第5話 ヤキモチ
「ですから!なんで私の部屋に集合なさるんです!?」
「なにって。快気祝い?」
熱も下がって具合も良くなったので、お見舞いに来て下さる?なんて言われたので快気祝いとなったのだが。
「ですから、私は吉原様だけにお見舞いに来ていただけないか、と申し上げたのです!」
「いいじゃないか。別に。ってか、なんで回復した後にお見舞いなんだよ」
「吉原、お前、本当に神名峰に愛されているな。俺は羨ましいよ」
「千丸、元春を引き取ってくれないか」
「嫌。というより、なんで私は呼び出されたのかしら」
「ちゃんと神名峰の快気祝いだって送っただろ?」
「それなら別にいいけど」
いいのか。ツンデレキャラだったか?生真面目でちょっと乱れたツンデレキャラ。それはそれで悪くない。
「吉原、なんか俺が振られるのは添え物のような扱いにしてないか?」
「メインディッシュにして欲しいのか?」
「遠慮する」
なんだかんだ言ってこの5人で騒ぐのは嫌いじゃない。これで夏休みの前半過ぎてないとか密度が濃すぎて正直疲れるけども。一応状況を付け加えると、相変わらず千景だけ空気である。
「なぁ、吉原」
「なんだ元春。恋愛相談か?」
「違うわボケ。千景ちゃんのことなんだけどさ」
「なんだやっぱり恋愛相談じゃねぇか」
「お前のな。神名峰の看病してるとき、千景ちゃん、どうだったんだ?」
「知らん」
「知らんって……」
「会っていないからな。知らん」
「定峰が心配してたぞ」
ホント、察しがいいのは困る。本当は知っている。僕が神名峰にご飯を持っていっているのを部屋の窓から見ていたのを知っているから。あいつがそうするのは遠慮しているときだ。家族で旅行に行くときだって、本当は一緒に行きたいのに、僕の両親に遠慮して言い出さなかったのを知ってるし、その時も出かける時に窓から顔を出していた。あいつ、もっと正直に生きればいいのに。
「大丈夫だろ。今日もいつもの千景だったし。問題ないだろ。そんなことより、元春は千丸、どうするんだ?」
「なんだそれ」
「あれ?気のせいか?てっきり元春は千丸を気にしているのかと思ってたぞ」
「なんでそうなるんだよ。どちらかというと、定峰のほうがお前に気があるんじゃないのか?なんだかんだ言って付き合いがいいじゃねぇか」
「元春的には僕はモテモテだな」
「ああ。ハーレムだな」
そんな話を快気祝いという馬鹿騒ぎの後に、僕の部屋でしていたのだが、インターホンが鳴ってモニターを覗いてみると、そこには千景が居た。
「なんだどうした?」
「……」
「具合でも悪いのか?」
「……」
「おお。伊万里舘じゃないか。どうした?」
階段から元春が降りてきたのを見て、千景は自分の家に帰ってしまった。
「なんだったんだあいつ」
その日の夜に千景に電話してみたのだが、出ない。メッセージを送ってみたけど既読が付かない。本当に具合でも悪いのだろうか。
「ちょっと様子を見に行くか」
この前、神名峰が寝泊まりした隣の空き部屋に行って千景の部屋の窓に、昔、縁日で獲得したオモチャの鉄砲でBB弾を撃ち込む。3発くらい撃ったら千景が顔を出した。
「さっきどうしたんだよ」
「だって……」
「だって?」
「取られた」
「なにを?」
「圭吾」
あ~……昔戻りしてるやつだ。千景が僕を名前で呼ぶときは極度に寂しい時だ。そうなると昔戻りする。
「別に神名峰の彼氏になったわけじゃないぞ?病人を看病してただけだ。気にするな」
「分かった……」
そう言うと窓を閉めてカーテンも閉められてしまった。今回は重症のようだ。明日、家に行ってやるか。
「千景~!」
呼び鈴を鳴らしても返事がないので庭に回って千景を呼んでみる。すると窓から手が出てきて紙切れが1枚落ちてきた。
『玄関あいてる』
「ふむ……」
確かに玄関の鍵は閉まっていなかった。千景の家も共働きなので千景以外には誰も居ない。流石に不用心だ。
「千景?入るぞ?」
部屋のドアをノックして、そう呼びかけても返事がない。もう一度呼びかけて返事がなかったので、そのまま部屋へ入った。
「おまえ、何してんだ?」
ベッドに入って寝転がっている。パジャマで。
「って、子供か。だからなんでもないって言っただろ?」
「だって。ずるい」
昔戻りした千景の自己主張は強い。どうやら私にも看病しろ、ということらしい。
「分かった。分かったから。とりあえず、おかゆでいいのか?台所、借りるぞ」
千景は昔からそうだった。僕が誰か極度に仲良くなると、僕のことを"圭吾"と呼び始める。今回は神名峰がその原因なんだろうが、今回は仲良くなったと言うよりもただの看病だ。だから、同じ様に看病してあげればいつもの千景に戻るはずだ。
「ほら、おかゆ」
「圭吾が食べさせて」
わがまま言うなよ。流石に神名峰にはそんなことしてないぞ。でもまぁ、誰が見てるわけでもないし仕方ないか。
「わかったよ。ほら口開けて」
僕はすくい上げたおかゆに息を吹きかけて冷ます。千景がお椀を見ている。ああ、そうか梅干しが乗っていないってことだな。再び崩した梅干しをすくい上げて千景の口にそれを持ってゆく。
「どうだ」
「美味しい」
「良かった。千景に飯をつくるなんて久しぶりだな。いつも千景のほうが作ってくれるからな」
僕は軽くため息をついてから、千景の機嫌を伺う。これで目を合わせてくれれば大丈夫なんだが……。
「圭吾……」
あ、まだダメなんだ。次の要求はなんだろうか。
「手」
タオルケットから右手が出てきた。あ、握ってくれってことか。僕は素直に右手を握った。
「んんっ」
千景はちょっと乱暴に僕の手をタオルケットの中に引き込み、胸の上にその手を持っていてしまった。
「千景?一応高校生の女の子なんだから、それはちょっと……」
「いいの。どうせなにもないから」
ええ……今更になってまな板ネタをここで持って来るの……。確かに何にもないって言ったのは僕だけど。
「ねぇ、圭吾」
「なんだ?」
「どこまでしたの」
「何を?」
「神名峰ちゃんにどこまでしてあげたの」
ヤキモチを焼き始めたな……。ここで嘘を付くと後で100倍面倒なことになるので、ちょっと待ってろ、と自宅に一旦戻り、僕のパンツとシャツを持ってきた。
「言っとくけど、着替えは流石に母さんがやったぞ。僕は朝起こしただけだ。あと……」
「あと、なに?」
「神名峰の部屋に行って着替えを取りに行った」
「じゃあ、そこまで。着替えるから向こう向いてて」
いやいやいや。部屋から出ていくべきだろ。千景にそう伝えたが、かなり強く「そこに居て」と言われてしまったので観念した。正座してできるだけ想像を掻き立てないようにして精神を統一。ぬのの擦れる音なんてタオルケットの擦れる音だ。なんて自分に言い聞かせた。
「いいよ。こっち向いて」
ちょっと嫌な予感がするけど、千景なら大丈夫だろう。大きめのTシャツ持ってきたし
「おおきい」
「そりゃそうだ。時に千景。そこにあるのはなんだ」
「良彦のズボン」
「分かってるけど。なんでそこにズボンが?」
「履いてないから」
なんでそんな判断をしたのか、流石に理解不能だったけど、思わず生唾と飲み込んでしまったのは隠せた、と思う。
「履きなさい。ってか履いてください。お願いします。あと!絶対に立ち上がらないでください」
いくらないと言っても立ち上がったら主張するものが現れるだろうし、大きめの僕のパンツが落ちてきたら最悪だ。
「分かった」
今回は素直で助かった。さて。次のミッションだが。着替えを取り出すミッションなんだが。また女性の引き出しを開けて下着を取るのか……。千丸に頼みたいけど、この状況を見たらただでは済まなそうだ。
「で?どこの引き出しだ?」
「そのへん」
「どのへん?」
「だからそのへん」
「タンスの下の方、でいいんだな?」
意を決して一番下の引き出しを引き出す。下着が並んでいる。何色だ。何色にすればいいんだ。白か!?ピンクか!?水色か!?この赤いのはなんだ!?見なかったことにしよう。
「ほら。これでいいか」
「そか。吉原くん、水色が好きなんだ」
Noooooo!!!そういう判断になるんだ。そうなんだ!神名峰にもそう思われたんだろうか。それに。いま"吉原"って呼んだからもう大丈夫なんだろう。安心して千景の方を見ていたら「見るの?」と聞かれて慌てて部屋を出ていった。
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