5章 二人だけの遊園地
第29話 夢と幻想の遊園地
七瀬の手を引っ張りながら、つかつかと駅構内を進む。若干の気恥ずかしさと胸の歓喜を噛み締めながら。
僕たちは周りからどう見られているんだろう。
こんな所にくる男女二人組なんてカップルくらいしかいない。周りもそんなやつらばっかだ。
では僕と七瀬は恋人なのだろうか。いや、それは客観的事実でしかない。
だってあいつは僕のことをきっと……見ていない。
「あっ……」
気がつくとスペースランドの入り口とは全く逆の方向に進んでいた。
急に僕が立ち止まったので七瀬が肩に少しぶつかった。
「ごめん……間違えた」
方向をぐるりと変えると、目の前に高々とそびえ立つコースターのレーンが僕たちを待ち構えていた。
「あれおっきいねぇ〜!」
と七瀬が浮かれた声を出してはしゃいでいた。
あぁ、知ってる。あれは「AMANO21」っていう一番怖いジェットコースター。その高さは日本でもトップクラスだって自称してる。僕は怖いから一度も乗ったことがない。
「あそこスペースランドだよね!やばいテンション上がる」
ふと横を向くと両手を無意味にぶんぶん振る七瀬の姿があった。
あ、手。
繋がれていた手はいつの間にか離れていた。
まぁここまで来たらもう引っ張っていく必要なんてないよな。
僕の手を離れた七瀬はあっという間にスペースランドの入場ゲートの方へかけていっていた。
「待てってー!」
そう言った所で立ち止まるはずがないので、僕は必死に走って追いかけた。
そんな慣れないバタバタした走りは昔からよく「鈍足の覇王」と揶揄されたものだ。
息が上がりながらも無事に追いつき僕は額を何度拭いながら、ゲートで列に並んでいた七瀬の後ろについていた。
まさかこいつにリードされるとは。
こう見ても僕は何度も訪れるスペースランドのソロユーザーなんだぞ。
もうこのゲートも何度潜ったことか。昔ながらの古めかしいコテコテのデザイン。色あせたピンクのウサギが手を振っている。そして出っ歯だ。
何もかも懐かしい。最後にここに来てからもう1年も経つ。3ヶ月に1回のペースでここに通っていたのが遠い昔に感じる。
ここは僕の中で聖地と言っても過言ではない。夢と理想が詰まった神秘のテーマパークなのだ。
高校の時の修学旅行。それが僕とスペースランドの初めての出会いだった。
まさか修学旅行先の場所近くに住むことになるとは当時の自分には考えてもなかった。
あの最初に来た修学旅行で僕は一目でビビッときたのだ。
スペースランドは宇宙をテーマにしたテーマパークである。
アトラクションも宇宙に関する名前が付けられていて、園内の装飾や設定も無駄に凝っている。
公式の設定によると、スペースランドは30年前この地に漂着した宇宙人が自らの星を想って再現した遊園地だという。
園内のスタッフは皆そんな宇宙人に脅されて運営しているらしい。
30年も経って未だに故郷の星に帰れていない宇宙人も気の毒だが、この地に留まり続けていることには感謝だ。おかげで僕はこの夢の様な場所を楽しめているのだから。
ゲートに並んでいた人たちの列が進み僕たちの番になった。僕は七瀬の前に移動して二人分の1日フリーパスを購入した。
するとスタッフが僕たちの腕にフリーパスのバンドを巻いてくれた。
七瀬はすっかり僕に頼りっきりで、黙ってそれを見ていた。
しかし終わった後もボーッと突っ立っていたものだから、僕は他の客に邪魔にならないよう、急いで七瀬の手を引っ張って入り口からすぐの広場に連れて行った。
「さぁ、まずはどこへ行く?」
僕はキョロキョロあたりを見渡す七瀬に聞いてみた。
「ど……どう……!?あっ!あれ!」
何かに気づいた様に指を指して七瀬が言った。
その先にはものすごい勢いで回るメリーゴーランド?ではなくて、回転ブランコのアトラクションが叫び声をまき散らしてそびえ立っていた。
「あっ……あれは……」
かつてのトラウマが蘇る。修学旅行の時入園していきなりそれに乗ることになり、僕が恐怖のあまりとんでもない叫び声を上げて伝説になった代物だ。
そのアトラクションの名前は「スタードリーム」、流れ星の中を飛び回ることをイメージしたというその乗り物は、むしろ自分が流れ星になるのではないかというほどに勢いがぶっ飛んでいた。
「やめておこう!」
僕は七瀬を止めようと手を引っ張ろうとしたが、またもパッと手を離されて「スタードリーム」へと向かっていた。
僕はすぐさま追いかけようとしたが、ふと気づく。
別に僕も一緒になって乗る必要なんてないのだ。修学旅行の時はグループ行動が必須だったため、しぶしぶ周りに合わせて乗ることになったが、今回は自由行動なわけであり……
しかし歩いている人に肩が当たろうと構わず突き進む七瀬の姿を見て、サーッと顔が青くなるのを感じた。
これは一人にしたらダメだ……
僕はその後ろ姿を急いで追いかけていた。
「何でよりによってそれなんだー!」
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