第7話 水着

「ですから!なんで私の家に集合されるの!?」


「今回は、だってなぁ。ほら、圭吾と千景の件で」


「それならば!別に構いませんけど。私も少しお二人に相談したいと思っておりましたので」


相談あるのか。だったらなんで最初否定的な言葉だったんだ。もしかして決まり文句なのか?


「で?相談って?」


「えと。久保様は吉原様と仲良いと聞き及んでおります。そこで。今回の件、どの様に思われるか、率直な感想をお聞かせ願えないかと!」


「だそうだ千丸」


「!!あたなまで……」


「一応、女の子なんだから、その辺は気を使うと思うけど」


確かに映画を見に行くだけなのに、いつもの格好よりもちょっとおめかしした定峰がそこに居た。ホットパンツから覗く生足が眩しい。


「まあ、なんにしても神名峰が心配するようなことではないと思うぞ。気になるなら本人に聞けばいいじゃないか。ショッピングモールで何してたの?って」


「それでは尾行していたのがバレてしまいますわ!?」


やっぱりしてたのか。吉原、気がついてそうだけどな。


「まぁ、一つ気になったのは、あの伊万里舘が吉原の"前を歩いていた"のを見るのは初めてだな。何の意味があるのか知らないけど」


僕は千景を家に送り届けてから自室のベッドに寝転がって、今日のことをはじめから思い出す。


「取られた、ズルいか。他の人と対等じゃないと嫌、ってことか。普通は普通であってそれ以上でも以下でもない。平均を求めてくる、ってやつか。まぁ、分かってはいたけど、いざとなるとやはり大変だな」


これで僕に彼女なんて出来た日には目も当てられない事になりそうだ。日々繰り広げられる修羅場が目に浮かぶ。やはり僕が千景を……。いや、でもそれだけは……。




「だからなんで私の部屋に集まりますの!?これで何回目かしら!?」


全員分の麦茶を用意しながら、これまた人数分のマグカップを食器棚から取り出している。流石に悪いので手伝いに行くと「まぁ、夫婦みたい」とか言われて後悔しているところだ。


「ん?このマグカップ、番号が書いてあるな」


「あの机では、誰が誰のかわからなくなります。そのくらいの気遣いは出来ましてよ?」


思いっきり、ここに集まるのを受け入れてるじゃないか……。なんだかんだ言って神名峰も嫌いではないのだろう。


「で、今日はなんなの。なんで私まで毎回呼ばれるの」


「その割に毎回来てくれるじゃないか」


「用事もないのじ断るなんて失礼でしょ」


千丸もなんだかんだで付き合いがいいし、こういうのは嫌いではないのだろう。


「今日はあれだ。夏祭りと海、どっちに行くか決める会議だ」


「う……うみ!?ヤダヤダヤダ。なんであんたたちに水着姿見せなきゃならないのよ。しかも海ってなんか泊まりの匂いがするし!絶対に嫌!」


千丸がそこまで拒否反応を示さなくても、、、というレベルでまくし立てる。


「とういうわけだ千景。ご要望の海はダメだそうだ」


「じゃあ、プール」


「おお?なに千景ちゃんの要望だったの?珍しいじゃん。ここは意見を尊重しないと……な?」


元春は先程強烈な拒否反応を示した千丸を見て誘い込む。


「……ん、んん……もう、なにを言っても逃げられないんでしょ?行くわよ。行けばいいんでしょ?」


なんだかんだ言って付き合いのいい千丸だ。


「ありがとうな。無理言って。あと、その髪型、いいな。似合ってるんじゃないか」


「まぁ……いいけど。あと、ありがと」


千丸はセミロングポニーテールの髪の毛をバッサリいってショートヘアになっていた。ついでにコンタクトが眼鏡に変わっている。イメチェン、っていうやつだ。ここでなにかあったのか、って聞いたら怒られそうだからやめておこう。


「それで、みなさん、プールはいつ行かれますの?私、引っ越しの際に水着は捨ててしまいまして。その……サイズが」


千景な何のことか?という顔をしているが。千丸は大丈夫なのか?恐る恐る後ろを見ると、やはり少し機嫌が悪い。何かフォロー……なにかフォロー……


「千丸も買い替えに行くんだよな?」


「なんで?なんでそう思ったの?」


あ、しまった。


「流行りのものとか、あると思って、さ?」


「私は去年のサイズでも着れるんだけど。それとも何?買ってくれるの?」


この前の帽子でお小遣いが……でもこの流れで去年のやつを、なんて言ったら成長してないって言うのか!みたいなことを言われてへそを曲げそうだし。元春に助けを求めたが、自業自得だ、というような顔で「神名峰の水着姿、楽しみだなぁ」なんて言っている。ここは腹を決めて!


「いいぜ?買ってやるよ。水着を一緒にお買い物なんてカップルみたいだな」


一糸を報いたような気がしたけど、次の言葉ですべてが消し飛んだ。


「神名峰さん、吉原くんが水着、買ってくれるって!伊万里舘さんも」


「なんか3人に増えたんですけど!?水着っていくらするんですの!?」


まるで神名峰のような口調になってしまった。元春は「女子3人と水着を買いに行くなんてハーレムそのものじゃないか」なんて余計なことを言ったものだから当然のように千丸に叩かれていた。


「それじゃ、この後、買いに行きますか。どこに行くんだ?この前のショッピングモールか?」


「ん?なんだお前ら、この前、みんなでショッピングモールにでも行ったのか?」


周りを見回しながら、悪気のない顔が右左と向けられている。元春的には、誰も行っていないから僕たちのことは誰も知らないというストーリーを描いたのだろうが、神名峰がそんなことに気を回すはずがない。


「そうですわ。あのとき、吉原様と千景様は何をしていらっしゃったのですか?それと。途中で居なくなられた定峰様と久保様はどちらに行かれたのですか?」


ぶち壊しである。僕たちを尾行していたと白状したようなものだ。さすがの千景も……。


「ん?なに?」


大丈夫みたいだ。


「ま、まぁ、あそこに行けば買えるんだろ?行こうか」


そんなこんなで2日連続でショッピングモールへ出かけることになったのだが。今回は全員揃ってなのでやかましい。巡回バスの中では僕の隣は私です!とか言い始めるのが面白いからってわざと隣に座ってきた元春と神名峰のやりとり。最終的には一番うしろの席に座れば万事解決じゃないか、ということで5人並んで座ったのだが、当然のように僕の横に座った神名峰は花火大会の時が嘘のようにそわそわしていた。


「なぁ、吉原」


「なんだ、元春」


「あの輪の中に入れるか?」


「レベル高いな。はじまりの街を出たばかりの僕にあれは倒せないな」


水着の特設コーナーは女の子が沢山集まっていた。この時期の水着はもう売りつくしセールとかで安いらしい。


「吉原様!こちらにいらして!これなんでどうかしら!?」


「ほれ、お呼びだぞ勇者」


あの女子の群れに飛び込むのか。仕方がない。更衣室からできるだけ離れて向かうとしよう。


「どれだ。って、これ?」


見せられた水着は水着というより下着みたいだった。まぁ、水着なんてみんなそんなモノなんだろうけど、飾り気のない白い水着はストレートに下着を想像させられる。


「こ、これ、ちょっと恥ずかしくないのか?」


「まぁ、私は吉原様だけに見せるのですわ。この上にパーカーを着て隠しますわ」


陸の上ではそうなんだろう。しかし、水の中ではそうも行かないだろうに。


「わぁ、葵ちゃん、大胆だぁ。でもかわいい」


千景がこちらにやってきた。手には2つの水着。ワンピースと2ピース。と言ってもビキニではなく、スポーツブラとショートパンツの組み合わせだ。


「ねぇ、吉原、どっちがいいと思う?」


「そうだな。ワンピースは幼く見えるからそっちの2ピースかな」


千景は2ピースの水着に決めて嬉しそうにしている。


「そういえば、定峰さんはどこに行ったのかしら?」


「なんだお前ら、一緒じゃなかったのか?」


「さっきまで一緒でしたのに。探してきますわ」


「あ、私も」


かくして水着売り場のど真ん中に放置された僕は周りの女性客からチラチラ見られて居心地が悪すぎたので退散しようとしたスマホに通知が来た。


『3番目の更衣室に来て』


千丸からだ。更衣室?まさかと思って行ってみるとそのまさかだった。更衣室の前について名前を呼ぶと小さくカーテンが開き、僕を確認してくる。


「他の2人は?千丸を探しに行った」


「そう。それじゃ早く。どれがいい?」


「千丸は3着の水着を持っていた。1着は試着している。


「早く」


「お、おう。その、着ているやつが僕は好みだな」


「そう」


そう言ってカーテンが閉まって中から「もういいから向こうに行ってて」と声がしたので元春の座っていたシートに帰っていった。


「おお、勇者よ死んでしまうとは情けない」


「死んでねぇよ」


「で?水着選びはどうだったんだ?どれがいい?とか言われたんだろ?」


まぁ、お決まりのイベントはあったけど、千丸のイベントは話さなほうが良さげだ。


「ちょっと。吉原。買ってくれるんでしょ?会計」


「お呼びだぞ。財務大臣殿」


はぁ……水着っていくらするんだよ。


「吉原、ありがとう」


「おう。僕の財布はすっからかんだ。なんであんなに布面積が小さいのに高いんだ」


「吉原様に買っていただきました水着、家宝にいたしますわ!!」


「おう。神棚にでも飾っておいてくれ」


「で、千丸はどんなのにしたんだ」


あ。話の流れでつい聞いてしまった。千丸は大きくため息をついてダメだこいつ……という顔をしている。スマン千丸。


「そういえばさ。千景ちゃん、吉原のこと、吉原くん、じゃなくて吉原、って呼ぶことにしたのか?」


帰り道で元春が聞いてるが、確かにそうだ。水着を選んでいる最中からだったか。今朝はまだ吉原くんだった気がする。


「ん?そうなんだ。気にしてなかった」


当の本人がこれじゃ、真相は闇の中。神名峰もさほど反応していないし大したことではないのだろう。

まぁ、何にしても高校生活で女の子とプールに行けるのだ。恵まれている環境なのには変わりはない。どんなメンバーだとしてもだ。


『着た』


まぁ、見ればわかる。多分みんなもそう思っているぞ。グループメッセージに今日買った水着を着た自撮り写真をアップしてきたのは千景。正直意外だったけど、よく考えたら初めて買ってもらったものは見せびらかす習性があったような気がする。


『かわいいいい!!!』


元春が速攻で反応している。多分、他のだれかかアップしても同じ反応をしそうだ。そのあと、個別メッセージで神名峰から「私のも見たいですか?」と着たのだが、個別でそういうメッセージ履歴が残るのも微妙だったので、当日のお楽しみに、ってことにしておいた。


「ささ、お入りになって。冷たいお茶をご用意してありますの」


神名峰邸は既に集合場所になっていた。主も諦めたのか従順になっている。駅から逆方面のここまでくる元春だけ割を食っているような気がしないでもないけど。


「皆さん。あちらに到着してから水着に着替えると混雑したローカールームで難儀します。ですので、ここで服の下に着てゆくというのはいかがでしょうか?」


神名峰が結構まともな提案をしてきた。確かに。僕たちは履き替えるだけだからそんなに苦労はしないけど、女の子は大変なんだろうな。


「で、吉原様はいつまでそちらにいらっしゃるのですか?殿方はお外に出て下さる??」


珍しい。いつもなら吉原様だけならいてもいいのよ、なんて言うのに。どんな心境の変化だ。


「元春」


「なんだ?」


「例のやつ、渡したのか?」


「いんや」


「なんで」


「渡し損ねてる」


「いや、だからなんで」


「気分の問題だな」


「お前も始まりの街にいるのか」


「そ。まだ毒の沼は超えられねぇよ」


いつも適当に見える元春にも繊細なところがあるらしい。ま。そのうち自分でなんとかするだろう。相談には乗ってやるぞ。

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