第32話 過ぎた時間と長いチュロス
「アクアガーデン」に乗ったせいでびしょ濡れになった僕たちは一旦ベンチで体をタオルで拭いていた。七瀬も流石に濡れっぱなしじゃ嫌みたいで、タオルを渡すと体を拭き始めた。
上半身は濡れたものの、下半身はほとんど濡れなかったため、パンツなどの下着に被害はなかった。
「もー制服が濡れたよー」
とグチグチ言う七瀬。
いや制服じゃないだろと突っ込みたくなるがいつものことだ。
改めて濡れた所が他にないか確認していると、ズボンのポケットに宇宙人のボールペンを挿していたことに気づいた。
取り出してみると、グレイタイプの宇宙人は多少濡れていた。
「かわいそうに、ごめんよ……」
なんとなく謝りながら宇宙人をタオルで拭いていると、ふと昔のことを思い出した。
最初に僕が「アクアガーデン」に乗ったのは高校2年生の頃の修学旅行だ。つまり、最初に「スペースランド」に来た時に乗ったのだが、その日はすごい客の多さで「アクアガーデン」には長蛇の列ができていた。僕は並んでいる時間がもったいなくて、「優待パス」というのを使った。それは1000円払えば列に並ぶことなくアトラクションに乗れるというまさに資本主義の塊のような物だった。
僕はそれを使い長蛇の列を横目に特別に用意されたゲートを悠々と歩いて行ったのだ。あの時の高揚感と優越感はたまらなかった。
ただ、その中で僕はある目線を感じたのだ。呆然とした顔で見つめる無視できない視線。誰だろう、僕を見つめていたあの目は。僕はその相手を見つけて、不思議なことに少しだけ胸が痛くなったのだ。
その目はまるでこのグレイタイプの宇宙人のような目をしていたような、そんな気がする。
今日は気温も高く天気も良かったためか、濡れた服の乾きは早かった。
さて、次はどこに行こうか、と聞こうとすると、まともや七瀬の姿はなかった。
「あ……あいつ……」
周りを見渡すとどこからかいい匂いが流れてきた。いや違う違う……今はそれどころじゃなくて……
香ばしくも甘い香りがあたりを漂っている。おそらくドーナツの類か?
……それよりも七瀬を探さなくては……
頭の中ではそう思っているというのに僕はその匂いに誘い込まれる様に、匂いの方へと歩き出していた。
「うまー」
たどり着いた先に見えたのは細長い棒状の何かをもしゃもしゃとかじる七瀬の姿だった。
そしてその前にあるのは小さな小屋のような屋台。どうやらテイクアウトの飲食物を売る店らしい。
店員が立つ窓の横にメニュー表が貼ってある。
「チェ……チュロス……?」
メニューの写真と七瀬が食べている細長い物と見比べてやっと理解した。あいつが食べていたのはチュロスというものらしい。
「いらっしゃいませー!ご注文はお決まりですか?」
しまった、メニューをじっくり見ていると客だと思われてしまった。
「あ……いや……」
「え?」
店員の目が痛い。そりゃ客だと思うよな……
「チュロスを一本……」
「ありがとうございます!味は何にしますか?」
「……」
結局僕もチュロスを買ってしまった。
七瀬はもう半分程まで食べていて、近くをふらふらと歩き回っていた。
僕はそんな七瀬を遠目に見ながらベンチに座りチュロスとにらめっこしていた。
名前は聞いたことあったが、ここまで長いものとは思わなかった。20センチ程で人を叩く棒くらいはある。
僕が買ったのはシナモン味で、プレーンな生地にシナモンシュガーをまぶしたもので、揚げたての香ばしい匂いとシナモンの匂いが程よく調和して食欲をそそる。
一口先っぽを食べてみるとサクッとした食感にシナモンシュガーの甘さが広がり、思いの外美味しかった。
僕の先入観としては、同じ揚げ物のドーナツの亜種のようなものだと思っていたが、ドーナツよりもずっと軽く食べやすい。確かにこの長さでも手軽に食べられるな。
「すいませんーココアチュロス一つください」
僕は急いでチュロス屋の方を見るとそこには七瀬が店員に注文をしている所だった。
それって、二本目じゃないか!?
いくら食べやすいとはいえ、二本目行くか!?
その時、僕の脳裏に嫌な考えが通り過ぎた。
「止めなければこいつ永遠に食べ続けるんじゃないか?」
七瀬が二本目のチュロスを店員から受け取ったや否や僕は七瀬の手を取り、チュロス屋から引き離すように歩き出した。
右手には食べかけのチュロス、左手には七瀬の手を掴んで、僕たちはやっとこの遊園地に馴染んできた気がした。
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