案内人もしくは悪魔

ヒガシカド

案内人もしくは悪魔

 美術館の音声ガイドは良いものだ。かく言う私も最近初めて使ったのだが。

 大々的な美術展だとしばしば人気俳優や声優が担当することもある、音声ガイド。使用方法は簡単で、料金を払って機材を受け取り、イヤホンを耳にはめるだけ。主要絵画や彫刻等のそばに数字パネルがあり、プレーヤーに数字を入力するとその作品の解説を聞くことができる。良い声で!先月ブリューゲル展に行ってから、私は美術展巡りと音声ガイドにすっかりハマってしまったのだ。

 今日、私はとある美術館にやって来た。ちょうどマネの作品展を行っている。気になる音声ガイドは私の好きな声優さん。行かざるを得ないだろう。私は低めの声が好きなのだが、彼は私の好みにドンピシャなのだ。最高オブ最高!

 企画展は見終わったが、幸いにも私にはまだ時間があった。せっかくの機会だ、私は常設展へ向かった。企画展のチケットだけで常設展も観ることができるそうだ。

 常設展の受付はすぐに見つけられた。音声ガイドもあるらしい。出演者の名前は記載されていなかったが、料金も安かったので使うことにした。百円だった。ちなみに企画展の音声ガイドは五百円だった。私はイヤホンを右耳に付け、展示室へ入った。

 この美術館は主に西洋の美術品を収集している。展示は国と時期によって大まかに分けられていた。特に惹かれたのは、最終ブースにあったロシア・アヴァンギャルド。マレーヴィチなどが有名らしい。音声ガイドの受け売りだ。その音声ガイドだが、私が思うに結構良い。いや凄く良い!まず声がタイプ。先の声優さんに引けを取らない美声だ。名前の記載がないのが惜しすぎる。絶対売れるって!

 声に聞き惚れているうちに、早くも最後の絵画にまで来てしまった。

「甘美な闇に吸い込まれた彼女はその目に何を映すのか、映すことになるのか。知りたくはありませんか」

 音声が切れた。

 あれ、終わり?多くの場合、最後のガイドにエピローグが付随しているのだが。その時に名前を知ろうと思ったのに。プログラムを確認したが、やはり続きは無いようだ。でも素敵な声であることに変わりはない。私は最後の音声をもう一度聞いた。

 いや、マジで素敵。もう一度。

 もう一度。

 もう一度!

「その目に何を映すのか、映すことになるのか。知りたくはありませんか」

「知りたくはありませんか」 

 この問いかけられる感じがたまらない。無限のリピート。

「知りたくはありませんか」

「知りたくはありませんか」

「知りたくはありませんか」

 やばいな。

「そりゃ知りたいわよ…声の主を」

「知りたくはありませんか」

「知りたいよ」

 私は思わず呟いた。

「かしこまりました」

 左から素敵な声が聞こえた。

  

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