第30話 グレイタイプ

「目が回った……」


 狼狽えながら僕は地面に足を下ろして言った。

 結局七瀬と二人で入園して初っ端から「スタードリーム」に乗ってしまった僕は、あの時と同じ様に声が枯れるほど叫び散らして終わった。


「めっちゃ怖かったー!」


 と口では言っているがやけにテンション高めでまったく怖かった様には思えない七瀬。

 はぁ……これでは修学旅行の追体験じゃないか。となると、この後僕は途中でグループ行動が嫌になってこっそり一人抜け出して満喫することになるんだ。今回は七瀬がいるからそんなことできないけど。


 僕はふらつく足をどうにか動かして、七瀬を最初の広場に引っ張って行きベンチに座った。


「はぁー。ちょっと休憩させてくれ」


 頭がまだぐるぐるして気持ち悪い。対して七瀬は動じず座らず立ったままだった。


「あっ、あそこにお土産屋さんがあるよ!」


 またも何かを見つけさっそく歩き出す七瀬。こいつはじっとしてられんのか!

 項垂れていた僕はばっと起き上がり、離していた手を掴んで引き止める。


「マジで今気持ち悪いの!」


 七瀬は立ち止まり僕の顔をじっと見た。僕は耐えられず目を逸らしてしまう。


「大丈夫?」

「し……心配してるのか?」


 予想外の反応に驚く。心配?僕のことを?だが、その顔は本当に不安な顔をしていた。


「や……やっぱいいよ。行こう、お土産屋さん。僕はもう大丈夫だから」

「そ、そう」


 気を取り直して七瀬は再び歩き出した。僕も引っ張られて進む。

 急に七瀬から心配されて僕はなんだか申し訳ないんだか恥ずかしいやらで、頭の気持ち悪さなんてどうでもよくなっていた。


 入り口周辺にはお土産が売っているショップが集まっており、時間帯のせいか人はまだらだった。

 それはそうで、今は昼前の午前中だ。いきなり入園しておみやげを買う奴がいるかって話だ。

 だがここにいる、入って早々おみやげを買う女が。


「荷物になるんだから帰りに買おうよ」


 僕の言葉を無視してじーっと真剣に商品を品定めしている七瀬。

 おいおい、そんなでかい箱入りのお菓子を持って今日一日園内を周るつもりかよ。

 僕はもちろん今何かを買うつもりはなかった。僕はただ一人はしゃいだ様子で商品を見ている七瀬を眺めるだけだった。


「これ可愛くない?」


 そうやって持ち上げて僕に見せてきたのはこのテーマパークのキャラクターのウサギのぬいぐるみであった。

 サイズは小さく、マスコットよりは少し大きいくらいであった。


「ああ、うん」


 こういう時どう反応すればいいのか分からない。「うんかわいいねー」って言うのは同じ女子くらいだろうし、別にかわいいとも思っていないし。


「えーこれマジ欲しいなー買おうかなー」


 買えってか?買えってか?僕に?

 七瀬の財布に入っている金額でも買えなくはないが、そもそも入っているのも僕のお金であって、手に入れるのは僕じゃないという。もらっても困るけど。


「よし、これ買う!」

「え」


 そう言って七瀬は手に持っていたカゴにぬいぐるみを突っ込んだ。

 そして再び品定めを始める七瀬を僕は止めることはできなかった。


 次々と商品をカゴに入れていく姿を横目でヒヤヒヤしながら僕は見ていると、ふと七瀬はある商品の前に止まりそれを手に取った。


「これ、面白いねー」


 それは典型的なグレイタイプのエイリアンの姿を模したボールペンだった。テカテカした銀色のボディが眩しい。


「いいセンスしてるじゃないか」


 僕はつい気分が高揚していた。が、ふとこいつが前言っていたことを思い出した。


『宇宙なんて全然興味なかったんだけどね』


 そうだ、こいつは僕に気に入られたいがために宇宙に興味があるだと嘘をついていたじゃないか。

 そう思うと僕はすぐに気分が悪くなった。


「そんなの買ってどうするんだよ」


 ぶっきらぼうに僕は言う。


「喜ぶかな」


 嬉しそうに微笑む七瀬。


「喜ぶわけないだろ、僕は単純じゃないんだ」


 だが僕の言うことには興味ないと言うように、七瀬は手に持っていたボールペンをカゴの中に入れた。

 頑固な奴だよなこいつも。


 結局会計はどうにか七瀬が持っていた財布のお金で足りた。僕は胸を撫で下ろしながら七瀬とおみやげ屋を出た。

 買ったおみやげは僕の分のリュックも合わせて中にどうにか収まった。大きめのリュックで来てよかった。

 だが七瀬はさっき買ったボールペンだけは袋から出して眺めてニヤニヤしていた。僕もそれだけは七瀬が手に持っていたせいでリュックに入れられなかったのだ。


「かわいいねぇ〜宇宙人くん」


 ベンチに二人で座りながら七瀬は言った。


「かわいいか?」


 僕はそれ自体はいいものだとは思うがかわいいとはどうも思えなかった。どっちかと言うとかっこいいじゃないか?


「大事にしよう」


 と七瀬は呟く。

 理由はどうであれ、大事に物を扱ってもらえるのは助かる。だって僕のお金で買ってあげたようなものなんだから。

 じっと僕もそのボールペンを眺めていると、どうもどこかで見たことがあるような気がしてきた。

 なぜか懐かしい気持ちになるような……これはデジャブってやつか?

 すると、七瀬が不意に僕の方を振り返ってすっとボールペンを掌に乗せ僕に差し出してきた。


「これ、貸してあげる」

「へ?」


 あんなに大切にするって言ってたのに、何を言い出すんだこいつは。


「あ、でもちゃんと返してね。約束だよ」


 そう言って七瀬が手を戻そうとして、その手からボールペンが転がり落ちそうになったので、ぼくは慌てて受け取った。


「私の名前一応書いてあるから、名前先生にバレないようにね。めんどくさいから」


 そう言うが手元のボールペンをいくら見渡してもそんなもの書かれていない。何を言ってるんだか、先生だなんてまるで学校で物貸すみたいな言い方じゃないか。


 ……学校?

 前もこんなことなかったか?だれかにこんな感じのボールペンを貸してもらって、そう、高校の頃だ。

 僕はその日筆箱を忘れて、筆記用具が無かったんだ。その様子に気づいた人に授業前に僕は貸してもらって……

 誰だ?誰だっけ?思い出せない。

 でもそんなことどうでもいいよな、物を貸してもらうことなんてよくあることだし。


 ……だけど、僕はそんな些細な思い出がとても大事なことに思えて、僕は考え込んでしまった。

 七瀬から受け取った宇宙人のボールペンを手に抱えながら、僕は必死に大事な何かを思い出そうとしていた。

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