第28話 前途多難な旅立ち

 こうして僕たちは寂れたアパートを出て、暖かな日差しの中を歩き出した。

 駅まではバスで行き、そのバスに乗るために家近くまでのバス停まで歩く必要があった。

 だが、広い道に出るといきなり七瀬は全くの逆の方向へ歩き始めた。


「おい!違うって!」


 咄嗟に僕は七瀬の肩を掴んで引っ張っていた。


「痛っ!……何?」

「あっ……!ご、ごめん……でもこっちじゃないんだよ」

「こっち?」


 と、七瀬がいきなり車道へ歩き出したので、僕はあわててヤツの右腕を掴んで引き留めた。


「何やってんだよ!危ないって!」


 思わず大きな声で叱っていた。車が通らなくて良かった……


「あ……ごめん……」

「だからさ、僕が行く方向について来ればいいから」


 無理矢理右手を繋いで僕は七瀬を引っ張るように歩き出した。


「お母さん……手を繋ぐのは恥ずかしいよ……街中で……」

「えっ!?」


 お母さんってことはこの際どうでもいい、それよりも僕は無意識のうちに七瀬と手を繋いでいる事実に動揺を隠せなかった。


 急いで手元を見ると、僕の左手が七瀬の右手が重なっていた。

 僕が、掴んだんだ。

 一瞬離そうと思ったが、離してしまえはこいつはきっとさっきみたいにあらぬ方向へと歩き出してしまう。

 なら、このまま手を繋いで引っ張っていったほうが安全だ。


「安全のためだ。我慢しろ」


 そう言って、七瀬がいる後ろを振り返ると、顔を赤らめて俯きながら歩く七瀬の姿があった。


「もういい歳だし……恥ずかしいよ……」

「僕だって、恥ずかしいよ」


 きっとその手はこいつにとって見れば僕に握られてないとしても、僕は今ある確かな感触を信じていたかった。

 暖かくて、柔らかい手が僕の手に触れていた。


 いきなり前途多難な滑り出しで、幸先が不安ではあったが、まさかのそれは杞憂であった。


 バスも黙って乗れるし、料金を事前に言っておけば、僕が七瀬の荷物に入れていた小銭入れからちゃんと払って降りれるし、駅なんか、まるで来たことあるみたいに、僕よりも前に進んでいって、それを引き止めるので必死だったぐらいだ。

 おまけに改札口では、僕が切符を違う料金で買おうとした所を横槍で正しい料金に訂正してもらった上に、七瀬が難なく通った改札口を僕は手間取って、人の波に流されて引き離されたりと、本当に散々だった。


「お前、スペースランド行ったことあるのか?」


 スペースランド行きの電車の席に着いた時、僕はそう口にしていた。


「ううん、ないよ」

「絶対嘘だ!じゃないとおかしいよあの動き。どう考えても脳内に一度記録した記憶を頼りに正確に進んでいやがった」

「楽しみだね〜」

「……はぐらかしやがって……」


 車内には僕と七瀬の二人以外誰も乗っていなかった。隣の車両には何人かの姿が見えたが、どこも少ないようだった。いつもならもっと人が多いよう時間帯の気がしたが、普段から電車に乗ることは滅多にないので、やっぱりわからなかった。

 まぁ、僕にとっては助かることに越したことはないので、どうでもよかった。


 急に七瀬が静かになったのでふと顔を見ると、何やら重い面持ちで窓の外を見ていた。

 電車は動き出していた。

 外の景色は段々と加速して通り過ぎて行く。目の前のビルや家が一瞬にして消え行く中、遠くに見える山と空だけは形を保ってその場に佇んでいた。


 七瀬はそんな様子を一通り眺めながら言った。


「街が滅んでいくね」


 七瀬にしては随分と詩的な表現だと思った。

 確かに、通り過ぎる街並みは形を保てず崩れ去っていくけど、滅びたってのは大袈裟な表現じゃないか?


 七瀬は相変わらず重い面持ちで窓の外を見ながら淡々と続ける。


「あなたは悲しい?」

「え?僕?」

「他の人が死んでいくのは悲しい?」


 死んでいく……!?近所で起きてる事件の話か!?


「またその話か……やっぱり何か知ってるのか!?」


 さっきの街が滅びていくっていうのは詩的表現ではなくて、事件によって街が滅んでいくということだったのか!


「前みたいに台本でしたー、なんて言うじゃないよな?また嘘だなんて冗談にもタチが悪い。なぁ、何がこの街に起きてるんだよ?正直に答えてくれ」

「殺戮。宇宙人による一方的な」

「…….それってこの前台本で言ってたやつだろ?セリフの読み合わせじゃないんだ。いい加減そのふざけた演技はやめろ」

「ごめん」


 ……なんだよ、急に謝って。


「謝るくらいなら最初からそんなことやめればいいんだ。自分が宇宙人だの、宇宙が好きだの、全部嘘ばっかりじゃないか」


 まただ。また変な空気になってしまった。僕はこんな会話を望んでいない。

 七瀬はまた何かを言い出そうとしていたがきっとそれも僕が望まない言葉だ。

 だからあえてその言葉を遮った。


「あ……」

「スペースランド……!...楽しみだな!」


 七瀬は驚いた様にきょとんとした顔でこちらに振り返った。


「楽しみじゃないのか?」


 七瀬はしばらく黙っていたが、またいつもの柔らかい表情に戻っていた。


「うん。楽しみ」


 そう言って微かに笑った。


「次はスペースランド前ー」


 車内アナウンスが流れはっとする。

 いつの間にか人が次々と乗り込んできていて、車内はほぼ満員であった。

 最初に乗った時のガラ空きの席が嘘みたいに、僕たちの周りには見知らぬ他人が占領している。

 あれから人が乗り込んできたので何も僕は話していなかった。七瀬も同じく。

 そうしているうちに眠気に襲われて僕は居眠りしていたみたいだ。


「次、降りるぞ」


 そう言って七瀬を肩で小突くと、ぼーっとしていたみたいで、びくっと体を揺らした。


「あ、うん」


 本当に聞いているのやら。少し不安だったが、僕が無理やりにでも引っ張っていけばいい話だ。


 電車が駅のホームへと、耳に響くキリキリした高音をたてて止まった。


「降りるぞ」


 僕は立ち上がる七瀬の返事を待たずに、その手を引っ張って電車のドアからホームへと降りた。

 七瀬はされるがままといった感じで黙ってついてきた。


 目の前には「スペースランド前」と書かれた駅名標があった。

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