第3話 毎年混戦Jリーグ

 次に弓が手を挙げる。

「コーチの言っていた通りハンドに対する判定が厳しくなったね!」

「ようやく、だな。ハンドが故意なのかなんて判るわけがないんだから当然だ。

 Jリーグのレフェリングも進化して、タックルに対しての判定が世界基準に近づいた。簡単にファールを取らなくなった。



 去年、ポステコグルーの率いる横浜を観て、唖然とした。

ああ、この人は心底ポゼッションサッカーの信奉者なんだな。

 何もかもペップバルサの模倣だった。

 なるほど、オーストラリアでパスサッカーやらせるわけだ。いや、あれでもポステコグルー的にはだいぶ遠慮していたのだろう。


 その哲学は一目瞭然。――――ミスしなければDFラインを上げても問題ない。


 理想主義。


 遅攻は守備の時間を減らす一方で、点を取るのも難しくする。なのでペップはバルサ時代、最終ラインを大胆に上げることで得点力の減少を緩和した。

 ただしそれは、バルサがとてつもない選手をそろえていたから可能な戦術であって、横浜はJでそこまでの力を持っていない。

 明らかにやり過ぎだった。 

 

 横浜FMのGK飯倉の前には広大なスペースが残され、何度もスイーパーの仕事をするためにスプリント。7kmを走る試合もざら。

 横浜は前に出た飯倉の頭を越す50mほどのループシュートを何本も決められた。

 サッカーはミスのスポーツだ。福本伸行作品の主人公のようにリスキーなプレーを選択し続けると大概、罰を受ける。横浜は仙台戦の2-8など大勝が多かったが、失点も多く低迷し、かろうじて得失点差で降格を免れた。だが横浜は、監督交代を我慢した。そりゃ、日本人ですもの。パスサッカー大好きですもの。

 

 今年になると、ポステコグルーは去年の奇抜なサッカーを抑制。現実主義になびいてDFラインをちょっと下げる。

 提携するマンチェスターシティから紹介される良質の外国人選手の力も確かで、化学反応を起こして好調。


 神戸も同様。圧倒的な力を持っているわけでもないのに走れない選手を増やせば、そりゃ勝てなくなる。昨年度の人件費は44億円にもなった。今年度は更に増える。


 補強を進め、ヴェルマーレンと酒井高徳を補強すると往年の浦和を思わせる選手層になった。ポステコグルーの薫陶を受け横浜FMFマリノスから加入した飯倉はスイーパーキーパーの所作を知っており、パスサッカーに寄与。これだけ優位に立つとポゼッションも有効に働き、見応えのあるサッカーをするようになった。今後、順位を上げていくだろう。


 三木谷浩史は、少々ロマンチストが過ぎる。

 パスサッカーにこだわり、ごちゃごちゃした楽天商品ページは重く、Amazonにポゼッションを握られ続けている。スティーブ・ジョブズが見たら黙って首を横に振っただろう。外国人選手は8人居るが、同時起用出来るのは5人。これではやるせない。腐っても仕方ない。


 監督をトルステン・フィンクに代えた神戸はイニエスタに自由を与えた。イニエスタはプレッシャーの少ないポジションでタクトを振るう。イニエスタはスペースを求めてどこにでも現れる。玉座に就いたイニエスタに文句を言うものは誰もいない。

 どこかで見たことがあるなと思うと。アンドレア・ピルロの役割だ。


 ピルロよりゲームメイクの才能がある人間を、俺は見たことがない。フィジカルが弱い、スピードもない。だから一列下がって、指揮者レジスタのポジション。中盤にスペースを見つけては潜り込んで黄金のタクトを振るった。

 パスだけで、こんなにも貢献出来るのか。その高い知性には呆れるばかりだ。


 強いチームはタックルができない選手を使う権利がある。守備ができない代わりに高品質のパスを提供することによって得点力を上げ、ボール支配率を上げ守備の時間を減らす。ペップ政権下、バイエルン・ミュンヘンのチアゴ・アルカンタラも典型的な類例だ。同じ意味でデポルティーボに移籍した柴崎岳も。デポルが優勢なとき、柴崎は力を発揮する。香川はサラゴサへ、岡崎はマラガにそしてウエスカに。2部セグンダでもいい。3人はスペインにこだわった。結局、日本人は技巧的なサッカーが好きなのだ。というかそこで生きていくしか道はない。



 話を戻す。

 ベガルタ仙台の人件費は12億強。全体では19位。昔は今よりスタジアムが埋まっていた。東北楽天がすっかり仙台に根付いて観客を奪われる形。それでも2010年から降格せずに現在に至る。18位の千葉は昔J1にいたことを忘れている。


 イニエスタは『日本はどこのチームも同じサッカーをする』と言った。Jの特徴と言えば、何点リードしようが手を抜かず攻め続ける勤勉性とパスサッカー。それがJリーグのベースになっているのだろう。


 その中でも仙台は、ちょっと異質だ。速攻の伝統がある。

 日本人はパスサッカーを好む。技術のある選手が評価される。しかし仙台は身体能力を重視する。セットプレーは大きな武器で、強度の高い守備から速攻を狙う。ボール支配率はかなぐり捨てる。この点でポステコグルーマリノスとは対極にある。川崎もポゼッション寄りだ。大分とは異なり敵陣内でのポゼッションを志向する。強者のサッカー。


 日本では身体能力を特長とする選手はサラリーが安めだ。そういったお買い得な選手を好んで集め仙台は生き残ってきた。生き残るために、少数派マイノリティでいようとする。地方都市プロビンチャの生きる道。相手より秀でた部分、ストロングポイントがあればそれをうまく利用して勝負所が作れる。もっとも、もはやマイノリティとも言えなくなってきた。以前より速攻主義を貫く反町監督の松本山雅みたいなチームもある。ペトロヴィッチが来る前の札幌もフィジカル重視だった。FC東京はロングカウンターをせっせと磨き、上昇気流に乗る。

 弱者であることにもメリットがある。大都市のチームは仙台相手には勝ち点3が欲しい。攻勢に出る。そうして相手が上げたDFラインの裏も弱者の生きる道だ。


 イニエスタはそう言うけれど、少しずつチームカラーが出てきているように感じる。それはサッカーが抱く戦術の柔軟さを、日本人が咀嚼そしゃくし始めているからではないか。


 日本の指導者は、ザックのポゼッションサッカーを見続けた。2015年からはハリルの縦に速いサッカーを見続けた。日本代表が対照的なサッカーをしたことは戦術論について考えるいい契機になった。


 昔のJリーグは確かにどのチームも同じサッカーをしていたかもしれない。日本人にとってサッカーとはパスを多くつないで相手を崩すものだった。


 選手は活躍すると自分の能力が高いと感じ、プライドを肥大化させ高い給料を要求する。選手はより高い給料を払えるクラブに移籍する。仙台は今年もたくさんの選手を流出させた。それでも、なんとかかんとか戦っている」

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