第25話 同窓会

 そして特に何も起こる事なくスペースランドに行く約束の前日になった。


 七瀬は熱を出した次の日にはすっかり体調も良くなり、今はもう咳も出なくなっていた。

 いよいよ明日か、と思うとなぜか心がそわそわして落ち着かない。特に前日だからと言って準備するものなどないのだが。


 確認のため七瀬に約束のことを聞いてみると「うん!明日だね、うきうき!」と意外にも約束のことをしっかり覚えていた事が驚きだった。それに最近まともに返事をするもんだから会話が成り立って違和感すら感じる。

 考えすぎかもしれないけど、僕の方がおかしくなってるじゃないかって思うこともあるんだ。


 最初の出会いの頃じゃ考えられないよなぁ、まさかこいつと二人で遊園地にデートなんて。

 ……って、デートじゃないよな!視察だ視察!ああ、もうなんで僕がその発想に至るんだ!!全く……僕もすっかり七瀬の恋愛脳に毒されたか……

 しかし僕が珍しく浮き足立っているのは事実。今日もスペースランドの公式サイトを何度も見直して、どのルートが一番効率よく楽しめるか調べたりしていた。スペースランドに行くのは初めてではないのに、なぜもこうしてワクワクが止まらないのだろう。これが遊園地の魔力なのか。一年前行ってた頃はここまでじゃなかったのに。


 ただ心配なのが、七瀬がまともに遊園地を歩けるかだ。そもそも一緒に出かけた事もないのに無事に辿り着けるかも危うい。電車の中で突然暴れたりしないだろうか、前みたいに。その時は他人の振りをしよう。


 夕方頃、再びスペースランドについて携帯で調べていると、突然、フォンフォンフォン……

 と、妙な音が……ってこれは携帯の着信音。

 いったい誰だ?また宗教の勧誘か?

 だが画面には「秋良」の文字が。なんだ、よかった。


「もしもし。どした」

「ああ、比嘉ちょっと聞きたい事があって」

「来月うちに来る話?」

「いや違う。あの〜今年の正月に同窓会あったじゃん?」


 思わず「同窓会」というワードで、うっ、と吐き気を催した。


「あれお前来てたっけ?来てなかったよなぁ?」

「来てないよ。行くわけないだろ」


 当たり前だ。あんなもの僕みたいのには行く価値がない。成人式だって行きたくなくて行っていない。行ってやるものか。全人類、成人式は開催する意味なし。


「いやまぁそうだよな。でもクラスの奴らから言われてさ、来てない人に用意してた品渡さなきゃなんだと。厄介な品物だよなぁ」

「品物?なんだよそれ?」

「ほら、卒業前にタイムカプセル埋めただろ、学校の裏に。それを同窓会の時に掘り起こしたんだよ」

「ああ……何か記憶にあるようなないような……」


 正直すっかり忘れていた。というか、掘り起こすのが早過ぎではないか?普通10年か20年以上は寝かせるだろう?

 高校卒業の時から2年も経ってないというのに何で早々取り出したのか。首謀者に何か見つかってはいけないものがあって早く回収したかったと考えるべきか?

 ……もう集まるつもりがないから消化したんだろうなという感じもする。

 大して仲良くもないクラスメイト同士でタイムカプセルなんか埋めて、気まずくなるだけだと思っていたが、掘り起こした時は一つの歓声でも起きたんだろうか。


「中に入ってた未来の自分への手紙、お前の分預かってるんだけど今度そっち行くとき持っていった方がいいか?」

「未来の自分って……1年と半年くらい先の自分だぞ?意味あるのかこれ」

「……知らねーよ……なんか飲んでたら、せっかくだからタイムカプセル掘り起こしに行こうって話になってさ……我慢ならないヤツらしか集まってなかったんだろうよ。誰も止めるヤツいなかったし」

 ……本当にどうでもいい人たちの集まりだったんだな……


「俺も本当はもっと寝かせるべきだと思ったさ……ま、どうでもいいだろ。で、どうすんだ。持って行った方がいいか?」

「正直いらないから、お前が持ってても邪魔になるだろうし、捨ててもいいよ」

「え!?いいのか?読まなくて」

「1年ちょっと前書いたことくらい大体覚えてるだろ?」

「じゃあ何書いたか言えるか?」

「え」


 確かにいざ内容を思い出そうとしても何一つ思い出せない。まず、手紙を書いたことすらすっかり記憶にないので、内容など思い出せる訳がないのだ。


「……僕手紙なんて書いたかなぁ……」

「やっぱり覚えてないじゃねーか!なんなら代わりに俺が読んでやろうか?」

「おい!」

 それは困る!もし恥ずかしいことを書いていたら死ぬ!

「じゃあ、秋良はどんなこと書いてたんだよ。内容によっては、僕の手紙を読むことを許可する」

「あぁ?つまんねーよ。『演劇再上映希望!!』ってB5サイズの紙にデカデカと書いてたよ。最後の文化祭でうちの演劇部の劇散々だったからなぁ……セリフ覚えてないし、演技もできてなくて……何であんなにぐだったんだよっていうくらい酷かったわ……」


 と、いきなり一人どんどん落ち込んでいく秋良。いつも飄々としている彼にしては珍しい。そういえば文化祭の後やけに落ち込んでたっけ。


「まぁ、とっくに終わったことだし気にするな」

「そうだな、もう誰も覚えてないだろうし」

 割とすぐいつもの声のトーンに戻った。これが時間が癒した傷だろう。

「ちなみに再上演の予定は?」

「なんか悔しいから、大学の演劇サークルで台本流用して上演してやろうと思う。台本書いてくれたヤツには悪いが勝手に使わせてもらう」

「ん?台本って部員が書いていたのか?」

「ああ、その演目だけな。普段は市販のものとか、ネットに上がってる物を借りたりすることが多いけど、最後の文化祭だからって気合い入って書いたヤツがいたんだよ」

「ふーん」


 一本の演目の台本を一人で書き上げるとは見上げた根性だ。これは評価に値する。


「そいつがかなり気合い入れてた演目だったからな。ちゃんと俺が役を演じてやらなきゃって思うんだよ。あの失敗のまま終わらしちゃいけないっていうか……って、あれ?演じるのはそいつだったか?うん?あれ?じゃあ何で俺が演じたんだ?」


 急に頭が混乱したのか自問自答を繰り返し始めた秋良。こいつは僕より頭が良いはずなんだが、唐突にIQが溶けたか。


「大丈夫か?」

「……すまん、忘れてくれ」

「……何を?」

「さっき話した演劇部の話全部。自分の記憶に自信がない」


 どうやら脳の錯乱状態は予想以上にひどいらしい。


「そうだ、本来の目的を忘れてたわ。実は聞いておきたいことがあと一つあってな」

「まだあるのか」

「七瀬麻里って知ってるか?」

「え?」


 息が止まりそうな程の衝撃だった。手に汗が滲んでいる。

突然の名前。その名前は紛れも無くあいつから聞いた名前。宇宙人が名乗った名前。


「知らないよな。みんな知らないからさ、他のクラスのヤツかも……」

「七瀬麻里を知っているのか!?」

「おまっ……!知ってんの!?」

「……知らないけど、知ってるんだよ!」

「どっちだよ」

「とにかくそいつがどうかしたのか!?」


 やっと掴んだ手がかり、離す訳にはいかない!


「なんか『七瀬麻里』ってシールが貼ってある変なボールペンが入ってたんだよ、タイムカプセルの中に」

「それって、七瀬麻里の物だってことだよな!?」

「まぁ……そうだと思うけど、何?知ってるのか持ち主」

「知ってるけど今知ったんだ!」

「よくわかんねぇなぁ」


 そうだ、そうだ、七瀬麻里は僕と同じ学校同じ学年にいた!!

 ……クラスは多分違うが、西高ってあいつも言っていたし、同じ所に通っていたのだ!

 まさか、そんな身近にいたヤツだったとは……でもだったら顔くらいなら見たことあってもおかしくないよなぁ。


「なぁ、誰?そいつ」

「僕もよく知らない。名前だけは知ってるんだよ。他は誰も知らないの?七瀬のこと」

「みんな知らないから、お前にも知ってるか一応聞いておけって、クラスから回ってきたんだよ。お前クラスメイトもろくに覚えてないのに、謎の女子の名前は覚えてるんだな」

「僕だって最近まで名前も知らなかったよ」

「?まあ、知ってるんならその子に渡せる?来月持っていくからさ」

「いやもう早めに送ってくれないか?郵送で」


 重要な証拠品だ。早く手に入れておきたい。


「構わないけどさ、その子うちの学校の子だったのか?」

「たぶん。学校に精神疾患患った子いなかった?もしいたらそいつだと思うよ」

「いたか?そんなヤツ。いなかったと思うけど」


 となると、不登校だったとか?確かにあんな様子じゃ学校に行くどころではない。

 だとすればなぜうちのクラスのタイムカプセルに?


「まぁ同じ学年のやつなら卒業アルバム見ればわかることか」


 !そうか!卒業アルバムに載ってるかもしれないのか!なら顔写真と照合してより確実なものにできる!


「今すぐ確認してくれないか?僕実家にアルバム置いてるからさ」

「そんな急かすなよ。知ってるんなら必要ないんじゃないか?」

「必要なんだよ!」

「うわっ……!わかったよ……」


 自分でも柄になく必死になっているのがわかった。今やっと手がかりが掴めたのだ。これで七瀬麻里の名前と顔写真があれば七瀬麻里は同じ学年の人間だったって証明できる。


 秋良が電話越しにアルバムを捜索している音が流れた後、無事に見つかったらしく、再び秋良からの声が聞こえた。


「アルバムあったから今から探すわ」

「ああ」

「懐かしいなーお前の写真あるぞ」

「僕のはどうだっていいだろ!」

「……でもやっぱり同じクラスにはいないな七瀬麻里」

「……そうか、ならなんでうちのタイムカプセルにあったんだろう」

「だからお前知ってるじゃないの?七瀬麻里がどこの誰か」

「……そう名乗るヤツが知り合いにいるだけだ……僕も詳しいことは知らない」

「ふーん。でもやっぱないぞ。どこのクラスにも七瀬麻里って名前は」

「えっ!?」

「他学年かもなぁ。よく分かんないけどさ、お前が渡せるんなら問題ないし送っとけばオーケー?」


 ……同じ学年じゃないってことか。

 でも、何も手がかりが掴めなかったのは痛い。


「うん……まあ送っておいてくれ……今度渡しとく」

「つーか会えるんなら、七瀬麻里本人に直接聞けばいいだろ」

「……それができれば僕も苦労しない」

「なんか気持ち悪いストーカーみたいなことしてんなぁ〜」

「だからそんなんじゃないって!」

「あ、あとお前の手紙捨てておかなきゃな……っと何々?……『宇宙人は存在する!!』……って何だこりゃ?」

「お、おい!まさか僕の手紙読んだのか!?何してんだよ!」

「紙いっぱいにデカデカと……筆で書いたのか?これ?俺たちの間でデカデカと文字書くの流行ってたのかもな」

「知らないよ!勝手に読みやがって……権利侵害だ……」


 顔から火が出るほど恥ずかしいとはこの事。よりにもよって痛々しい滑り方だぞ、2年前の自分。

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