第26話 出発前夜
それから秋良からの電話の用件は伝え終わったらしく、来月の予定を確認した後は早々に電話を切った。
聞きたいことはまだ山ほどあったのだが、聞いたところで何も理解してもらえないのも事実であった。「宇宙人が突然家に現れて、そいつが七瀬麻里と名乗った」と言ったらまた、頭がおかしいキメー、となるのが目に見えてる。あいつにファンタジーだのSFだの通用しないのだ。普段はありえないことばかり起きる演劇を演じている癖に妙な線引きをしやがる。
と言っても随分長電話したので、日が暮れてしまい、電話前陽が射して明るかった部屋は薄暗くなっていた。
電気を点けると、七瀬がご飯ご飯と言い出したので夕食を取ることにした。
夕食後のいつものテレビの時間、僕はずっと画面は上の空で、秋良の電話内容のことばかり考えていた。
タイムカプセルに七瀬麻里と書かれたボールペン、それは何を意味するのか。
七瀬は僕と同じクラス、学年にはいない。
上級生か下級生にいたことになる。しかし、他学年の生徒の名前までは把握できない。ざっと400人以上はいる訳で、転入、転校も激しかった。
「無理だ……」
僕の狭すぎる連絡網じゃ到底彼女に辿り着けない。そもそも僕は秋良くらいしか友達と呼べる相手がいない訳で、その他クラスメイト全員知らないのならもはや絶望的状況。
手がかりが掴めたようで、逆に謎が増えただけだった。
実家に帰って高校に行ってみるか?と思ったが、ろくな思い出がない高校に一歩も足を踏み入れたくなかった。まず、不審者として追い出されるだろう。あそこの先生は僕のことが嫌いだから。
さっきの同窓会のせいで高校の時の嫌な思い出が湯水の様に湧いてきた。
クラスのやつはどいつも僕を冷ややかな目で見てきて、馬鹿にする。人を人として見ていない気持ち悪いあの目、思い出すだけで背筋が凍る。
運良くいじめられることは無かったが、僕は周りから「宇宙人」だと笑われた。
違う、僕は宇宙人じゃない。なりそこないだ。なれるならきっとあいつらを一指で消してる。
ただ単純に宇宙のことが好きだから、そんな短絡的な理由の蔑称で宇宙人という言葉を使うな。教室の隅で蹲って本を読んでいるだけの僕に関わらないでくれ。
怒りがじわじわと湧いてくるのを感じた。あいつらはあれからずっと能能と悪びれもせずに生きている。きっとこれからも何も変わらずヘラヘラと人を馬鹿にして生きていくのだ。
腹の中で回り続ける液体なのか気体なのかわからない流動体が行き場をなくして腹を破裂させそうだった。
今更こんなことを考えても無駄だとわかっていても、どうしても願わずにはいられなかった。
「死ねばいいのにな」
ああ、陳腐でダサい言葉。
口に出した途端、呟いた自分がどうしようもなく恥ずかしい気持ちになるが、高校の時から呪文のように繰り返し呟いてしまう。でも言ったあとは少しだけスッキリした気持ちになれるのだった。
「それって私のこと……?」
七瀬が目を丸くして僕の方を見ていることに気づいた。
「えっ!?……違う!……そんな訳ない!」
僕は慌てて弁解する。なんでよりによって今の言葉を聞いてるんだよ!地獄耳か!
だが、七瀬は依然悲しそうな顔をしていた。
「ほ、本当だよ」
それからしばらく七瀬の顔が晴れることはなかった。
七瀬が再び元気を取り戻したのは、またしてもあのCMだった。
「あっスペースランドだ!」
毎度毎度新鮮なリアクションを維持できるお前はすごいよ。これで6回目だぞ?
というか、明日はそこに出発する日だ。まったく、僕は何で昔の嫌な思い出なんで考えていたんだろう。明日のことを考えればそんなこともうどうでもいいのに。
過去のことを思ってどうする?どうせなら未来のことを……
思ったところで僕の人生袋小路だ。僕に未来はない。
だとすれば、今が楽しければいい。明日が楽しみな今が楽しければ、それで。
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