第8話 寄り道
スーパーまでは歩いて5分程で着く。
建物の影から主張の強い派手な上りが風に煽られているのが見えた。
上りには「月曜セール!」と書かれている。どうやら僕が当てずっぽうで言ったことは当たっていたようだ。
予想していた通りお昼時のスーパーの駐車場は車で満杯であった。これは店内を覗くのが恐ろしい。中にはきっと人、人、人、人があふれるように引きめきあっているに違いない、あぁ嫌だ!
だから買い物は嫌なんだとイライラしながらも意を決して正面の自動ドアへ突っ込む。
中に入っていくと予想通り多くの人が店内を行き交っていた。大体平日の昼間だというのになぜいつもこんなに人が集まるのか、みんながみんな僕みたいな訳ではないだろうし、不思議である。
陳列されている商品を眺めていると、セールと謳っているだけあって他の曜日の時よりも安く感じる。
時間がまだ早いためか、いつも買ってしまう見切り品の野菜は置いていなかったのはありがたかった。
きっと見てしまうとまた買ってしまうからだ。そして数日後腐らせる、という末路まで見える。
そもそも料理できない人間が野菜という高度な材料を買ってはいけない。
そこで僕は大量のカップ麺とレトルト食品を買い込み、レジへ向かおうとした、が、何か欲しくなってくる。
僕は気がつくと1パック89円の卵を1パックカゴに入れていた。
卵くらいなら料理できる、と無駄に意気込んで取ってきてしまった。
……一体誰に見栄を張るっていうんだよ。
でも実際目玉焼きくらいなら焼けるぞ。
レジまで行くとそれはそれはたくさんの行列ができていて……もううんざりだ。
会計を済ませて袋詰めを終わせると、そそくさとスーパーを出る。すると、思わずため息が漏れる。
自分の番になり、レジの店員と顔を合わせるたびに緊張する。
ただお金を払うだけのこと、ただそれだけだというのに、あの威圧感はなんだ?
最近は店員が渡すおつりに気を遣って小銭を払わなければいけないらしい。
必死になって小銭を財布から漁っていると店員の目線が痛いほど感じる。後ろの客が早くしろという目で見ている。
今回はうまくいった方だと思う。五円玉が早く見つかったからな。
レジ袋に買った商品を詰め込みながら、昼ご飯に何を食べるが品定めをしていると、ふとあいつのことが脳裏に浮かび、頭を振って気をまぎらわせた。
このまま順調に行けば帰ってくることは無いのだ、昼ご飯の心配はいらない。
袋を片手に持ち、スーパーを出た。店内は冷房が効いていたので少し暑く感じる。
このまま無事に帰って昼ご飯を食べればこれまで変わらない日常が帰ってくるはずなのだ。
そう、あの宇宙人が帰ってこなければ。
すぐ戻ってくると思っていたが、なかなか戻らなかった。
今頃あいつの言う学校とやらにいるのだろうか。着いていなくてもきっとあの様子では警察に職質されて連れていかれていそうだ。アパートまでさっき通った道を歩く。
アパートの前まで来ると、なんと、そこには見知らぬ男と話すあいつがいた。
まだ近くにいたのか!?いや、戻ってきたのかもしれない。
僕の予想通り職質にあっているかと思ったが、警官の格好をしていないので、どうやら違うようだ。
ではあの男は誰だ?
僕は足を止め、電柱の影に身を潜めながら二人の様子を観察し始めた。あいつに僕は認知されないし、男は知り合いでもなんでもないので、別に隠れる必要はないのだが、なんとなく近づかない方がいい気がしたのだ。
男は若く、20代前半くらいで、いわゆるチャラチャラした輩という様子だ。完全に僕とは交わることはないタイプの人間だろう。
遊ばせた茶髪を時折掻きながら、男はあいつに話しかけているようだったが、そもそもあいつと会話は通じているんだろうか?
ここからでは話している内容は分からない。
だが、あいつは男からの言葉に対して、正確なタイミングで何か言葉を発している。
もし、いつも通りのあいつの発する言葉、いや、セリフならこちらが数秒で困惑する表情になり、会話を断念するのだが、あの男は至って困惑する表情は見せない。時々機嫌の良さそうに笑うこともある。
その様子はまるで普通の自然な会話だったのだ……!!
どういうことだ……?
まさかあの男は親しい仲間なのか……?
それとも男は精神崩壊を起こしてしまったというのか……?
考えれば考えるほど、あいつと男の関係性が分からなくなる。
でも、あれこそが親しい会話だと言えるだろう。
この数時間で親しくなったのかとも考えられるし、それ以前の付き合いがあるかもしれなかった。
僕がアパートを出た時はいなかったので、僕がスーパーで買い物をして戻ってくるまでの間二人はこの場所で会ったのか、二人でやってきたのか、定かではない。
だが、少なくとも僕にはできなかった会話を成立させているのだ。
これほどの適任者はいないだろう、後は彼にすべて任せて僕は知らぬ顔で元の生活に戻ればいい。
会話の内容は気になるが、聞いてしまったら全てがつまらなくなりそうな気がして聞くことをやめた。
僕はその場から歩き始めていた。
僕からはあいつの後ろ姿しか見えなかったが、いつもより弾んだ声だけが聞こえる。
今あいつがどんな顔をしていようと関係ない。
向かい合わせでアパートの前で話す二人の横を颯爽と通り過ぎる。
聞くつもりはなかったのに嫌が応に一言、耳から入ってきた。
「お腹すいた」
あいつの声だった。
僕はアパートの階段を上りながらスーパーの袋の中身を確認する。
買ったはずのカップ麺の豚骨味がない。
それはそうだ、さっきあいつの背中に投げつけてやったからな。
階段を力強く踏みしめ、僕は振り返らずに部屋のドアに向かう。
観察する分には面白い存在だった。
だが、あいつは最初から恋愛という陳腐なもので宇宙人という存在を汚していた、つまらない人間だった訳だ。
最初は生活する分には問題ないと思っていたが、観察する面白さを加味しても拭えない嫌悪感に僕は耐えられなくなった。
いくら感情を高ぶらせぶつけようと何の意味もない。そうわかっていたが、ぶつけなければ腹の虫が収まらなかった。
もう会うこともない相手のことを考えても無駄だと思うが。
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