第9話 アトラクション

「全然人が引かないな。どうする?このまま芋洗続けるか、一旦出て遊園地のアトラクションに行くか」


「俺は後者だな」


「神名峰と定峰はどうする?」


「私は吉原様について行きますわ」


「あーそうだったな。聞いた俺が馬鹿だった。ってことは千景、お前はどうする?」


「千景が行くというなら吉原はセット、そうなると神名峰もセット、あとは定峰、はみんな行くなら行くって言うだろう」


「私?んー……吉原くんと一緒ならどこでもいいよ」


"吉原くん"に戻ったけど自己主張するようになったな。いいことなのかなんなのか分からないけど、自己主張するのは悪いことではないと思う。


「よし、それじゃ、プールからは退散してアトラクションん行こうか。僕たちは正門横で待ってるよ」


終了時刻のロッカールームはまさに地獄のような混雑になるだろうし、早めに退散するのが吉、だろう。


「なぁ、吉原」


「さっきの話か?」


「ああ」


「あれはさっきも言った通り……」


「そうじゃなくてよ。千景ちゃんがな、俺にもたれ掛かって寝てる時に寝言を言っててさ」


ちょっと嫌な予感がする。


「なんて言ってた?」


「ありがとう。本当にありがとう、圭吾って」


「ああ、今までのお礼じゃないのか?圭吾って呼んでいたのなら多分本心の言葉だと思うぞ」


「まぁ、お前は千景ちゃんの保護者だからな。お礼の一つは欲しいわな。良かったな」


「ああ。全くだ」


少々焦ったけど、ごまかせる内容で良かった。


「お待たせ」


「お?千代丸が一番手か」


「私、髪の毛が短いから」


「それにしても先丸のショートカットと眼鏡の組み合わせ、ホントいい感じだな」


「お褒めの言葉、素直に受け止めておくわ。ありがとう、吉原くん」


「定峰、その髪型に眼鏡、素敵だそ」


「久保君のそれは気持ちがこもっていないのがよくわかった」


そういうのは自然に出てこないと駄目なんだぞ元春。そんなんじゃいつまでたってもキーホルダーは渡せないぞ。

続いて千景と神名峰が出てきたんだけど、二人共に完全に乾いていない状態だった。


「大丈夫か?特に神名峰」


「問題ございませんわ?この様に分けておけばよく乾きますの」


「いや、そっちじゃなくて自然乾燥って髪に優しくないんだろ?せっかくのツヤツヤ髪が痛むんじゃないのか?」


「まぁ……吉原様にそのようなお心遣いを頂きまして、私、感無量でございますわ。自宅に帰りましたらきっちりとケア致しますわ。この黒髪、吉原様に捧げるためにございますので」


「千景もな。帰ったらきちんとやっておけよ。塩素って髪が痛むぞ」


「吉原は……」


「洗ってやらん。自分でやれ」


この発言に気がついたのは千丸だけだったろうから余計なことは言わないでいてくれるだろう。


アトラクションコーナーでは2人組のものが多く、その度に元春が割を食っていたが、流石に可愛そうなので肝試しは半分いたずらで千丸とのペアにしてみた。次に僕と神名峰。千景は独りは怖いって言い出したので僕たちと一緒に3人で行くことになった。


「なんか前の組、やたらと悲鳴を上げてるな。脅かしている方も脅かしがいがあるってもんだろうな」


「で、何やってるんだ?」


「私、このような場所が苦手ですの……ひっ!」


右腕に神名峰が絡まっている。左腕は千景が絡まっている。こいつは苦手というより例の"ズルい"ってやつだろうな。


「いやぁっ!」


前の組が本格的に悲鳴を上げだした。千丸、こういうの全然駄目なんだな。


「っと、メール?」


元春からだった。


『ちょっとゆっくり歩いてるけど、見ないでやってくれ』


千丸のことかな。了解した。多分思いっきり抱きついてるとかそういうのだろう。良かったな元春。


「もう~だから嫌だったのに!」


「いや、ごめんて。さっきのは誰にも言わないから」


先に出た元春と定峰。定峰はしゃがみこんで頭を膝の中に入れて半泣きである。


「ほら、もう少しであいつらも出てくるから。お手洗いにでも行って落ち着いてこい」


「一緒に来て」


「ん?」


「だから……一緒に来て」


裾を掴まれてお願いされて断る男子が居るだろうか。しょうが無いと嬉しいの入り混じった気持ちで元春は定峰をお手洗いに連れてゆく。


「あー……トイレから出てくるおばけのやつあったからなぁ。多分それだ。っと、出てきてどこにも居なかったら探しちゃうかもだしメール……」


「吉原様……」


神名峰は結構本気で怖がっていた様子だ。というより暗いところが怖いって感じだった気がする。驚かす仕組みにはほとんど反応していなかった。


「千景は大丈夫だったのか」


って、聞くまでもないほどに平静を装っていた。

最後に元春がコーヒーカップに乗りたがっていたが、最後にそれに乗るとか何の修行か、ということで無事に却下されたのは言うまでもない。


「いや。疲れたな」


「本当ですわ」


「でもあれな。ここに集まるの、何も言わなくなったのな神名峰」


「諦めたのですわ。それにこういうのも悪くないと思いまして」


意外と順応性が高いんだな……一番順応性が高いのはなんだかんだ言いながら来てくれる千丸かも知れないけど。

神名峰のワンルームマンション、必要最低限の物しか置いてなくて狭いけど、まぁ、5人なんとかって感じではなる。そんな部屋に飾られたカレンダーには赤と青丸が書き込まれている。


「神名峰、これなんだ?」


「そちら、赤い丸が吉原様とともに過ごした日ですわ。青い丸は選りすぐりのイベントが開催される日ですわ」


何という計画性。とそれ以上に神名峰と一緒にいる時間の多さよ……夏休みの宿題とかいって千景と一緒にこの部屋に来たりもしたからだな。


「なんだ吉原、結構通ってんな。女の子の一人暮らしの部屋に何しに行ってるんだ?」


元春がいやらしい口調でそんなことを言ったときだっだ。


「圭吾と一緒に私も居たから大丈夫」


「!!?」


「一同が僕を見る」


思ったよりも早かった。こんなに早く"圭吾"って言うとは思わなかった。千景が自覚があってそう言っているのなら非常に喜ばしいのだが。


「千景、今なんて言ったのか覚えているか?」


「私も居たから大丈夫?」


「その前」


「吉原と一緒だったから?」


どうやら自覚があっての発言ではないらしい。一番気にしていたのは千丸だったが、僕と一緒にホッとしていたのは気のせいではないだろう。


「そうそう。このやたらと長い期間引っ張ってある青丸はなんだ?」


「縁むすび風鈴ですわ」


「どこの?」


「川越神社になりますの。ここは縁結びの神様が祀られておりまして。ぜひとも吉原様とご一緒したいところですわ」


なるほど。なんだかんだと神名峰にはお世話になっているからたまにはお願い事の一つくらいは叶えてやったほうがいいのかも知れないな。


「行くか?」


千丸が露骨に嫌なお顔をしている。


「いや、みんなで、ってわけじゃなくて。なんか最近こうやって部屋を借りたり、色々とあるじゃん?だからたまには神名峰のお願いでも聞いてあげようかなって。


「マジか吉原。神名峰と2人で行くのか?」


「ああ。あ、千景、おまえとも別日で行くからな。待ってろ」


なにかいいそうになっていたので先に抑えておいた。あいつにはまだ早い。

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