第33話 ステアグマ星
僕は少しだけ期待していたのかもしれない。もしかしたら七瀬と通じ合えるんじゃないかって、僅かな希望を見出して浮かれていたのだ。
「次あそこ行こうよ!」
「……ああ……」
七瀬が僕の先をテクテク歩いて行きアトラクションへと先導していく。
僕はされるがまま、気のない返事でついて行くしかなった。
チェロス屋から七瀬を引き離した後、僕はおすすめコースに連れて行くことにした。昨晩までずっと僕が研究に研究を重ね、効率よく最大限に楽しめるアトラクションに乗る順番を選んでそのコースに従えば、きっと楽しめるに違いないと確信していたのだが……
七瀬はやはり一筋縄にはいかない人間、否、宇宙人であった。
僕が進んで行く先々、全てまったくの無反応だったのだ。
これには僕も心が折れかけて、必死に話しかけるが完全に上の空という様子で、僕はコース半ばで周ることをあきらめた。
自分が主導権を握ることを辞めた僕は、いっそのこと全部七瀬に任せた方がいいような気がして、なすままに七瀬の後をついて行くことにしたのだ。
「中広くない?えーどこからどう行こう?」
気がつくと僕はある建物の中に立っていた。
あれ?いつの間に来たんだっけ……
周りを虚ろな目で見渡すと次第に思い出してきた。
「あぁっ!ここだ!ステアグマ星の!」
思わず口に出していた。慌てて口を手で塞ぐも七瀬は一切気にも留めていない様子だった。運良く周りにも人はいなかった。
内心ほっとしつつ、この場所について情報を整理することにした。
ここはスペースランドの中心にある巨大なドーム型の施設だ。中には宇宙に関する展示コーナーと複数のアトラクションが併設してある。その中のアトラクションに出てくるのが、「ステアグマ星」だ。
七瀬があの雨の日突然口走った「ステアグマ星」というワード。
僕はそのワードが七瀬の重要な手がかりを持つと考え、このスペースランドにわざわざ来たのだ。
「行くぞ七瀬、ステアグマ星へ」
今度は力強く七瀬を引っ張って2階へのエスカレーターに乗った。
ステアグマ星が出てくるアトラクションはドームの2階にある室内型のジェットコースターだ。「スターゲイザー」と名乗るそのアトラクションにはやはりバックストーリーがあり、「ステアグマ星」に向かった宇宙探検隊が見た宇宙の世界を表しているらしい。宇宙探検隊も、「ステアグマ星」に一旦着いた後無事に地球に帰還できたのは良かったが、途中ブラックホールに突っ込んだりとなかなか危険な旅をしてきたようだ。
僕はこのアトラクションには何度も乗るくらいには気に入っている。基本的に絶叫系は嫌いなため、ジェットコースターには乗らないのだが、このジェットコースターは室内のためか、あまり怖くなくてちょうどいい。
僕が考えたアトラクションコースにもこの「スターゲイザー」が含まれていたのだが、ここに来る前に途中で僕がコースを周るのを断念したのでここには来ていなかった。
エスカレーターはゆっくりと進み、僕たちは中程あたりまで昇っていた。
長いエスカレーターに乗りながら広いドームの中を見渡すとやっぱりワクワクする。
このドームは吹き抜けで宇宙センターのような装飾が近未来感を出してロマンがある。
中央にそびえ立つマザーコンピュータは宇宙ツアーを管理しているという。
さらに、通路の各所にはSF映画のセットのようなマシンがあったり謎の宇宙人の模型があったりと見所が多いスポットだ。
「ここにスターゲイザーがあるんだよね」
と、突然七瀬がぽつりと言った。
「え?もしかしてお前来たことあるのか?」
僕は驚いて尋ねていた。
「やっぱりそうだったか。だからステアグマ星のこと知ってたんだな」
「地図によるとここの2階って書いてあるし、うん、多分合ってるよ。分かんないけど」
……行ったことあるんだかないんだか……
「結局乗ったことあるのか?スターゲイザー?」
「うーん」
「ステアグマ星のことは知ってるか?スターゲイザーで出発する星がステアグマ星なんだ」
「へー」
意外にも相槌が返ってきた。だが曖昧なもので、答えになっていない。
「で、知ってるのか?ステアグマ星のこと」
「うーん」
またも曖昧な相槌。やっぱりダメみたいだ。
「じゃあさ、逆にステアグマ星のこと教えてよ」
「ステアグマ星は私が生まれ育った星で、こんな地球のような星よりもずっと文明は進んでいるんですよ!技術差をはっきり言ってしまえば、一つスイッチを押せば1日も経たずにこの星を消すことだってできるくらい容易く……」
「げっ!またベラベラ喋り出した!」
七瀬がまたしても長ったらしいセリフを話し出したところで、僕たちは2階に着いていた。
まだ喋り続ける七瀬を引っ張り僕はスターゲイザーの乗り場まで早足で向かった。側から見たら異常な二人組だろう。
スターゲイザーの乗り場まで着いた頃には七瀬の長いセリフも終わっていた。ほとんど聞いてもいなかったが。
乗り場には出発ゲートと書いてあり、その先にはまたしても長いエスカレーターが伸びていた。
正確にはスターゲイザーは2階ではなくて3階にだったな……
仕方なくエスカレーターに乗り、七瀬にもう一度聞いてみることにした。
「なあ、ステアグマ星ってどこで知ったんだ?このアトラクション以外で知ることってないだろ?」
「……」
今度は無反応。僕はせっかくの手がかりを目の前に苛立ち始めていた。
「さっきの長々としたセリフといい、その宇宙人のフリって何のためにやってるんだよ。演劇にでも出るのかよ」
「……」
「最近やっと分かってきた。お前が普通の会話の時とセリフ言ってる時、はっきりと違う。セリフの時は感情が入ってないんだ。ベラベラと台本に書いてあることを話しだす。ステアグマ星も大方台本に書いてあるのを見て知ったんだろ」
「……」
「本当は何のことかも知らないんだ」
「……このエスカレーター長いね」
「宇宙人が好きみたいなアピールも全部台本だった……全部嘘ばっかだ……お前は僕に演劇を見せるためにやってきたのか?誰かに指示されてセリフ覚えて僕の前で上映しろって?何のために?……何で……僕……?」
「もうすぐ着くよ」
「……ああ」
僕たちはエスカレーターを降りスターゲイザー乗り場まで向かう。
僕はゆっくりフロアを眺めながら歩き出した。
「 ……この遊園地はお前と同じで嘘ばっかりだ。全部演じてるんだ。スタッフも、僕たち客も。内心全部分かってるんだ、宇宙人がオーナーだとか、作っただとか、全部嘘だって。それでも信じるんだよ、宇宙人が本当に存在するって本気で思って想像してるんだ」
「…….」
七瀬は遠くを見ている。
「僕はこの遊園地のそんな所が本当に好きなんだ」
『ステアグマ星を出発、地球行きの船がまもなく発進いたします……』
アトラクション内にアナウンスが流れる。
僕と七瀬は二人並んでコースターに座り、出発するのを待っていた。やはり他に客は乗っていなかった。
コースターが出発すると宇宙空間へと突入し、途中ワープゾーンであるブラックホールを通ったりなんかして、ステアグマ星に着く。ステアグマ星はプロジェクターで映し出される映像によると、かなり発展した機械都市のような場所だ。ステアグマの上空を通過した後はそのまま再び宇宙空間へと突入し、またもブラックホールなどを通って地球へ帰ってくるのだ。つまりコースターが出発するこのドーム施設は地球から宇宙へと旅立つ宇宙センターのようなものだ。遠い星に行き帰ってくるまでの数分間、僕たちはこの地球に存在しないことになる。そんな風に一時的にでも外界と遮断された世界に居られることは心地よいものに感じた。
コースターが加速すると前から風を感じ、暗闇の中周りの星々がきらめいていても、宇宙に風は吹かないし、きらめいているのは電飾だ。
ステアグマ星の荘厳な機械都市もプロジェクターが映しただけの映像だ。ブラックホールの中の目がチカチカするような歪んだ空間も飾り物だ。
何一つ本物なんてない。嘘っぱちだ。
それでも僕は嘘を信じていたかった。
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