1章 奇妙な同居生活
第5話 夜の話
目覚まし時計の時刻は午前10時を指しているが、宇宙人は布団をベットの横に敷き始めていた。夜行性なのだろうか、寝る準備を朝から行なっている。
自分で決めたことだが、身元不明、意思疎通不可の自称宇宙人の女と同居など、本当に何をやってるんだって話だ。
しかし、こいつを追い出そうにも説得は不可、力づくで締め出すしかない。
最初は力づくで締め出すのはちょっと気の毒かと躊躇していたが、今は別の理由でやりたくない。
先程感じた異様な殺気、逆らうものなら本当に殺されるのではないかという恐怖に僕は駆られていた。あいつからの同居のお願いは、もはやここまで来ると有無を言わせぬ脅迫レベルのお願いになっていたのだ。
あいつは布団を敷き終わり、その上でゴロゴロと左右に転がっていた。
そもそもあの布団は知り合いが泊まって来た時に使う来客用の布団だったが、結局今まで使うことは無かった。そのため、部屋には新品同様の布団特有の香りが広がっていた。
僕はベットの上で横になりながら床に敷かれた布団の様子を眺めていた。
この部屋はたださえ狭いのに加え、大量の物が積み上げられて作られたタワーがひしめきあっている為、布団を敷く場所などない。
だが、それはタワーを1塔崩し破壊さえすれば簡単に可能となる。
あの宇宙人は僕の街を破壊しわざわざベットの横に押し込むように布団を敷いていた。
僕が色々と考えている間にあいつはバラバラと積み上がった箱やら何やらをなぎ倒していき、自分のスペースを作っていたようだ。
さすが宇宙人、侵略は得意のものである。
何をすることもなく、時間だけが過ぎてゆく。いつもの僕の休日と変わらないのだが、今は部屋に他人がいる。それだけで異様な光景なのだ。
だが、不思議と居心地の悪さはさほど感じなかった。というのも、この宇宙人はコミュニケーションが取れない。つまり、何を話しても何をしても意味がない、気を遣う必要も無いただの置物のような存在だ。
ただ、唐突に喋り出したり、立ち上がり部屋を歩き回ったりする時は心臓に悪い。
やる事なす事全て唐突で支離滅裂なことばかり。その様子をただ単に観察するのは楽しいものだった。
互いに干渉し合わない関係というのは幾分心地の良いものである。
これまでの観察で分かったことは、こいつは宇宙人のフリがへったくそということである。
単純な生活習慣は一般人のそれとなんら変わらないものだった。うちにある貴重な食料を勝手に食うわ、急に話しかけたと思ったら黙り込む。非常識極まりないが……僕はあくまで無干渉でいた。
独り言で自分はただの女子高生であると、しきりに言っていたが、どちらが設定なのやら……
ふとあいつの方を見ると積み上げられたタワーから、一冊の本を手に取りじっと眺めていた。
近寄ってみると、それは「宇宙旅行のすすめ」というタイトルの本だった。
新書サイズの薄いその本は、見た目に劣らずに内容も薄っぺらいものだったが、読む分には非常に面白かった記憶がある。
「読む?結構面白いよ」
通じもしないだろうが言うだけ言っておく。
「うん」
「え?」
まさかの返事が帰ってきてしまった。通じたというのか?この言葉が?
見ると早速黙々とページをめくり読み進めていた。
偶然だろうか。ただ一瞬の意思疎通でここまで自分が動揺するとは思わなかった。
別に意思疎通などする必要も無い、そう思っていたが、まさかこんな簡単に可能になるとは想定していなかった。
気に入ったのかそれからそいつは一言も話すことなく夕方までその本を読みふけっていた。
日が沈み始め、部屋の中が暗くなってきたので、僕は部屋の電気を点けにスイッチの元へ行く。
足元確認のついでにベッドから立ち上がり床に転がっていたヤツの様子を確認する。
ヤツはすやすやと寝息を立て寝ていた。
就寝が老人の如く早いな、まだ夕方6時前だぞ。
もしかしてこいつは日が沈むとともに寝て、日が昇るとともに起きる、古来主流だった人間の体質になっているのか。
完全に夜型人間で不健康な生活習慣の僕から見ると、健康的で羨ましい。
せっかく寝て大人しくなってもらったので、起こさないように忍び足でスイッチと向かう。
あと1歩のところでふと思う。
電気を点けてしまっては、こいつが起きてしまうのでは?
数分後、僕はなぜか懐中電灯を片手に棚の食料を漁っていた。
停電でもないのになんでこんなことをしているのか……
自分でもよく分からない思考回路でこのような結果に至ったんだから仕方ない。
あいつ、昼に色々食べやがったな。
残していたカップラーメンとレトルトカレーがなくなっている。
棚に入っていた食料で今すぐ食べられそうなものは使いかけの素麺と、ふりかけ3パックのみだった。あとは調理が面倒くさそうな野菜しかない。
どうせ使いもしない野菜をスーパーで安いからってついつい買ってしまう。ほとんどは腐らせて捨てる。実は言うと、安いからってだけじゃなく、見切り品がかわいそうだから買う、という理由もある。
野菜に感情があるかは知らないし、同情する余地もないこともわかっているが、なぜか見捨てたくない。
食べられずにただ、虐殺されるのはあまりにも報われない一生じゃないか?
と、つまらない感傷に浸っている場合ではなく、早く飯を入れろと腹がうるさいので、鍋に水を入れてコンロで火にかける。
さて、そうめんを茹でて味付けはどうするか。
そのまま食うってのもありだけど、せっかくなら美味しく食べたい。
めんつゆがあればなぁ、と思うが調味料はあいにく塩コショウと砂糖しかない。醤油すら切らしていたとは困り物だ。
しょうがない、ここは神が残してくれたふりかけをかけよう。
暗がりの中、懐中電灯をコンロ横に置いてこそこそ、そうめんを茹でている姿を客観的に見て本当に馬鹿みたいだなぁと思う。
茹でたそうめんにふりかけをかけて完成。
案外おいしそうだ。
ふりかけの袋を捨てるためゴミ箱のフタを開けると、立ち込めるカレーの臭いが。先を越され、僕が食べられなかったレトルトカレーだ。ふと思い出して気づいたが、あいつはご飯もなしにどうやってカレーを食べたのだろう。ご飯はもちろん炊いてないし、パンはうちになかった。
誰が言ったのか、カレーは飲みものという言葉を思い出す。
いやいやいや、カップラーメンもなくなっていたんだ、ラーメンの上にかけたんだ。
……なんだそれ!!豚骨ラーメンだぞ!?大規模な臭いテロが発生しているはずだ!!それに僕が気づかないはずがない!!
突如脳内に現れた対抗勢力と戦いながら、僕はコンロ横でそうめんをすすっていた。
味はその、まずくはなかった、味はしなかった。
部屋はすっかり暗くなり、コンロ周りだけがぼんやりと光っていた。
その光の中で僕は1人そうめんを立ち食いしている。
はたから見れば未知との遭遇だな。
今にもUFOに吸い込まれそうな様子のまま、そうめんを完食した後すぐに皿を洗い始める。
わざわざ机に食べ物持って行かなくても、いつもここで食えば皿やゴミを運ぶ必要がなくなるのでは?
我ながら天才だと思ったが、シンクの高さが立ったまま食事をするには非常に食べにくい高さなのでやめよう。
後ろを振り返り、部屋の中央を見ると真っ暗で何も見えない。
俗物タワーで部屋が鬱蒼としているせいか、光が中央まで届かない。
恐らくヤツはあの暗がりの中まだベッドの横で寝ているはずだ。
そして部屋の主であるはずの僕は部屋の隅に追いやられひっそりと立っていた。
とうとう一部屋丸ごと侵略するとはさすが宇宙人だな。
まだ時刻は7時だ。
さて、これから何をするか。
夜は長い。
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