第12話 重症
家に向かって歩き出そうしたとき、後ろから呼ばれた。結構なボリュームで。静かな辺りに響きわたる済んだ声で。
「千景」
「圭吾!!!」
そう言って千景は僕のほうに駆け出して抱きついてきた。
「私の圭吾!取らないで!!」
「あー……」
僕は額に拳を当ててため息を付く。
「悪い、葵、先に帰っててくれ。頼む。あとこのことは……。すまんな」
また昔戻りしている。これは結構激しい。相当すねているみたいだ。
葵が角を曲がったのを見届けて、僕は千景に優しく話しかける。
「大丈夫。僕は取られてないよ。ちゃんとここにいる。大丈夫。ちょっと遅くなったのは電車が事故で止まっちゃったんだ。だから大丈夫」
「本当に?」
「ああ。本当だ」
「本当の本当に??」
「ああ。本当の本当だ。だから安心しろ」
「……わかった。騒いでごめんなさい」
「謝ることないさ。連絡、入れてやればよかったな。心配掛けてゴメンな」
今日は大変だった。最後の最後でまさか千景が駅前で待っているとは。恐らく2時間程度は待っていたのだろう。相当疲れた様子で家まで歩きながらうつらうつらし始めた。
「本当に子供みたいだ」
僕はそう言って千景を家まで送り届けて、おじさんとおばさんにすみません、とお詫びしてから自宅に戻った。自分の両親からも同じようなことを言われたので、今度からは連絡入れるよ、と言って部屋に引っ込んだ。
「千景、大丈夫かな」
ぴろりん♪
「なんだ?葵か?」
表示されていたのは千丸だった。
今日、葵とあんな話をしたので、メッセージを読むのが少し緊張してしまった。
「今日はどうだったの?」
「普通のデートだったな」
「普通にデートしたの?」
「ああ。いたって普通のデートだ。それ以上でも以下でもないぞ」
「伊万里舘さん、大丈夫だったの?」
「多少へそを曲げた」
「やっぱり」
「千丸もへそを曲げているのか?」
「なんでそうなるのよ」
「いや、葵が千丸は僕に気があるんじゃないか、って言ってたから」
「バカなの?前から思っていたけど。あと、葵、ってなに?」
「神名峰のことだ」
「名前で呼び合う仲になったの?」
「ああ。デートの雰囲気出るだろ?あいつも圭吾様、って呼んでたぞ」
「あなたね……そんなに残酷なことなんでするのよ」
「なんで?」
「気もないのに期待をもたせることをしてどうするのよ」
「ないわけでもないぞ」
「え?そうなの?」
「美人だし」
「そっち?」
「いや、正直、神名峰葵ってやつがどういうやつなのか、ちゃんと接したことがないって思ってさ。それで今日、誘ってみた」
「お試し、ですか。随分と良い御身分で」
「そんなわけでもないさ。別に千丸も誘うぞ?」
「どこに」
「買い物とか?」
「どこの」
「アウトレットとか?」
あ。怒ったかな。返事が来ない。
「誰と?」
あ。来た。誰と?この流れだと千丸、になるんだが。確認かな?
「定峰千丸と」
「それは千丸、定峰、どっちなのかしら?」
これはもしかして"定峰"はOKで"千丸"はNGなのだろうか。僕は誘いたいのだろうか。元春の件もあるし、色々話をするのはいいんだけど、2人で出かけるのは、やはりデートだよな。悩む。コレは悩む。
「そうだな。定峰千丸と、だな。両方と話がしたい」
「ズルい返事ね。いいわ。付き合ってあげる。明日は千景さんのフォローがあるんでしょうし、明々後日ってことにしましょうか」
「OK。待ち合わせは?」
「色々と面倒なことになるから現地で」
「分かった」
「それじゃ、おやすみ」
"定峰千丸は僕に気がある"ホントかどうか、言ってみれば分かるだろ。でもわかったからと言ってどうするかな。いや、分かってから考えよう。いや、まだそんな話にもなってないし。そんなことより、明日の千景、どうするかな。同じところに連れていけばいいのかな。本人に確認するのが一番だな。そう思って、メッセージを送ってみたが返事は無かった。
翌朝。ちょっと早いと思ったが7時に窓にBB弾を撃ち込んでみた。窓が開いた。今起きた、という感じだ。Tシャツが片方の肩からずり落ちていてセクシー、というのは似合わない風貌だ。
「おはよう。千景。今日はどこに行きたい?」
「そこ」
「どこ?」
「そこ」
僕のいる部屋を指さしている。僕の心拍が上がる。
「千景?ここは駄目なんだ。ゴメンな?他に行きたいところ、ないのか?」
「河川敷」
「河川敷かぁ。この天気でか?干からびるぞ。他には?」
「じゃあ、決めて」
なんだ?どこだ?どこなら無難だ?ここからそんなに遠くなくて熱くなくて、言ったことのない場所……!」
「池袋に行こう」
「なにしに?」
「サンシャイン60に登ろう」
「……いいよ。分かった。朝ごはん食べたらそっちに行く」
「OK待ってる」
危なかった。今の状態であの選択肢は危険すぎる。うまくやり過ごせて良かった。
「圭吾。来た」
「はやすぎでしょ!ご飯、本当に食べたの!?」
さっきの会話から10分も経っていない。というより、さっきのTシャツのままだし。僕はため息をついて千景を部屋まで連れて行って適当に着替えを出して「下着は自分で選べ」と言って部屋の外に出た。
「今回のは重症だな」
「圭吾。何色が好き?」
「服か?さっきは黄色いワンピースを選んだんだが」
「黄色は嫌いだったか?」
「ううん好き」
「じゃあ、黄色でいいじゃないか」
「持ってないの」
あいつは何を言っているんだ。
「さっき黄色いワンピース出してあげただろ?」
「だから、持ってないの。黄色い下着」
あー……そっちの話か。何色持っているのかなんて流石に知らないよ
「ねぇ、圭吾、選んで」
「だぁーっ!まてまてまて!」
千景は、Tシャツを脱いでパンツ1枚の状態でドアを開けてきた。
「選んでやるから!分かったから!なんか着てくれ!!」
見てしまった。この前触ってしまったものを今度は見てしまったじゃないか。
「着たか?」
「うん」
「開けるぞ」
「うん」
「はぁ……もういいやそれで」
千景はさっき着ていた大きめのTシャツだけ着ていた。多分あの下はバンツ1枚なのだろう。で、下着か……女の子の下着を選ぶのはコレで2回目になるな。
「ええと……濃い色は透けるから……コレかな」
手を伸ばして取ろうと思ったが触るのはどうかと思って千景を呼び寄せる。そしてピンク色の下着を指さしてあげると、しゃがんでソレに手をのばす。
「だぁっ!!」
見てしまった。この前触ってしまったものをまた見てしまったじゃないか。だる~んとしたTシャツで前かがみになるんじゃない!
「いいか、それを着て、なんかシャツを着てからワンピースだ。いいな」
僕は頭を右手で掻きながら部屋を出た。シャツって言わないと下着の上からそのまま着そうだったし。
「圭吾、着たよ?どうかな」
ドアが開いたが、今回はちゃんと服を着ている。黄色のワンピースを出してあげたのだが、チェック柄のサロペットを履いていた。
「いいね。似合うじゃん。そんなの持っていたんだ。さ、まずは朝ごはんだ。うちで食べるか?」
頷いたので一旦家に戻って朝食をとる。母親はよくあることなので気にしていなかったが、お皿を片付けに行った時に小声で「千景ちゃんとデート?」って言われたので「圭吾は千景とデートです」と答えておいた。
「それじゃ、行こうか」
僕たちは急行電車に乗って池袋を目指す
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