第27話 いざ、織奥!

 遠足の前の日の夜みたいに眠れなくなる、とうことはなかった。だが代わりに予定よりも早くに起きてしまった。

 外はまだ暗い。出発は朝9時、今は朝6時だ。二度寝するにも目が冴えて眠れない。

 僕はちらりと部屋の隅に置かれた二つのリュックに目をやった。


 準備する物などないと思っていたが色々心配になり、ティッシュ、ハンカチ、通帳、メモ帳と筆記用具、と遠足並みに気合いを入れて増やしてしまった。昔からそういう所あるよな自分。

 昔遠足の時に、僕が予備に割り箸を大量に持ってきていた為、箸を忘れた生徒に配って感謝された記憶がある。別に誇れるもんじゃない。

 なんだか予備がないと不安になってしまうのタチなのだ。その割には一番大事なものを持ってきてなかったりする。


 七瀬の分の荷物まで確認し終えると、ふぅとため息が出ていた。

 本当にスペースランドに辿り着けるんだろうか。

 これは無謀な旅でもある。

 まともに歩けない、話せない、言うことを聞かない、人間かすら怪しい七瀬がはたして電車に乗れるのか?

 もし僕の不注意であいつが何かしらのトラブルを起こしてしまったら僕は責任を取れるのか?

 常に最悪の事態を想定してしまう。負の悪循環だ。だから朝は嫌いなんだ。


 確かにこのままずっと外に出ずにこの部屋に籠もっていれば平和だ。

 でも、それじゃダメな気がした。だってあいつが行きたいって言うなら、絶対に行かせてやらなきゃいけないって、そう思ったのだ。


 日が上り始め、あいつがいつも通りの時間に起きてき頃、僕はそれに合わせて準備をし始めた。今日の出発のスケジュールもあいつのルーティンに合わせて作ったのだ。

 いつもどんな格好で外に出ればいいのか考えるのが嫌で外に出たくなくなるのだが、今回は昨日の夜のうちに決めて置いておいた。

 朝ごはんは昨日コンビニで買っておいたおにぎりでいい。

 我ながら用意周到で惚れ惚れする。


「え?今日学校ないの?」

「今日は振替休日だろ文化祭の」


 もちろん出任せの嘘だ。大体こんなことを言うとヤツの休日ルーティンにシフト移動できる。こうすれば朝7時に家を出ようとするのを止められるのだ。


「あぁ、体育祭の」


 ちょっと違って伝わったみたいだが。

 というか昨日の話が本当なら、こいつは僕と同じ高校に通っていたことになる。上級生なら卒業してて、下級生なら在学中?じゃあ今まで毎朝行こうとしていたのは僕が通っていた西高ってことか?

 馬鹿げてる。西高は僕の実家がある地元、ここから何県も越えた先だ。ここから通うことなんて到底できない。じゃあどうしてここに?


 ……本当にこいつをこのままにしていいのか?


 ダメだ、余計なことを考えるのは止めよう。今は目の前のことを考えるだけでいい。今日は遊園地に行くんだ。それだけで十分だ。


「どうかな?おかしくない?」


 と七瀬が自分の服を見せるようにニコニコしながら袖を伸ばして僕に聞いてきた。


 ごめん、十分おかしい。それは僕のせいだ。

 もっとまともな服があれば良かったのだが、さすがに女の子に似合う服など持ってるはずがない。こいつが最初に着てたアルミホイルみたいな服はまず即効不審者でアウトだし、どうしようもなくて選んだ服が、その銀河系がプリントされた黒いTシャツと茶緑のカーゴパンツ。


「なんか……ごめんな……ごめん」

 

止まらない謝罪。


「似合ってる?」

「似合ってない」

「良かった〜」


 噛み合わない会話。これはいつも通りだけど。


「今度はもっと似合う服着せるからさ……」


 無邪気に喜んでいる七瀬を見て申し訳ないやら、情けないやら……こんな二人組が歩いていたらヘンテコで笑われそうだ、と自分の格好を改めて確認して、乾いた笑いしか出なかった。


「はは……僕も黒一色……」


 時刻は午前9時。いよいよ出発予定時刻となった。


「荷物持ったか?」

「うん」


 リュックを背負った僕は、同じく僕のリュックを背負った七瀬に振り返って尋ねる。


「今からスペースランドに行くぞ……!」

「……うん!」


 どうやら約束はちゃんと覚えていたらしく、スペースランドに行くというと、荷物を持っていくのも、今から出かけるのもすんなり受け入れてくれた。外に出てからもこの調子でやってくれればいいのだが……


 今日は長い旅になる。無事にこの部屋に帰ってこれることを祈って、僕は外に出た。

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