第4話 熱

「吉原、このへんでいいんじゃないか?」


「そうだな」


うまい具合にマンション前の植え込みブロックに座れる場所を発見したのでそこに落ち着くことにした。今年は色々と運がいい。流石に座っていれば千景が行方不明になることもないだろう。千丸もいるし。

花火の打ち上げが始まってようやく神名峰が僕の隣にやってきて座ってきたのだが、いつもの騒がしい神名峰じゃなくて正直面食らってしまった。ホント、黙っていれば美人なのに。


「いいぞ。今年は何事もなく終わりそうだ」


「吉原、さっきからそればかり言ってるけど、毎年、そんなにひどいのか?」


「ソレに振り回されるんだよ。迷子になったら流石にまずいだろ?」


千景を指さしてそう言うと、元春は「保護者様は大変ですね」と言った後に千丸になにか話しかけていが周囲が騒がしくて聞こえなかった。


「終わったな。よし。神名峰、花火終わったぞ。いやに静かだったじゃないか。面白くなかったのか?」


「いえ、そういうわけではなく……」


浅草駅の押しくら饅頭に負けそうになりながらもなんとか地元駅まで戻ってきた僕たちは駅で別方面の元春と別れて歩き出した。までは良かったんだが、夏によくある雷雨。バケツを引っくり返したような豪雨。もしかして元春が邪気を祓っていたのかも知れない。


「びっしょびしょだな」


家の近くのタバコ屋まで来て屋根の下に入ったのは良いけど、もう下着まで濡れていて意味がない。当然、女の子連中もそうなんだろうけど、白系の浴衣を着ていた千丸の下着が透けて見えてしまっていたは参った。言うべきか言わぬべきか。千景はそんなの気がついていないし、いつもなら破廉恥ですわ!とか言ってるはずの神名峰は元気がないし。まぁ、ピンク色なのは分かったからこれ以上は触れないでおくことにしよう。それと、あとで怒られそうだから、前を歩こう。


「もうここまで来たら濡れてかえろうや。止む気配ないし」


そう言って夏の夕立に身を委ねて歩き出す。こういうのは小学校以来かも知れない。千景と川で遊んでびしょ濡れのまま家に帰ったことを思い出した。


「おい、神名峰、大丈夫か?熱でもあるんじゃないのか?」


最後尾で辛そうにしている神名峰のおでこを触ってみると、案の定の結果だった。


「しんどいならもっと早く言えよ」


神名峰を家まで送り届けようと思ったのだが、こいつ、一人暮らしだったな。どうせロクに風呂にも入らずに風邪をこじらすんだろうな。これは仕方がないか。


「神名峰。僕の家に行くぞ」


こんなことを言えば大騒ぎするはずなのに、軽く頷くだけでおでこを触った時に貸した肩にそのまま乗っている。相当具合が悪そうだ。千丸は「後は任せた」と帰ってしまうし、千景も「吉原くんにまかせておけば大丈夫だよね」とか言って帰ってしまうし。このままだと、祭りで捕まえてきた女の子を酔わせてお持ち帰りしたみたいになってしまうではないか。


「ただいま。母さん、ちょっと来てくれ」


「なに?タオルでも持っていったほうが良いの?」


「それもあるんだけど、来客だ」


母さんは来客の言葉でびっくりしていたけど、玄関で僕を見たときはもっとびっくりしていた。


「こいつ、隣のマンションで一人暮らししてて。なんか相当具合が悪いみたいだから、とりあえず連れてきた」


母さんは「あらあら大変」とか言いながら、神名峰を受け取ってくれてすぐにバスルームに連れて行ってくれた。僕のお風呂は暫く後になりそうだ。


「何度ある?」


「39度」


「はぁ、コレは明日病院だな。来客用の布団あったよな。敷いてくるわ」


この前は冗談で隣の部屋に住まわせてやれば、なんて言われていたけども、まさか本当に部屋に入ることになるとは思わなかった。こいつ、多分、出かける前から具合が悪かったんだろうな。でも一緒に出掛けたいからって無理してたんだろうな。

翌日になっても熱が下がらないので、近所の内科に連れて行こうと思ったのだが、そんなことよりも大変なことになっていることを母さんに知らされたわけで。


「だからってなんで僕のパンツなのさ」


「ちょっと大きかなって思ったんだけど」


「そういう問題じゃなくて!」


朝ごはんにお粥を持っていって起き上がった神名峰の僕のTシャツ。まぁ、そこまでは仕方がない。で、ここからが事件の始まりだった。ポチッとしてるのを発見してしまったのだ。ノーブラ。コレはマズイ。流石にマズイ。千景と違って大きめのソレは主張しまくっている。で、母さんに確認したらそんなことになっていたわけで。


「神名峰、鍵あるか?着替え取ってくる」


眼の前の事件に思考能力を奪われた僕は、なんの気もなしにそう言って神名峰の部屋まで行ったのは良いんだが。


「どうするんだコレ。僕が下着を選ぶのか?」


思わず生唾を飲み込んでしまった。しかも、どこに仕舞ってあるのかわからないので、引き出しを物色することになってしまう。母さんに頼みたいところだけど、さっき仕事に出掛けてしまった。


「ええい!ままよ!!」


引き出しを開けると綺麗に並んだカラフルな下着が姿を現した。


「ここは白だ。無難に白!」


持ってきた布バッグに下着と服を詰め込んで鍵を締めて自宅に向かう途中に、ゴミ出しをする千景に会った。


「あ。千景に頼めばよかったのでは?」


「なにを?」


神名峰の下着選び、なんて答えたら流石にマズイし、適当にはぐらかして自宅に戻った。


「母さん、これ。よろしく」


「はいはい。そうだ。神名峰さんって圭吾の彼女なの?てっきり千景ちゃんとお付き合いするのかと思っていたけど」


「そんなんじゃないから。あと、千景も違うから。早く。病院に連れて行くから」


病院についれていったら、案の定の夏風邪。抗生物質を飲んで自宅で安静に、ということになった。


「さて。どうするか。このまま回復するまで僕の家に置いたほうが良いのか、自宅に行って飯だけ持っていったほうが良いのか」


こういうときは定峰に聞くに限る。元春はどうせエロい方向に話を持っていくに決まってる。千景は……言わずもがなである。


「定峰、ちょっといいか」


「神名峰さんのことでしょ。風邪、引いてるんでしょ」


「なんだ、知ってたのか」


「あれだけしんどそうにしてたら、流石に分かるわよ。あと。見たでしょ」


あ、気づかれてたのか。


「はい……。すみません」


「まぁ、不可抗力だし……。良くはないけど仕方ないというか……」


恥ずかしいなら切り出さなきゃ良いのに。


「ま、まぁ、それはいいんだけど、神名峰さんの件はなに?」


事の次第を説明すると、自宅に寝かせてご飯を持っていく、という方を勧められた。そのほうが安心できるでしょ、ということだ。


「あと。念の為聞くけど、神名峰さんに変なことしてないでしょうね?というより、着替え、どうしたの」


察しが良すぎるのも考えものである。隠してもバレそうなので正直に話したら案の定、なんで伊万里舘さんに頼まなかったの、とか言われたけど、流石に今朝、あんなことになっていて気が動転していた、とは言えないので「気が回らなかった」と、嘘ではないことを言っておいた。


「神名峰、大丈夫か。とりあえず、飯は持ってくるから。鍵は預かるぞ」


神名峰をベッドに寝かせてから、着替えのこと、神名峰にはなんて言おう……という難関が待っているのに気がついて頭が痛くなってしまった。

昼飯、晩飯を持っていって薬を飲ませて寝かす。なんだかんだで結構看病している。本当はこういうの、千丸に頼みたいところだけど、なんだかんだで原因は自分にあるような気がして。


翌朝になると、そこそこ回復したようで、朝飯を持って鍵を開けたら騒がれた。良かった。具合が良くなってきたようだ。具合が良くなってきた判断が騒ぐかどうか、というのはどうかと思うが、わかりやすくて助かる気もする。


「いいから。寝てろ。あと!変なことはしてないからな。それと!風呂に入れ。汗だくだろ」


神名峰は起き上がろうとしたが、すぐにタオルケットに身を包んでベッドに寝転がった。


「よ、吉原様?今、見ましたか?」


「見てないから安心しろ」


「まだ、何を見たのか聞いていないのですわ!?なぜお分かりになったんですの!?」


「いや、それは……」


「……~~~!!!」


神名峰は沸騰しそうな顔色になったのは熱のせいじゃないだろうな。なんにしてもやかましい神名峰はいつもの神名峰で少し安心する。

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