第2話 引っ越し
「今日はこれで帰るのか?」
「吉原くんは何時までだっけ?」
「17:30までだな」
「あと1時間あるね。じゃあ、待ってる」
「そうか。分かった」
「お前ら、登校も下校も一緒なのになんで付き合わないんだ?」
「またその話題か。神名峰がまた騒ぐからその話題は図書室ではやめておけよ。ほらまた……」
千丸がこちらを睨んでいる。うるさいと言っているようだが、図書室では静かにしなさい、という図書委員長的なものじゃなくて、まぁ、自分の読書を邪魔されたくない、って方なんだろうな。
「吉原さん。なんでいつも下校は私に付いてくるのですか」
「同じ下校時刻に同じ方向だからじゃないのか?」
千丸は僕たちの家より少し先だ。僕の家も近いから必然的に同じ方向に帰ることになる。千丸は高校に入る少し前に引っ越してきたので、幼なじみ、というわけではない。
「千景はいいのか?」
「千景さんは私の町内会と同じですから。当然なんだと思います」
「そうか。それなら仕方がないな。その当然と一緒に帰ってる僕もセットになる」
「はぁ。もういいです。この話もし飽きました。それはごきげんよう!」
千丸は一足先に少し先、といっても三軒先の自宅に入っていった。僕の家の隣に住んでいるの千景もそれに続く。
「今日もいつもと変わらない一日だったなぁ。ただいまー」
家に帰って晩御飯を食べて、お風呂に入って、自室に入ったところでいつものように着信がある。
「吉原様?お戻りになりまして?神名峰でございます」
「いや、着信名で分かってるから。で、今日はなんの話題だ?千景と千丸の話はし飽きたぞ」
「いえ、今日はそのお話ではなく。少々重要なお話がございまして」
やけに改まった口調だ。いつもの神名峰の様子ではない。まさか転校するとか!?
「それは残念だ。寂しくなるな」
「まだなにも言ってませんわ!?」
「そうか。で?」
「引っ越します」
「なんだやっぱり転校か。残念だ。寂しくなるな」
「ですから。転校ではございませんの。吉原様の隣のマンションに引っ越すのです」
「そうか。隣のマンションか。いつ引っ越してくるんだ?」
「もうちょっと反応があってもよろしいのでは!?ええ!?本当に!?とか、それはめでたい!とかあるでしょう!?」
「そうだな。騒がしいが2倍になる程度には思っているぞ。このことは千景と千丸は知っているのか?」
千丸は神名峰のことが嫌いだ。多分。千景は別になんとも思っていないだろうが、神名峰が勝手にライバル心を燃やしているから一応、知っておいたほうがいいと思う。
「伝えておりませんわ。そもそもあの2人には関係のないことですわ。私と吉原様の関係が一層深まる、というだけのお話ですわ」
これのどこが淑女なのか。猛獣そのものじゃないか。
「まさかとは思うけど、僕のために引っ越してくるわけじゃないよな?」
「なにを仰るのです。そのために決まってますわ。引っ越すのは私だけですわ。ひとり暮らしなのでいつでも吉原様をお迎えする準備は整ってますの」
訂正しよう。獰猛な猛獣だ。
「そうか」
「ですから!なんでそんなに反応が薄いのでしょうか!?」
「そうだな。騒がしいが5倍程度になるな」
「先ほどよりも増えていらっしゃらない!?」
かくして、神名峰が僕の家の隣に引っ越してきたわけだが。この行動力は正直すごいと思う。許可をする親もすごいが。
「で。吉原様。これは一体どういうことですの?」
「吉原、もうちょっとそっちにいけよ。狭い」
「あなた達が押しかけるからですわ!?」
「で、なんで私まで呼ばれてるの。図書員の大事な打ち合わせって聞いたんだけども」
「いつもの図書室メンバーだろ。大事な打ち合わせだ」
「へぇ。葵ちゃん、ここに引っ越してきたんだ~。これからお家も近くなるしよろしくね」
「私は貴女とよろしくするために引っ越してきたのではないのですわ!?」
「よーし。揃ったな。引っ越しパーティーやろう。神名峰、別にいいじゃないか。パーティーは賑やかにやるものだ」
ワンルームに5人も集まると少々狭い。かわいい楕円形のテーブルの周りに輪になって座り、買ってきたお菓子やらジュースを載せたら机の上も満員になってしまった。
「でさ。神名峰。こんなのよく両親が許したな」
「はぁ。両親は横浜に引っ越したのですわ。それで私も一緒に、と言われたのですが片道2時間の通学は少々厳しく……」
「転校すればよかったんじゃねぇの?」
「久保様はお黙りになっていただけます!?」
「それは、吉原様と別れるのが私にとって受け入れがたい事だったからですわ。こんなにお慕い申し上げているのに」
「吉原。愛されているな。お前の家、一部屋余ってるだろ。そこに住まわせてやれば家賃もかからないし良いんじゃないか?」
「それは妙案ですわ!!是非よろしくお願いいたしますわ!ああ、吉原様のご両親にもご挨拶にお伺いしないとですね。でも急にお仕掛けたらお邪魔になりますし……」
「騒がしいが1億倍になるな」
「更に増えてますわ!?」
「で、私はここに居る意味はあるのかしら」
千丸がイライラした様子でさっきからポテトチップスを無言で食べている。千景が差し出したウェッティッシュで手を拭きながら発言したのだが。
「千丸。まずは食べ終わってからにしような?生真面目が泣くぞ」
「私、いつから生真面目になったのかしら。あと、その呼び方はやめてって言ってるでしょ。私は定峰」
「千丸ちゃんのほうがかわいいよ?」
なんの屈託のない顔で千景がそんなことを言うものだから、千丸も諦め顔でため息をついて、再びポテトチップスを食べ始めた。
「ま、何にしても引っ越しはめでたいものだろ。蕎麦はないけど」
そういえばなんで引っ越しには蕎麦なのか。まぁ、そんなことはどうでもいいか。それにしても、今後は更に賑やかになりそうだ。
「それで吉原様?今週末のことなんですけど、花火大会、ご一緒して下さる?」
「ああ。昨日言っていたやつか。あれ、すごく混むだろ」
夏休みに入ってすぐに引っ越し。今週末には超混雑するので有名な隅田川花火大会だ。去年も行って散々な目にあったイベントなので、今回はなんとか回避しようと思ったのだが……。
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