第10話 神名峰葵
「あ~~~、吉原様、どのような服がお好きなんでしょうか。この前の花火大会で浴衣はお見せ致しましたし……ん~~~悩ますわ。いっその事好みを吉原様にお伺いして……ダメダメ。当日に見せて驚かすんですわ!ここが私のセンスの見せどころ、ですわ!」
「あいつ、気合い入れてくるんだろうなぁ。なぁ千景、一応お前も女の子だから聞きたいんだけどさ。デートってどんな格好で行くものなんだ?」
「デートなの?」
「体裁上はな。一応でもそういう感じで行かないと神名峰にも失礼だろ。千景ともその後にデートするんだから、自分の服装、考えておけよ」
「分かった。それじゃ、私と一緒に行くときは、それ、着てほしい」
「これか?」
「うん。それ」
千景が選んだそれは思い出の詰まった一着だった。
「OK、分かった。これは千景のために取っておくな。それじゃあ……」
千景以外の女の子と2人で出かけるのは初めてだったりするのでそれなりに迷った挙げ句、結局、いつもの普段着にした。
「神名峰~いるか~?」
呼び鈴を鳴らして神名峰を呼ぶ。
「もう少しだけお待ちになってくださいまし!!」
「まぁ、そんなに急ぐな。こっちが早く来てしまっただけだ」
「そんなこと仰っても、吉原様をおまたせするわけには!」
ドン!ドタン!!
どうやらなにかに躓いて転んだっぽい。
「だから慌てるなって」
しばらくして音が消えて靴を履く音が聞こえた。どうせ勢いよく開けるだろうからここに居たら危険だ。開く方向の横に立って待っていると、案の定、出力全開!って感じでドアが開いた。
「お待たせ致しまして申し訳ございませんわ!」
「慌てるな。逃げなから」
息を切らしているけど、着替えってそんなに耐久勝負だったか?
神名峰は肩の大きく開いた白のロングワンピースに麦わらカンカン帽を被って手提げかばんを持っていた。シンプルだが、自分を殺さない絶妙なバランスだ。化粧もそんなにしてないし、意外と神名峰は自分の価値を知っているのかも知れない。
「それじゃ、行くぞ。あと。今日はそのナントカですわ、は禁止な。普通に、普通に。出来るか?」
「やってみすわ……あ。」
「頑張れ」
マンションから出たとき、部屋から千景が覗いているのが見えたので、神名峰には気が付かれないように軽く手を振っておいた。
「吉原様?今日は何時頃まで……」
「圭吾、な?」
「け、けい……!?」
「吉原、よしも呼びやすくないか?」
「えと……その、圭吾くん、でもいいか……いい?」
「今のは別にいいかしら?でもいいと思うぞ」
「なかなかむずかしいで……」
「そこで難しいですわ、はアウトだな」
「むぅ……!なんか今日の圭吾くんは意地悪です……」
なんとか"わ"は堪えたようだ。なんだか新鮮だ。このまま川越まで暫くの時間がある。それまでに色々聞けたらいいんだけど。
「葵は千景と僕のこと、どこまで知ってるんだ?」
葵が口をパクパクさせている。
「あお……あお……い!?」
「ん?葵、って名前だったよな?」
「そうですが。いきなり言われたのでびっくりいたしまして」
「うーん、今のはオマケだな」
「その、びっくりして」
「そりゃデートなら名前で呼びあうものだろ」
「デデ……デート!?」
またくちをパクパクさせている。
「男女2人でお出かけはデートだろ。したいって昔から言ってただろ?最近お世話になりっぱなしだからその御礼だ」
「吉原様とデート……デート……この私が吉原様とデート……!!」
心の声がダダ漏れである。今のはカウント外にしておいてあげよう。
「で、さっきの話なんだけど、葵は千景と僕のこと、どこまで知ってるんだ?落ち着たか?」
「はい。もうし……ごめんなさい。お二人の関係は幼稚園からの幼馴染と聞いております。そして、あまりに普通に接していらっ……接して居るので2人で居るのが当たり前に周囲からは見られていると。でも、恋人同士とかそういうのはない、と」
「概ね正解だ。付け加えるなら、僕は千景に一度振られている」
「!!?!?そうなんですの!?」
「ああ。隠してるつもりはないんだが、聞かれることもないんでな。元春は知ってるぞ」
「定峰さんは!?」
「あー、どうだろうな。少なくとも僕は話してないから千景から聞いていなければ知らないと思う」
「それではわたく……私にもチャンスがあるという!?」
「でなかっらこうしてデートなんてしないさ」
「~~~~!!!」
「そんなに嬉しいか?」
「あ、当たり前ですわ!」
「はい、アウト~。それとさ、葵はなんで僕なんだ?高校に入学して早々にだっただろ?」
「はい。中学校の頃、よし……圭吾くんが河原で遊んでいたのを見ておりまして」
「あー、あの頃か。河川敷の堤防でなんかクロッキー帳持ってたの、もしかして葵だったのか?」
「気がついていらっしゃったのですか!?」
「はい、アウト~」
「なかなかむずかしいで……」
「なんでいきなり大阪弁?」
葵の反応はいつも楽しい。一生懸命で、でもなにか抜けていて。いつも抜けた感じの千景とか大違いだ。
「次が川越みたい」
「お。そうだな」
川越駅を降りると結構な人混みだ。風鈴回廊、昼に行くのと夕方、夜、どれが一番きれいなんだろうな。まぁ、縁日といえば夜だけど、この時期は19時近かった気がする。バスの時間も考えると片道90分くらいだろうか。20時に出ても22時近くにはなるだろう。さて……。
「葵、今日は何時頃まで大丈夫なんだ?」
「私ですか?一人暮らしですので何時でも問題ございませんが、外泊流石に心の準備が……」
「しねーよ。あと、ワタクシ、は直らんのか」
「わたし、わたし、わたし……頑張ってみますわ」
あっちがなおるとこっちが戻る。ホント、見ていて楽しい。
「なんか夜の展示も結構あるらしいから日没前に行ってみるか。それまでは菓子屋横丁にでも行ってみるか。僕も行ったことがないし」
「いいですわ……いいね!」
いきなりのFacebook。
「しかし、暑いな~。まずはかき氷でも……」
天然氷のかき氷屋に行くと、みんな感がることは同じようで、長蛇の列。
「折角だし並ぶか」
店員さんに聞くとおおよそ1時間程度並ぶらしい。どうするか迷ったが既に20分は並んでいるので、このまま並ぶことにしたのだが……。
「ちょっと買い物行ってくるからそのまま並んでてくれないか」
僕は菓子屋横丁の雑貨屋で目にしたちょっとレトロな日傘とスポーツドリンクを買って戻った。日傘は色が何種類かあったけど、葵にはブルー系が似合う気がしたので、薄い花がらの入った水色にした。
「お待たせ。まずはスポーツドリンクな。飲んでおけ。熱中症になる。あとこれ」
差し出した日傘に葵はびっくりしていたが、嬉しそうな顔で「ありがとう」と言ってくれてちょっと嬉しかった。
「ほら、そんなに肩が出ていたら日焼けするだろ?折角白いんだから」
他に並んでいる客に迷惑にならないように少し横にずれて日傘をさす葵。そこそこ絵になる。あの「ですわ」とやかましいのがなければ本当に美人なんだが。でもまぁ、あれがあっての葵なのかも知れないけども。
「冷たい。キーンってなる」
「ああ、これ"アイスクリーム頭痛"って名前があるらしいぞ」
僕たちはやっと回ってきたかき氷を食べながらそんな会話をしていた。こういう風にかき氷を食べるのは、小学校の頃に千景といった縁日以来かな。でもこっちのかき氷のほうが美味しい。ふわふわしてて。
「待ったかいがあったな」
「ええ。私ワタクシにとってはこの日傘が最高の贈り物でしたけども。宝物にする」
もう私ワタクシは直りそうもないので、そのままにしておこう。
「そうか。買ってきたかいがあったよ。そんなに気に入ってくれて」
その後、僕たちは菓子屋横丁で色々見て回ったり、していたが、時の鐘が18時を知らせたのを聞いて川越神社へ向かうことにした。ここから川越神社はそんなに離れていない。向かう人の波に乗れば道を間違うこともないだろう。
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