第6話 帽子

今回の千景はヘビーだったな。この姿、元春に見られなくて良かった……。もとい、神名峰に知られたらと思ったら……。考えただけで頭が痛くなった。


「準備できたか?」


「うん」


「入るぞ」


「うん」


安心してドアを開けるとそこにはいつもと違う千景が居た。思わず見とれてしまった。


「千景、そんな洋服持っていたんだな」


「うん」


女の子を100倍押し出したようなファッション。にしてはちょっと露出が強めというか。デコルテ全開の背中は肩紐がクロスした白のワンピースに薄手のストールを羽織っている。髪の毛もきちんとピン留めされていて片方の耳が出ていてなんとも言えない。


「帽子。私の帽子。どこにあるか知らない?」


「さすがに知らないな」


「じゃ、買いに行こ?」


初めての経験だ。"圭吾"ではなく"吉原"の呼び名で千景からのお願いというお誘い。


「いいぞ。隣町のショッピングモールでいいか?」


「うん」


お?いつもの感じに戻ってきた気がする。


「いや、私……その……お友達を……」


「おーい、なにやってるんだ?って、どなた?」


「なんだよ彼氏持ちかよ」


「怖かった」


「ナンパか?」


ふむ。こんなのをナンパするやつも居るんだな。


「行くか」


「うん」


電車に揺られて映画館併設の大型ショッピングモールに到着した。途中の会話も千景はほとんど「うん」しか言ってないし。いつもの千景だ。なんか安心した。"圭吾"って呼ばれているときはかなり緊張するし。


「で、目的地の帽子屋は……っと」


「ねぇ、吉原くん、あれ!」


何だ帽子屋じゃないのか。っと、あ~、駄菓子屋だ。ダメだなあれには勝てなそうだ。結局ふ菓子を買って退散したけど。何だそのなさのふ菓子は。バットくらいの長さがあるぞ。当然のように僕が持ってるし。

他、いくつかのお店に吸い寄せられた千景は、入る店入る店で店員に声を掛けられて、これなんてお似合いだと思いましよ。彼氏さんもどうですか?なんて聞かれてふ菓子を持って苦笑するしか無かった。


「いい加減、帽子屋に行くぞ」


その店にはワーゲンビートルがトレードマークのようになっているお店だった。


「千景はどんなのが好みなんだ?」


「んー……。吉原くんが選んで」


無茶振りが来たぞ。女の子特有の無茶振りが来たぞ。僕は店員さんに助けを求める目線を向ける。察してくれた店員さんはいくつかの帽子を見繕って持ってきてくれた。永遠の定番、麦わら帽子。白いベレー帽、頭の天辺が平らなポークパイハット。今の白いワンピースなら麦わら帽子が絵に書いた様にハマるが、他の普段着ではどうだろう。というより、普段着で帽子、千景は被るのか??


「千景、いつもの普段着以外に今日みたいな服って他に何を持ってるんだ?」


「ワンピースが多いと思う。長めの」


「ふむ……千景。僕の独断と偏見で決めていいんだな?」


「うん」


よし。自分が好きなのを選べばいい。だとしたら、コレだろう。


「店員さん、あそこの帽子、取れますか?」


ちょっと上の方にかかった麦わらポークパイハットを取ってもらう。


「ちょっと被ってみて」


「すてき」


千景の表情のはっきりした反応はレアだ。相当気に入ったみたいだ。


「じゃあ、それにするか。今朝のお詫びもあるから僕が買うよ」


「うん」


「店員さん、それ、下さい」


帽子って5,000円くらいだろうと思っていた僕が馬鹿だった。14,800円。マジか。財布には1万円しか入っていない。どうしようか思案していたら、トイレに行かれるついでにATMに行かれてはいかがですか?と小声でアドバイスしてもらって、そうすることにした。のまでは良かったのだが。


「あの……私……」


あー……なんでついてくるんだ……またナンパされてる……。あんなののどこがいいんだ。


「ほら、千景行くぞ。あ、すみませんね……」


本日2回め。正直殴られたら怖いなぁ、なんて思いながら切り抜けている。

買った帽子はタグを切ってもらってすぐに被っている千景。かなり上機嫌だ。たまに見て、とばかりにこっちを見てくる。こういう元気が見える千景を見るのは本当に久しぶりだ。もしかしたら小学校時代以来かも知れない。


「定峰さん!あれは一体どういうことですの!?」


「知らないけど。ってか、なんで私がここに居なくちゃいけないの」


「愉快な仲間たちですわ!」


「なにそれ……」


「とにかく!何の関係もないと仰っていたあの2人がデート!しかも帽子まで買って差し上げて!伊万里舘さんの服装も今までに見たことのないような!」


「ねぇ、お嬢さんたち、もしよかったら……」


「だまらっしゃい!私達は今、忙しいのです。あなた達にかまっている時間はないのです。さぁ、おゆきなさい」


まくしたてられてナンパのお兄さんたちは消えていった。相手の顔も見ないで撃退するなんてかなりの情熱なのね……、なんて千丸はそんなところに気を取られていた。


「ねぇ、お嬢さんたち。何してるの?」


「だから!だまらっしゃいといってるでしょう!?なんなんですかあなた!」


「あら。吉原のオマケじゃない」


「オマケ」


「そう。もっと表現変えたほうがいいかしら?」


「いや、遠慮しておく。で、何やってるんだこんなところでコソコソと」


「なんかね。買い物してたら神名峰さんに捕まって。ほら、あれ」


指差す先には圭吾と千景が買い物に興じていた。


「別に珍しいことでもないだろ。あいつら、たまにだけど2人で買い物に行ってるぞ」


「そうなのですか!?私という女を差し置いて!」


「差し置いてかどうかは知らないけど、吉原、多分だけど誘えば付き合ってくれるぞ。というわけで、定峰さん、一緒に買物でもいかがですか?」


「嫌。二度と誘ってこないで」


コレがコテンパンという状況なのだろうか。


「かと言ってこのまま神名峰さんに付き合うよりはマシな気がするから、向こうに移動するまでなら付き合ってあげる。というわけで、神名峰さん、密偵は任せたわよ」


返事がないのでそのまま元春と定峰はその場を離れた。


「定峰さん、向こうってどこまで行くの?」


「映画館。見たい映画があるの」


「そかそか。ちなみに?」


「言わなきゃならないの?」


どうせ秘密、とかにしてもチケットでバレるし、と思って伝えると、俺も見る、なんて言い出したから大きなため息が出てしまった。結構人気の映画だから当日券はバラバラの席になるだろう、と思って、どうぞご勝手に、なんて言った私が馬鹿だった。


「なんであんたがここに居るの」


「開いてたから?」


「私がここに居るって知ってたでしょ」


「流石にそれはないよ。そっち、予約でしょ?俺は窓口購入だし」


「はぁ。静かに見たいから邪魔しないでよ」


映画はアニメの映画で吹奏楽部を題材に青春を描いたものだった。フィナーレなんて題名だったからきっと続編なんだろうな、って思ったけども単体で見ても楽しめた。映画が終了したときの定峰の顔はキラキラしてていつもの定峰ではなくて正直見とれていたというか珍しく感じたというか。


「で?あんたのカードはなんだったの?」


「ん?これか?開けてないから分からん」


「開けなさいよ」


来場者特典ということでチケットをも切るときに貰ったもの。板っぽい。コースター?


「こんなのが入ってた」


「あ!それ!」


「なんだ?」


「ねぇ、コレと交換してもらえる?」


俺が引いたイラストカードが欲しいらしい。


「いいよ。両方やるよ。ほしいんだろ?」


「いいの!?あ、後ついでだから付き合って」


腕を引っ張られて物販コーナーへ連れ込まれた。定峰はパンフにパスケース、その他諸々のグッズを買ってご満悦である。この趣味は他のメンバーには黙っておいたほうが良いのだろうな。


「目的のものは買えたのか?」


一応、なんて言いながら、ちょっと残念そうな顔をしていたので、聞くと、キーホルダーが完売していたらしい。ってか、全種類買い揃えるのか。


「そういえば、圭吾と千景、どうしたんだろうな」


「ああ、そういえば。神名峰さんに聞いてみましょうか」


なんだかんだ言って定峰も気になるらしい。神名峰に連絡すると、今日はもう帰ったとのことだ。自分も今は部屋に戻ってるらしい。

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