第4話 壊れたラジカセ
目を刺す強い光が瞼の裏を透かして見えた。
朝になったのだろうか、まだ眠たく起き上がりたくないが昨日はいつ寝たのだっけ。
記憶を辿っていくと、1人の女が急に現れ激震が走った。
そうだ、あの女がこの部屋にいたままなのだ。まだ部屋を出ていなければ、もしかしたら目を開いた瞬間に目の前にいるかもしれない。
いや、そもそも部屋が荒らされていつもの体裁を保てているかもわからないじゃないか。
なんで見知らぬどこの馬の骨かもわからぬ人間を部屋にいれ放置できたのか。我ながら軽率な行動だった。
現状を知るのが怖く、目覚めることができないでいた。
何が起きているのかまったく予想がつかない。
そういえば奇妙な程に体の感覚が薄い。まさか僕の下半身はもう無くなっていて、あと数時間で死ぬというのか?
死にたくない!そう思った僕は思い切って目を見開いた。
目の前にはポスターや飾りで賑やかないつもの天井が広がっているだけだった。
恐る恐る自分の下半身を確認する。異常なし。そして、部屋を見渡すとあの女の姿は見当たらなかった。
とりあえずは安心した。あの女に命を奪われるという最悪のシナリオは避けられたらしい。いや、そもそも昨日のことは全て夢だったのではないだろうか。
安心するとともに、少々がっかりしている自分もいた。
せっかく面白い存在に出会えたのでないだろうか。たとえ偽物の宇宙人を演じる不審者でも、あそこまでのものはなかなか見られるもんじゃない。
目の前にして思わず腹を立ててしまったが、いざいなくなると寂しいものだ。
ふと朝日が差し込む窓の方を見た。
薄く白く透けたカーテンが床に光の模様を映し出していた。
昨日のが夢でなければ窓の鍵は開いたままのはずだ。
……鍵は開いていた。
胸が僅かに高まり始めるのを感じた。
僕は立ち上がりカーテンを勢いよく開く。
そして窓の外にそいつはいた。
「おはよう」
昨日の自称宇宙人はベランダの隅に立っていた。
心臓が止まるかと思った。
いや、まさかとは思ったが、本当に居るものなのか。
なんでこんな所に?まさか昨日の夜からずっとここに立っていたというのか。
そして、そいつはニヤニヤと不敵な笑みを浮かべこちらを見ていた。
ただの恐怖である。
僕はその恐怖心そのままにカーテンを勢いよく閉め、一呼吸置いた。
こいつは何がしたいんだ。僕を驚かすため?
支配?脅迫?愛情?どれも実に歪んだものである。
ああ、警察に通報するんだっけな。
ふと冷静になり、昨日し損ねた当然の行動を思い出す。
カーテンをゆっくり開き、奴の存在を確認し、枕元にあった携帯電話を持ち110の数字を打ち込む。
「UMAくん」
2回目の1を押そうとした時、女がそう言った。
画面の前で指が止まった。
思わず顔を上げ女の方を見る。
女はこちらを慈しむように穏やかな目で見つめていた。
「私みたいな宇宙人じゃダメかな?」
そう言って申し訳なさそうに苦笑いを僕の方に見せるそいつはどう見ても地球人のホモ・サピエンスの姿であった。
「でもね!地球人のフリは得意だから!頑張るから!」
顔の前でガッツポーズをとり、キラキラと輝いた目でこちらを見る。
「だから、1番側に居させてください!」
そう言って思いっきり頭を下げ懇願する姿は……まるで……ん?これは……?
……まるで告白のようだった。
いや、僕の思い込みの可能性もあるが、世間的に認知されている恋愛の告白として、こんな言葉があった気がする。
もしそうだとしたら、
そうだとしたら、悪寒が走る。
やっぱり悪質なストーカーじゃないか。
そいつはもう顔を上げて不安な目でこちらを見ていた。
僕はそんな目を軽蔑する目で返す。
そもそも僕に気に入れられようと宇宙人のフリするという、宇宙人の存在を侮辱するような考えが実に浅はかで愚かな考えである。
「消えてくれ」
いつの間にか僕は口からそんな言葉を放っていた。
さすがに我ながら思いやりに欠けた言い方だっただろうか。本心がこれだからどうしようもないのだが。
しかし女は驚いた顔もせずに、全くの無表情のまま、固まっていた。
ショックのあまり固まってしまったのか……?
そんな姿を気の毒に思い、俯き何か場を繕うような言葉を考え始めた時だった。
フッと僕の後頭部を風がなぞるのを感じた。
ぞくっと一瞬の恐怖とともに反射的に僕は体ごと後ろを向く。
そこには宇宙人がいた。
違う、正しくは自称宇宙人の女が。
そいつは棒立ちで僕のすぐ真後ろに立っていた。まるで背後霊のように。まぁ背後霊なんて見たこともないけど。
やはりそいつは無表情でこちらを見ていた。いや、そもそもこちらを見ているのだろうか。その目からは何一つ感情を読み取れない。
僕再び前に振り向き、ベランダの方を見たが、そこには何もいない。
やはりあいつは瞬間的に僕の後ろに移動したというのか。
まさか、とは思うが、本当なのか?
そいつの方を見ると幻を見ているような気分に陥ると同時に、先程には無かった異様な雰囲気を感じ、全身が固まる。
何故だろうか、そいつは未だに感情を読み取れない目のような球体が顔についているというのに、殺意とも言える意識を感じる。
何か言わなければ本当に死ぬかもしれない、そう思い辛うじて出てきた言葉は、
「宇宙人に知り合いはいなかったはずだが」
と、しょうもない一言だった。
すると、その瞬間そいつの目は驚いたように丸くなり、こちらを見つめた。
同時に凍りついていた全身が溶けたように楽になる。
「あっ、そ、そうか、初対面だもんね!名前……は事前に調べてたんだよ!そうそう!……ほら、疑わないで!」
明らかに焦っているようで、目をキョロキョロしながら必死に弁解しようとしていたそいつはさっきまでと別人のようだった。
一体あいつは何者だったんだろうか。
しかし、夢でなければ昨日の不可解な登場の仕方、今日の瞬間移動、どれも興味深いものを見せてくれたこいつは、結局何が目的なんだ?
「お前は何がしたいんだ?もし恋人になりたいなどと下らない理由なら……」
「さすが隅田くん!察しの通り、あなたは観察対象になったのです!だから私はあなたのそばにいなくちゃいけなくなったのです!」
「はぁ?」
僕の言葉を遮って急に嬉々としてつらつらとしゃべり始めた。何がさすがで察しの通りなのか。そもそも僕の苗字は隅田ではない。
「観察対象って何だよ……」
「まぁ、地球人に拒否権はないけどね!」
完全に僕の話を聞いていない。
「えっとねぇ……という訳だから、一緒に住むことになったから!よろしくね!」
「え!?」
勝手に話がすすみ過ぎにも程がある。
「本当に通報するって……」
「うわうわぁ……どうしよう……いきなり同居はヤバイよね……やっぱり同居はやめた方がいいかな……」
相変わらず聞く耳持たずで、顔を赤くしたそいつは後ろを向いてゴニョゴニョとまだ喋っている。
「帰ってくれ……」
こいつには最初から僕の言葉など必要ないのだ。あるのはただの朗読のみ。セリフまで完全に決まっているシナリオをそのまま読み上げているに過ぎない。
もう僕の手に負えないのは明白であろう。
こいつは地球人ではない。そう、ある意味宇宙人なのかもしれない。
僕は手に持っていた携帯の画面をチラリと見た。
あと1と0を押せば通報できる。
だが、指は動かなかった。
いつかの懐かしい声を思い出す。
そして、再び目の前の女を見る。
まだ何やらゴニョゴニョと俯きながら喋っていた。
確かに気になることは山ほどある。
こいつは僕を観察対象と言ったが、僕の観察対象はこいつだ。
こいつは昨日の事といい、さっきの事といい、まだ解き明かせない謎がある。それを解き明かせるまでこいつを見張る必要がある。
もう二度と出会えないかもしれない。こんなヤバイ奴は。
「わかった、じゃあ僕もお前を観察させてもらう、それでいいか?」
「ふっ、布団はさすがに別にしよっか……」
僕の発した言葉は誰にも聞かれず、そいつが布団を置いた時のボスン、という音にかき消された。
少しだけ、こいつのことをおもしろいやつだと思った。
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