第3話 花火
「花火?行きたい」
「ですから伊万里舘さんは誘っていませんわ!?なんであなた達は私の恋路を邪魔されるのですか!?」
「仕方ないな。千景が行くのなら保護者の僕も行かないと。ってことで必然的に千丸も行くことになるん……」
「なんで私が必然的に、なんですか。行きませんよ私」
言い終わる前に拒否された。
「元春は来るよな?」
「え?そういう流れになるんだ」
「違うのか?神名峰が来るんだぞ?いいのか?」
「久保様?私には将来を誓いあった吉原さまとい……」
「吉原くん、花火ってやっぱり浴衣なのかな?どこにしまったのか覚えてる?」
「僕が覚えてるわけ無いだろ」
神名峰の歯ぎしりが聞こえてきそうだ。これ以上スルーするのも可愛そうになってきた。
「まぁまぁ、神名峰、定峰さんが付いて来てくれるらしいから、千景は定峰さんが面倒見てくれるから」
僕のこの一言で、神名峰の表情に光が差し込んだようだ。
「まぁ!それでは私の隣には吉原様がご一緒いただけるのですね!?定峰さん、よろしくお願い致しますわ!」
「というわけだ。定峰、よろしく頼む」
諦めが入り混じったため息と一緒に「ハイハイ」というやる気のない返事が帰ってきた。
花火大会。去年は千景と2人で行ったんだ。それはもう散々な目にあった。屋台を見る度に吸い寄せられる千景。と思ったら、花火がビルの隙間から見えたらそっちに吸い寄せられる千景。結局なところ、千景が迷子にならないように見張るお役目を申し使ったのが運の尽き。とにかく疲れた、という思い出しかない。今年は定峰に押し付けることが出来たようだし、少しはマシな環境になるのだろう。隣にやかましいのが来ること以外は。
「だから、なんで私の家に集まるんですの!?」
「え?ここ、集合場所であってるよな?吉原」
「ああ。合ってる。だよな?千丸」
「そう聞いてるけど?」
「ほら。ここが集合場所だ。まぁ、いいじゃん。この後すぐに出かけるんだし」
「吉原様?その私、浴衣に着替えたいと思うのですが……吉原様はよろしいのですが、その、久保様がいらっしゃると……」
「ん?俺は別に構わないぞ?」
「私が構うのです!」
まぁ、流石に女の子の着替えを眺める趣味は……なくもないけど、一応常識として外に出るべきだろう。
「なぁ、吉原」
「なんだ?」
「千景ってお前のこと、どう思ってるんだろうな」
「何だ突然。千景は……そうだな。空気みたいなものじゃないのか?」
「お前、ソレって絶対に必要って言ってることになるぞ?」
空気、なるほど。確かに絶対にないと困るものだな。撤回しよう。あいつは俺にとってただの普通の存在だ。
「お待たせ致しましたわ。吉原様、いかがでしょうか?」
神名峰は僕の前でくるくる回って浴衣を見せてくる。まぁ、女の子の浴衣姿は悪いものではないので適当に褒めたら調子に乗ってしまったので、後悔したけれども。
「そういえば、千丸も浴衣、似合ってるぞ」
「ついでみたいに言わないでくれる?」
なんだ。せっかく褒めたのに。千景は無事に浴衣を見つけたらしく、去年と同じ金魚柄の浴衣を着ている。
「ってか、なんでお前だけ普段着なんだよ」
元春も浴衣を着てきた。というより甚平か。
「持っていないんだよ。仕方ないだろ?」
「と、仰られると思いまして、ご用意しておりますわ。ささ、こちらへ」
「だそうだ。こちらへ行って差し上げろ」
何ということだ。やる気満々のグループになってしまうではないか。神名峰の部屋に戻って差し出されたのは、神名峰とお揃いコーデな浴衣だった。
「……。」
「ささ、お早くお召になられて?」
「そうか。では早速……」
僕は神名峰の反応が面白そうだったので、Tシャツを神名峰の前で脱ぎ始めると案の定の反応で笑ってしまった。
「神名峰。それ、指の隙間から覗いてるだろ。エッチだなぁ」
「そんな!吉原様がこんなところでお脱ぎになられるからですわ!?わ、私は外に出ておりますので!」
仕方がないので、神名峰とお揃いコーデの浴衣を身にまとい、外に出ると案の定の反応に諦めの心に決心がついた気がした。
電車を乗り継いで浅草駅に到着する前から花火に行く人達で浅草線は混雑していた。まぁ、これは仕方のないことだが……。
「千丸、千景はどこに行った?」
「あなたの後ろにいるでしょ」
「ああ、本当だ」
「気になるのなら紐で縛っておきなさいよ」
「千丸……、お前、そういう趣味があったのか。まぁ、他人の趣味に文句をつけるような無粋な真似はしないけど」
千丸はいつものハイハイ、といった顔でため息をついている。
「定峰ちゃん、紐ってなんのこと?」
「いやな。千丸が紐でお前を……」
「説明しなくていいから。しかも歪曲しなくていいから。ってかやめてくれないかしら」
最初からご機嫌斜めだった千丸を更に傾かせてしまった。今晩のうちに一回転させてしまいそうだ。
『次の停車駅は浅草、浅草。本日は隅田川花火大会のため、ホームが大変混雑しております。お降りになりました後、電車から離れてお歩きください』
「だってさ。聞いていたか?千景」
「うん。聞いてた。電車から離れなさいって」
よしよし。今年はちゃんと聞いていたようだ。ここまで大人しくしてるし今年は大丈夫なのかも知れないな。
「わぁ、すご~い。ねぇねぇ、吉原くん、あそこ!」
屋台の光に吸い寄せられる千景。ダメだ……。今年もダメだ……。
「伊万里舘さん、はぐれたら戻れないわよ」
おお、千丸、なんだかんだ言って面倒を見てくれるみたいだ。頼りになるなぁ。
「元春、どうした?」
「あ、いや。神名峰の様子が変じゃないか?」
神名峰が元春の後ろで小さくなっていた。人混みで結構密着していたので元春の様子もおかしかったのかな。一応、神名峰、美人の部類だからな。黙っていれば。
「どうした?神名峰、いつものお前らしくない。腕でも組まれるのかと思って用意してるのに」
そう言って僕は腕を振ってからかってみたら予想外に千景が釣れてしまった。神名峰は口をパクパクさせて何かを言いたそうにしているが、言葉にならないようだ。
「千丸、申し訳ないがこれ、頼めるか?」
腕ごと千丸に千景を差し出して引き取ってもらった。今度は千丸の腕に抱きついている。腕なら誰でもいいモードみたいだ。
「とりあえず、なんか食い物を適当に買って、ビルの隙間からでも見える場所を確保しようか」
隅田川花火大会は正面切って見えるような場所は、屋形船か周囲のマンションからだけだ。一般市民はビルの隙間から見るのが隅田川花火大会。同じ花火大会に行くのなら、もっと広い河川敷のある場所に行けばいいのに、と毎年思うだのが、このお祭り騒ぎが千景には楽しいものに感じるらしい。
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