第2話 彷徨い

 織奥市内の隠れ家的バー、「彷徨い」は今日も僅かな客で賑わっていた。

 いつもの席に着くと僕は真虎さんに今日あったことを話した。

 真虎さんはこのバーで知り合った変わり者の男で、僕より年上だが、同い年のように気軽に話せる人である。一番僕がこのバーで話すのは彼かもしれない。


「あれから連絡は?」

「まだない」

「んじゃあ、そいつはどこにいるんだよ」

「……空の上だろう」



 秋良が乗った飛行機は無事、織奥に到着したという情報は入ったが、未だに連絡は取れない。あったのはあの不審な電話だけだった。


「僕が思うに、あの電話が関係してるんじゃないかな、あれは宇宙人で俺に対する脅迫だったんだ、で、秋良は今宇宙人に捕まっている」

「つまり宇宙人による誘拐事件って訳か」


「そうだ……でも僕はあの時どうすれば良かったんだろうか、何も答えることができなかった……」



 僕は突然宇宙人と対話するチャンスが現れて、驚きと喜びのあまり、相手の言葉を聞き取ることができなかった。

 もしあれが宇宙人にとっての最初で最後の交渉だったら……


「秋良、無事だろうか……」

「連絡を待つしか無い。下手に動くと危険が生じる」


 そう言うと真虎さんは一息ついた。


「それよりさぁ、この前見つけたんだよ、あの部屋!」


 また始まってしまった。いつもの話である。あの部屋というのは、


「いやーもうねぇ、たいへんだったんだよ。あの事故は有名なんだけど誰もその部屋知らなくて」


 やはりそうだ、事故物件である。

 最近は事故物件に熱が入っているらしく、街で聞き込みまでして調査を行なっているそうだ。

 そもそも、そんな事故物件なんてあるものなのだろうか。


「血塗りの部屋って言うだけあってやっぱり赤かったよ、部屋一面真っ赤だった」


 うーん、なんかその、


「胡散臭くない?」


 嬉々として話していた真虎さんの表情が固まる。


「……俺もこれはちょっと怪しいと思ったんだ。よくガセに引っかかる経験で分かるんだけど、これはあまりにも条件が揃い過ぎている。こんなにも噂と合致するとなると……全て誰かのでっち上げなんじゃないかって……」


 経験とか言いながらいつも引っかかってるじゃないか。


「でも」


 一息つくと真虎さんはまた嬉々とした表情を浮かべていた。


「本当の方が面白いじゃん」


 当然のように答えて真虎さんはまた話の続きを話し出した。

 だから真虎さんは面白い。


 帰りにバスターミナルのベンチに座り、バスを待っているとベンチの後ろから誰かから声をかけられた。


「すみません」


 つくづくこの「すみません」というフレーズは便利だと思う。声かけ、謝罪、感謝とどの意味でも相手より下手に回ることができる。もちろんキャッチーも大好きな言葉だ。


「はい」

「あの、私たち今手かざしの修行をているんですけど、お時間があればその練習に付き合ってくれませんか?」


 声をかけてきたのは2人組の中年女性達だった。2人とも優しそうな顔つきで穏やかな様子だったため、服装は普通だったが、いかにもな宗教勧誘のようだった。声をかけた方より後ろの女性の方が若干若く見え、上司と部下のような関係に見えた。


「練習……ですか?」

「はい、あの手かざしといってですね、触らずに手をかざすことで体の悪い所を治す方法です。その練習を手伝ってもらえたらと思って、ただちょっと時間をお借りしてもらうだけですので」




 あぁ、こういう団体のやつか。よく雑誌の端っこに載ってある広告で見かける例のやつ。

 そういえば駅前にそんな団体の看板があった気がする。近くに支部でもあるのだろう。そうか、体良く実験台と信者を同時に得ようとしてるらしい。


「お時間大丈夫ですか?」

「……あっ、はい、いいですよ」


 ならばやってみろって話だ。本当にできるのなら目の前で見せてもらわなければ。


「ありがとうございます!あのー今疲れている所とか凝ってるな〜って所ありますか?」

「いや……ないですね」

「肩とか腰とか疲れてません?」


 これはあると言わないと終われなさそうだ。


「あー……肩がちょっと凝ってますかね?」

「わかりました!肩ですね?」


 そう言うと、話していた中年女性が僕の肩に触れるか触れないくらいのところまで手の平を近づけた。そして何やら手に力を入れているようにうつむきながら顔を強張らせ、黙り込んだ。よく耳をすますと、何かボソボソと呪文のような言葉が彼女の口元から聞こえていた。


 1分程経つと、彼女は顔を上げて


「何か変化がありましたか?」


 と聞いてきた。


 正直言うと、特にない。びっくりするくらいない。

 しかし、正直にこのことを言っていいものなのか。もし、しつこく実験させられるようなことになったらたまったもんじゃない。

 ……だが、なんだかここで妥協したら負けな気がした。


「特にないです、ね」


 きっと恐ろしい程に白々しい顔であっただろう。ここまで来たら引き下がりたくない。相手がいくらしつこく誘導しようが絶対に認めてやるものか。


「え……本当になかったんですか?少し肩が軽くなったとか、些細な変化でも言って下さい」

「ないですね」

「そ、そうですか、わかりました。それでは我々の修行にお付き合いありがとうございました」


 そう言うと彼女はもう1人の女性に何か声をかけて、ぺこりと一礼して、また違う人に声をかけに僕の前から去っていった。


 なんだ案外あっさり引き下がるのか、と拍子抜けしてしまった。

 安心するとともに、やや物足りなさもあった。まぁ、まだ修行の身のようだからあまり自分のやってることに自信がないのだろう。ハンドパワーとはこれまた面白そうな題材だったが、僕はその真髄までたどり着けなかったようだ。


 去った2人の行先をちらりと見ると、僕と同じようにバスを待つ若い男性に声をかけていた。今日のような週末の夜にはいつも同じことをやっているのだろうか。まぁ面白そうな団体だが、深入りしたくないなぁと思う。


 宇宙人と宗教は違う。僕の中では未知の可能性を持っているのは宇宙人のほうだ。宗教の場合、教えを説いている大司教自体が教えを全く信じていないことがあるので、ちょっと面白くない。むしろ、心の底から信じている狂信者の方がよっぽど面白いのではないか。だからさっきのあの人たちは面白い人達だと思った。ただ宇宙人には劣るかな、金の匂いがしたから。いや、気にし過ぎかも。


 そんなことをバスに揺られながら考えていた土曜日の夜。


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