた。

 七瀬麻里は過去の言動を機械的に繰り返しているだけであると。

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