第7話 登校

 布団を畳み終え、ぎゅうぎゅうの押し入れに無理やり押し込む。


 布団を片付けた後の床はスッキリとしていて物足りなく感じた。

 布団を敷く前はここに何か積み上げられていたが、あいつが見事に破壊し今はどれがどれかわからない状態になっている。

 やはり侵略者は早く撃退するべきなのだ。


 あいつを追い出せないのはわかっている。

 どんな言葉投げつけようともあいつは反応しない。

 物理的に追い出そうとも、僕の身が保たれるかわからない。昨日感じた殺気を思い出し身震いする。


 だが今はどうしてもあいつと顔を合わせたくなかった。顔を見ると今にも怒りが再び湧いてくる。

 まだヤツは脱衣場にいる。


 そう言えば起きた時何か探していたが見つかったのだろうか。

 制服制服って……

 !?今日何曜日だ!?

 壁に貼ってあったポスターの端にあるカレンダーを見る。

 しかし、今日が何日か忘れていたので何曜日かさえ分からない。引きこもり故の弊害か……

 ええい!関係ない!今日が何曜日であろうと僕が月曜日と言えば月曜日なのだ、そう言えばあいつは勝手に信用するはずだ。

「おい、今日は月曜日だろ、学校に遅刻するぞ」

 と恐る恐る脱衣所の方へ向かって声をかける。

 すると一瞬の間があり、ドアを勢いよく開けてあいつが飛び出してきた。

「そうだったー!行ってきまーす!」

 そう言い残し、何も持たずに灰色のスエットを上下着たままで玄関に走った。

 そして、本人も何を履いてるか分かっていないじゃないかと言うほど、しっちゃめっちゃかした動きで足元にあった靴を無作為に足へと差し込み、ドアを飛び出して行った。


 風のように過ぎ去ったヤツの姿に呆然としながらも、どうにか僕の思惑が成功したことに気づき、ガッツポーズをきめる。


 なんだ、こんなにもあいつを追い出すことが簡単だとは。

 このままヤツが帰って来ることなく、事が無事に進めばよいのだが……そう上手くはいかないだろうと直感的に思った。

 これは一時しのぎでしばらくすればヤツはきっと帰ってくるだろう、確信はないがそのような気がする。

 気を紛らわす為に振り返り、部屋を見渡す。前から散らかった部屋だったが、ここ2、3日で急速に荒れ始めていた。

 部屋の中心に敷かれていた布団があった所だけは、ぽっかりフローリングの床が見えており、その周りは、チラシや手帳で積み上げられたタワーが倒壊し、瓦礫の山で埋もれている。

 さすがにこれは整理しないと本当にゴミ屋敷になってしまうのではないかと心配になった僕は、黙ってその周りを片付け始めていた。


 しかし、改めてまじまじと散乱した物を見るといらないものばかり無駄にとっておいている。

 高校の時のプリントまでわざわざ残しているのはなぜなのか、過去の僕の考えは分からない。大量の課題冊子やゴミ収集のお知らせなど、どうでもいいものは高校卒業時に恨みを込めて家の庭で全て燃やしたはずだ。

 だがクリアファイルに丁寧に1枚だけ挟まっていたプリントは紛れもなく高校時代のものだった。

 これは、演劇部の公演会のお知らせ?校門の前で配っていたものを無理やり渡されたんだったっけか、結局行ったのかさえ覚えていない。

「演劇部文化祭特別公演」

 と書かれた紙には文化祭の日付と場所、時間が示されており、どう見てもただの宣伝だけの紙だ。

 なぜこんなものがクリアファイルに挟まれていたのだろうか、と不思議に思っていると、演目の部分に「宇宙人」というワードが目に入り、思わずに見止める。

「演目『異邦人』今回は部員オリジナル脚本です!あらすじは宇宙人が街に突然現れて……」

 宇宙人というワードに釣られて僕はこのプリントを取っておいたのだろうか。

 元から演劇にはさほど興味はなかったが、確か脚本が気になって行こうとまではしたはずだ。だが劇の内容が全く記憶にないあたり、結局行かなかったのだろう。

 本当に昔から宇宙人というワードには弱いのだなぁと情けなくなる。だからあいつに宇宙人の演技をさせるハメになったのだろう。

 再び先程のあいつの言葉を思い出し、腹がムカムカしてきた。

 僕はそのプリントをゴミ箱に突っ込み、部屋の整理に戻った。


 気がつくと12時を過ぎていることを目覚まし時計を見て気づき、作業を一旦切り上げた。

 散らかっていた本を気になって読んだりしてしまって、あまり片付いておらず、見違えるほどあたりは変わっていなかった。

 昼飯をどうしようか考えていると、そういえばあいつがまだ帰ってきていないことに気づいた。絶対すぐ戻ってくると思っていたが、まさか3時間近く帰ってこないとは少し心配になる。

 ……いや、心配する必要はないし、帰ってこない方がいいのだが。

 ともかく、家には食料がないのだから、外に出て何か昼飯を買ってくるか。


 ドアの前に立ち、今から外に出なければいけないと思うとげんなりするが、仕方ない。

 いつも外に出る時はドアの前でこんな葛藤をして最終的に出たり出なかったりする。

 今回は空腹に勝てなかったので、ドアから出ることができた。暖かい風が僕の頭を撫で、髪の毛が一瞬だけ逆立つ。明るい青空には白い雲が浮かび、春らしい陽気な天気だ。

 気温はやや高めのようで歩くと暑くなりそうだ。


 道路に向かって歩きながら、あいつが近くにうろついていないか確認する。アパートの方を振り返ると、うちのアパートは随分寂れた建物だ、と今日みたいに晴れた日は特に思う。

 二階建てのごく普通のアパートで、建ててからさほど年月が経っている訳では無いのだが、周りの建物と比べる頭一つ抜けた哀愁漂う見た目になるのだ。

 曇りの日なんかは、いい感じに空の寂れた色と調和して気にならないのだが、こんな青空とのコントラストは強烈で、より一層哀愁漂う。まるでここだけ時空が歪んでいるようだ。


 アパートの前の道路に出た。

 車が目の前の道路を行き来している。

 僕はその様子を見るだけでうんざりする。狭い道路だというのになぜもこんなに交通量が多いのか、そこまでなぜ人は急ぐのか。

 自動車同士がやれ左折する、やれ直進する、などと目配せする。

 歩行者があたりを警戒しながら横断歩道を渡り、ドライバーはそれに注意してハンドルを捌く。

 だがそこまでしても事故は起き、人は傷つく。

 互いに何が正しいのか模索しながら、道路では命の駆け引きが常に行われる。

 僕はその緊張感が苦手でなるべく近づきたくない。


 一時期はこの道を毎日歩いていたのだなぁ、とふと思い出し、昔の自分に関心する。

 大学まではこの道を真っ直ぐ歩くと、約徒歩15分程で着く。

 高校の頃はバス通学であったため、短い距離を歩くだけですむのは素晴らしいと思っていたのだが、これならバスで1時間の方がまだマシだったかもしれない。

 バスなら運転手に責任を全て投げ出し委ねればいい。それで事故にあって僕が死んでもそれは不幸な死に過ぎない。運転の邪魔をしなければ僕に落ち度はない。誰も僕を責めることは無いだろう。

 きっとこんなことを声高に世間に言えば、屑だと罵られるかもしれない。

 でも僕はどう言われようと、責任を背負うのを拒みたいのだ。いや、そもそも責められることを任せるとは、相当のマゾなのでは?


 再び目の前をスーパーのロゴが入ったトラックが通り過ぎて行き、大学がある方へ走り去った。

 そう、スーパーがあるのは大学とは反対の方角である。


 今日も通学路を歩かない不登校ニートは怯えながら道路脇を歩く。

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