第17話 (大詰)附け打ち、顔見世・野外歌舞伎に参加

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 タクシーか徒歩か迷って、結局そのどちらでもない選択肢を取った。

 つまり、走る事にしたのだ。

 二月の歌舞伎マラソンに参加して以来、僕は走る快感に目覚めた。

 徒歩でも十分はかからない。

 祇園商店街を真っすぐに東の八坂神社に向けて走り出した。

 十二月の観光オフシーズンでも外国人観光客が増えた。

 彼らの歩みは当然遅く、時には立ち止まり、写真を撮る。

 その波をかき分けて、走った。

 八坂神社左の緩やかな坂道を駈け上がり、円山公園の外に出る。

 突然、知恩院の三門がにゅうっと大きな顔をさらけ出した。

 今夜は、野外歌舞伎公演のために、三門の周りには、最新ムービングライト百八台が、様々な色を出しながら、ライトの首を左右前後に規則正しく振り続けていた。

 何故百八台かと云うと、人間の煩悩と同じ数にしたそうだ。

 照明プランナーの笠置さんも、同じ数の煩悩を抱えているのだろうかとふと思った。

(仕事)(家庭)(貯蓄)(女)(彼女)(愛人)(小指)ぐらいしか思い浮かばない。

 花道は、Tの字に作られていた。

 あの急激な石段は、客席になっており、周囲を幾つかのイントレが組まれて、ライトが照らされていた。

 温風タワーが左右奥の六か所に設置されて、温かい空気が覆っていた。

 予想をはるかに越えて、温かい。

 そして一番温かいのは、お客様のこころだと僕は思った。

 予定時刻をはるかに遅くなっていても、誰一人、文句も云わずに待っていた。

「お客様にご案内申し上げます。只今、上演に必要な機械のトラブルで、(勧進帳)の開演が遅れております。もう暫くお待ち下さいませ」

 三門を駈け上がると、京都タツミ舞台の棟梁、(若頭)こと沢田三治さんが、腕組みして、仁王様の化身のように中央に立っていた。

「おう、待ってたぜ若人、東山!」

「お待たせしました」

「今から、三門上がれ!」

「さ、三門上がるんですか」

 息を荒く吐きながら、三門を見上げた。

 ムービングライトの光で、青から、赤に代わろうとしていた。

「附け打ちの控室は、三門の中にある」

「はあ・・・」

「場所がなかったんや」

 角度八十度はある、急激な階段を登る。

 左右に手すりとロープがついていた。

 上がると、薄暗い明かりの中に、十六羅漢像が浮かび上がる。

 その中に堀川さんと走之助の二人がぼんやりと浮かんだ。

 走之助さんは、勧進帳、片岡八郎役の扮装だった。

 二人とも正座していて、まるで三門で修行してるみたいだった。

「おっ、来たか」

 堀川さんは、僕の顔を見ると慌ただしく、手を振った。

「お早うございます」

「挨拶はいい。お前すぐに着替えろ」

 堀川さんは、ぽんと目の前に附け打ちの正装である、黒の着流し、仙台平縞模様の裁着け袴、黒足袋一式を前に出した。

「これからの流れは、走之助さんに聞いてくれ。俺は竹嶋屋の楽屋に行って来る」

 すくっと立つと堀川さんは、慌ただしく階段を下りて行った。

 着替えながら、僕は事情を走之助さんから聞いた。

 勧進帳、富樫左衛門役に出演する、人間国宝歌舞伎役者の堺田宗十郎(山鴫屋やましぎや)が、急に体調を崩して、今楽屋で休んでいる事。

 時間つなぎで、今から走之助と二人で舞台に出て、何かやって時間を稼ぐ事

 勧進帳を中止にするか、どうか今は思案中である。

 これが、今回の流れだった。

 僕が着替えていると、頭取の鴨田さんが上がって来た。

「ご苦労様です」

「あっ鴨田さん、山鴫屋さんはどんな感じですか」

「今すぐ、救急車呼ぶとこまでは行ってない」

「それはよかった」

「でも富樫左衛門で出るのは無理だ」

「じゃあ中止ですか」

「それは、今、奥役(歌舞伎プロデューサー)らが竹嶋屋と相談してる。とにかく舞台に出てくれ。何もなくてこのままお客様を待たすわけにはいかないから」

「わかりました」

 打ち合わせも何もやる暇もなく、僕は走之助と舞台に出る事に決めた。

 附け打ちとつけ析は持って出るつもりでいた。

 出る前に、僕は肌身離さず持っているもの、今は亡き大道具の沢田秀也さんから貰った檜のコースターと、鳴滝清子さんから貰った勾玉をぎゅっと握りしめた。

(この二つが、守ってくれる)

 本番前、ある歌舞伎役者はおまじないで、手のひらに「人」の文字を書いてそれを呑みこむ仕草をする。

(人を呑む)に引っ掛けているのだ。

 音響の新川真由子が、素早く僕らにピンマイクとワイヤレスイヤホンを取り付けた。

「進行は、私が、レシーバーで云います」

「つまり、イヤホンで聞こえるんですね」

 僕は確認した。

「そうです」

 照明ステージ係の笠置は、ハンドレシーバーで、

「上手から附け打ち東山さん、片山走之助さん出ます」

 と、がなった。

「了解」「了解」

 調光室担当岩倉椿さんとセンタースポットチーフ上桂寛子さんの声だった。

「よっしゃ!ライトと客の罵声も浴びて来い!」

 真由子さんが手荒に僕らの尻を叩いて見送ってくれた。

「じゃあ、出よう」

 僕は、ぽんと走之助の肩を叩いた。

 すると突然、後ろから僕の肩を叩く人がいた。

 驚いて、振り返ると義太夫三味線弾きの、矢澤竹也師匠だった。

 一本目の「女殺し油地獄」の出番を終えて、帰らずそのまま残っていた。

「おきばりやす」

 にこっとほほ笑んでくれた。

「東山君も走之助坊ちゃまも大分緊張してますなあ」

 竹也師匠は僕らの顔を交互に眺めながら云った。

「わかりますか」

「はいなあ。けど心配せんでよろしい。人生台本通りです」

「人生台本通り?」

 僕と走之助はお互いに顔を見合わせて反すうした。

「そうです。人生、危機一髪、絶体絶命の場面が多々あります。けどそれもこれも全て予め神様が用意してくれた人生台本なんです。私らは、それを忠実に一ページずつめくりながら、人生を歩むだけなんです」

「はあ、そうですかあ」

 僕も走之助も、半場理解して、半場理解する脳が凍結していた。

「人生台本通り!元気で行ってらっしゃい!」

 竹也師匠は、力強く僕ら二人の肩を強く叩き送り出してくれた。

 その力で、僕と走之助が舞台に出た。

 上手、下手、客席奥の仮設イントレに吊られていた、1・5kWFQライト合計45台が一斉に、ゲージを上げた。

 目つぶしのように、光の洪水とシャワーが一気に僕の身体を包み込み、さらに突き刺すぐらいの勢いで、取り巻いていた。

 センタースポット、クセノン2キロワットスポットライトを全身に浴びた。

 一気に体温が上がった。

 センタースポットライトを操作していた、上桂寛子らが、そのエリアの関係で、あぐらから腹ばいになって操作していたのが、一瞬目の中に飛び込んで来た。

 場内アナウンスもなく、突然僕らが出たので、客席の反応は複雑だった。

 正直、僕も走之助もそんなに有名ではなかった。

 有名度合いで行けば、全国各地で附け打ちのワークショップを開いている尾崎さんや、附け打ちの中で唯一の人間国宝、清水元助さんの方が数段認知度が高い。

(一体、誰が出て来たんだ)の突き刺さる視線を如実に浴びた。

 上手下手袖を見ると、大道具、小道具、衣装、床山、鴨田頭取、三治さんら、裏方オールメンバーが、馬乗りになって、団子状態でこちらを見ていた。

 イヤホンをつけている人達だけ、僕らを見ながら大きくうなづいていた。

 後で、わかった事だがこの突発出来事に関西イヤホンガイドの高川きみこは、録音されたものをスイッチ入り切りから、マイクでじかで僕らの紹介をしてくれた。

 さすがに、走之助が、附け打ちの練習をしている事までは云ってなかったけれど。

「初めまして。附け打ちの東山トビオです」

「歌舞伎役者の片山走之助です」

「彼の父上が、竹嶋屋の片山富蔵さんです」

 僕が説明すると、場内のあちこちで、

「ああ、そうか」などの反応の空気が広まった。

 それは、雪解け水のように、場内を一気に「緊張」「不安」の冷気を溶かす、絶大な効果があったように見受けられた。

 この機転が大きかった。

 僕らは、氷の世界から、雪解けの早春の道を歩く感じで場内の空気を吸って、前へ進めた。

「附け打ちと、歌舞伎は切っても切れない感じでして、第一部の女殺し油地獄でも見ていただいたと思います」

「そうです」

「走之助さん、実は密かに、歌舞伎役者やりながら、附け打ちも出来るよう、練習して来ました」

「歌舞伎界の二刀流、大谷翔平とは僕の事です」

 ここで、どっと笑いの大波が舞台まで押し寄せた。

 この一つの笑いで僕らも、大いに力が抜けた。

「では、ここで早速やって貰いましょう」

 走之助が、つけ板を下に置いた。

 正面を向いた。

 本来、附け打ちは、上手袖で、横で打つ。

 今回は、真正面で正座した。

「つけ析は、白樫。つけ板は欅(けやき)で出来ています」

 皆にわかるように、走之助は、つけ板とつけ析を手に持ち、上に掲げる。

「つけは、役者が何かを落とした時のものにも、つけ音が入ります」

 僕は、懐にあった秀也さんから貰った、檜のコースターを落とした。

「パタ」

 まさか、こんな所で役に立つとは、思いもしなかった。

 きっと今頃、この知恩院のどこかで、苦笑しているに違いない。

「次に、役者の走りの動作にもつきます」

 僕はどうしても、目の前に広がる、Tの字の花道を歩いて見たかった。

 だから、こんな台詞が口から出たのだろう。

 ゆっくりと歩き始める。

 Tの付け根まで行く。

 戻る時は、少し早く歩く感じで戻った。

「パタパタ、パタパタ、パタパタ」

 走之助のつけが、知恩院の野外歌舞伎の舞台に響く。

 正直、そちらのつけもやりたかった。

 知恩院野外歌舞伎公演なんて、そうあるものではない。

 ひょっとしたら、もうないかもしれない。

 そんな貴重な体験なんだから。

「走之助さん、勧進帳の支度で、先にはけます(退場する)」

 舞台袖に待機する関西狂言方(舞台監督)堀内さんの声が、いきなり僕らの耳に飛び込んで来た。

 これがベテラン司会者なら、喋りながら、あるいは動きを止めずに、自然な流れの中で聞いていられるが、僕らはその辺は、全くの素人だった。

 聞いている間、僕らは、素に戻り、動きも全く止まっていた。

 客席から見れば、二人の突然の「止まり」に戸惑った事だろう。

「はい」

「東山さんは、居残り。矢澤竹也師匠出ます。適当にMC(司会進行)で」

 続いで第二の指令が飛び込んで来た。

「じゃあ、私は、支度がありますので」

 走之助が、あっさり上手に引っ込んだ。

「片山走之助さんでした!皆さん、お見送り下さい」

 客席から盛大な拍手が巻き起こった。

 入れ違いに、竹也師匠が出て来た。

 手に、四角い太鼓のようなものを持っていた。

「義太夫三味線奏者の矢澤竹也師匠です!」

「どうも。矢澤竹也です」

「歌舞伎とは、縁の深い、義太夫三味線なんですが。竹也師匠、今日は、三味線じゃなくて、どうして太鼓なんですか」

「東山さん、実はこれ、太鼓じゃありません。三味線です」

 竹也さんは、右手で四角いものを高々と上げた。

「でも、師匠、三味線の棹がないです」

「はい、じゃあこれからお見せします」

 ここで、上手袖から歌舞伎狂言方の堀内が、黒子の姿で小さな机を持って来た。

「黒子さんが折角持って来たので、この机の上で説明します」

「では、お願いします」

「まず普通の三味線は、棹の所が、分かれます」

「それさえ知らない人もいます。僕もこの附け打ちの世界に入るまで知りませんでした」

「で、この一見太鼓のようなものですが・・・」

「師匠、これ、三味線の胴の部分なんですね。今、気づきました」

「はい。で、この皮の所をこのようにスライド出来るんです」

 一台のドローンカメラが、空中から三味線組み立て作業を撮っていた。

 それが、降りて来た、舞台袖のスクリーンに映し出された。

 胴の部分は、表の皮がスライドして、中から、バラバラの棹が出て来た。

 客席から、小さなどよめきと大きな好奇心が同時に生まれた。

「つまり、この三味線の胴の中が収納スペースになってたんです」

「これ、面白い!これだったら、片手でどこでも持ち運び出来ますね」

 僕が感想を述べてる間に、竹也さんは段取りよく、棹を繋ぎ、糸を張り、あっと云う間に三味線の組み立てを行った。

「師匠、三味線の皮は何で出来てるんですか」

「普通は、犬、猫ですが、これは違います」

「何ですか」

「何だと思いますか」

 正解を知っていたが、進行上ここは、一度ぼけた方がいいと思った。

「狸ですか?」

「はい、ポンポコリン!正解!な、わけない!」

「何ですか。教えて下さい」

「はい、これ、カンガルーなんです」

「あっ、竹也師匠、二月の歌舞伎マラソンの時、カンガルー三味線背中にしょってましたね」

「そうです。私とカンガルーは相性がいいんです」

「折角なので、何か一曲お願いします」

「私は、流しか!」

「流し、三味線弾き!」

 調律始めていると、

「OK。引っ込んで下さい」

 堀内さんから、イヤホンに指令が届いた。

「師匠、誠に残念です。どうやら、機械のトラブル直ったみたいです」

「残念です。じゃあこの続きは、私の町家ライブでやりますので、皆さんぜひお越しください」

「富樫は代役。名前は秘密」

 続いて、堀内さんの言葉に、一瞬僕は言葉を失った。

 しかし、すぐに気を取り直して、

「これらから始まる、勧進帳。本来富樫役は、堺田宗十郎さんがなさいますが、急きょ代役で行います」

「誰、代役は?」

「代役の、その名前は!」

「誰ですか」

「見てのお楽しみです!」

 僕らは、引っ込んだ。

 すぐに場内アナウンスが入った。

「お客様にお知らせいたします。本日勧進帳、富樫左衛門役の堺田宗十郎、体調不良のために休演いたします」

 場内が、大きくざわついた。

「そしたら、誰、代役?」

「代役誰なん」

「山鴫屋さん、大丈夫なんかなあ」

  場内のあちこちで、客のつぶやきが漏れ始めた。

「誰なんですか、代役は」

 上手袖に引き込むと、僕は堀川さんに聞いた。

「見たらわかる。それよりお前、着替えるなよ。その恰好で最後、出るからな」

「えっ、嘘でしょう」

「こんな緊急事態に、嘘なんかつけるか!つけるのは、つけ音だけ」

 走之助は、出番なので花道の揚げ幕に向かっていた。

 

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 堀川さんの説明は、こうだ。

 勧進帳のつけは、通常、六方の引き込みの前にある。

 弁慶の引き込みでの六方で、つけは入らない。

 しかし、今回つけを入れる。しかも三方向から。

「三つも!上手、下手、あと一つはどこからですか」

「さあ、どこでしょうか?」

「残りは、ひょっとして花道ですか」

「さあどうでしょう。お前はとにかく、下手でスタンバイ。俺と同時に舞台端に出る。わかったな」

「わかりました。堀川さん質問です」

「何だよ、早くしろ」

「その三つ目のつけは、誰なんですか」

「国宝さんに決まってるだろう」

「出来るんですか?」

「出来るかどうか、それは本人次第」

 前代未聞の三人同時附け打ち。

 前代未聞の、勧進帳六方での引き込みでの附け打ち。

 これは、今、目の前にいるお客様にもわかってない事だ。

 そんな事より、富樫左衛門の代役だ。

 堺田宗十郎休演は場内放送されたが、代役の名前は云わなかった。

(ひょっとして、なしでやるのか)

 いや、それは絶対に考えられない。

 富樫左衛門、義経、弁慶三人が揃っての勧進帳なのだ。

 誰一人、欠けてはならない。

 場内のあちこちで、

「そしたら、富樫左衛門誰?」

 のささやきが立ち、それは、大きなざわめきとなって、場内の隅々まで打ち寄せた。

 緞帳はない。

 ゆっくりと仮設定式幕が開く。

 析頭一つ。

 舞台の明かりが入る。

 全ての照明のゲージ(感度)が、五十から、ゆっくりと百になった。

 富樫左衛門が出て来た。

 一瞬、場内は静まり返った。

 各自、誰なのか確認する時間、「間」だった。

「うそ?」

「本当?」

「えっ、どう云う事なの」

「南座に出てたはずでしょう」

 場内のささやきは、次第に大きくなり、そして次に拍手に変わった。

「有田屋!」

 大向こうの掛け声で、各自半信半疑が、確信に変わった。

 今、富樫左衛門を勤めているのは、有田屋、有田鯨蔵だと云う事を。

(そうか、それで急がせたんだ)

「鳴神」を出来るだけ、早く終わらせた、鯨蔵は、その衣装のまますぐに、知恩院に向かった。

 鯨蔵は、堺田宗十郎が倒れた一報を受けて、すぐに自分が代役をやる事を志願したらしい。

 五年前の「松竹座・風呂場窓ガラス突き刺さり事件」以来、二人の共演は途絶えていた。

 竹嶋屋は、待っているお客様の事を、自分の好き嫌いよりも優先させたのだ。

 すでに多くの客は、三左衛門と鯨蔵との確執を知っていた。

 スマホで検索すれば、数千のサイトが出て来て、この事件の詳細を知る事が出来る。

 ほぼ同時刻に、ツイッターには、両者の事を報じるつぶやきが席巻した。

「知恩院野外歌舞伎公演(勧進帳に)に急遽鯨蔵出演!」

「三左衛門と鯨蔵とはNGじゃなかったの?」

「風呂場ガラス突き刺さり事件以来、駄目でした」

「よく、三左衛門がOKしたな!」

「よくぞ堺田宗十郎さん降板してくれました(笑)?」

「二人仲直りさせるための演出だったりして!」

「山鴫屋なら、やりかねない!」

「知恩院で、今見てるお客様が羨ましい!」

「これは、劇的な和解かも」

「いや、一夜限りでしょう」


 情報社会である。

 鯨蔵が舞台に出て十秒後には、ツイッターにアップ記事が出た。

 そして一時間もしたら、およそ数万のサイトがアップされて、全世界に発信されるのだ。

 日本人は、歌舞伎とか相撲とか伝統芸能関係の記事は、日本だけと思っている。

 大きな勘違いで、リアルタイムで映像が世界に流れる。

 世界の歌舞伎ファンも三左衛門と鯨蔵との確執は知っているのだ。

 左右に分かれた花道から、源判官義経、亀井六郎、片岡八郎(片山走之助)、駿河次郎、常陸坊海尊、武蔵坊弁慶(片山三左衛門)が出て来る。

 弁慶役の片山三左衛門が出て来ると、ひと際拍手が大きくなり、雪崩を起こした氷壁のように、怒涛の如く、客席を席巻した。

 鯨蔵が、勧進帳で富樫左衛門役をやるのも初めてだった。

 二人が野外歌舞伎公演で、共演するのも初めて。

 二人の共演は、その風呂場事件以来だから、五年は経過していた。

「竹嶋屋!」

 と三左衛門の屋号の大向こうが起これば、負けじと、

「有田屋!」

 今度は、有田鯨蔵の屋号が飛ぶ。

 場内に、「竹嶋屋」「有田屋」の二つの屋号が、同時に聞こえた。

 これも久し振りだった。

 僕は、舞台を見ながら国宝さんは、一体どこからつけを打つのだろうかと考えた。

 堀川さんは、花道のつけ際とは云わなかった。

(じゃあ、何処なんだ)

 全くわからなかった。

 わからないからこそ、余計歯がゆい。

「そんな事、考える暇あったら、六方のつけを考えろ」

 と堀川さんに怒られそうだ。

 それと、尾崎さんの姿が見えない。

 僕は、三門の中にある附け打ちの控室に戻るのが、邪魔くさいので、そのまま下手袖で待機、待っていた。

 研究熱心な尾崎さんの事だ。

 客席の後ろか、照明のセンタースポットライトがある、イントレに登って見ているのかもしれない。

 客席内に設置された温風タワーの影響で、寒くは感じなかった。

 むしろ、暑いぐらいだ。

 客席には、寒さ対策として全席座布団、使い捨てカイロ、ひざ掛けが用意されていた。

 また当日、雨・雪対策でビニールカッパ、傘が用意されたが、これは無駄になった。

 天気だけは、一週間前でやっとわかる。

 しかもその予報が外れる可能性がある。

 だから無駄になった(結果的)が、事前に用意する必要があった。

 温風で、階段左右の樹木が揺れていた。

 三門は、外界との境界線とも云われていた。

 それより内側は、仏の世界である。

 しかし、今、その内側で、歌舞伎と云われる「俗世間」の極みが上演されていた。

 何だか不思議な気持ちだった。


 いよいよ、弁慶の舞いが始まる。

 もうすぐ、幕が閉まる。

 弁慶らは、一行を手でせかして、花道へ行かせる。

 富樫左衛門らに一礼して、花道つけ際に向かう。

 僕と堀川さんはそれぞれ上手下手袖から出て来る。

 堀川さんはすでにつけ板は、置いていたが僕は下手には置いてなかったので、つけ板を持って登場した。

 附け打ちが上手下手と二人も出て来たので、場内はざわついた。

 鳴り物の音、笛、三味線、鼓合奏のせわしない音の連鎖が、いやでも盛り上げる。

 いよいよ、メーンイベントあの、弁慶の六方の引き込みだった。

 ここで通常なら、定式幕が閉まる。

 しかし、弁慶がつけ際に行っても、定式幕は閉まらない。

(あれ、大道具係の閉め忘れか?)と思った。

 すると次の瞬間、弁慶役の片山三左衛門、富樫左衛門役の有田鯨蔵が、客席に向かって深々と一礼を始めた。

 奥の赤毛氈を敷き詰めた、三段の長い山台に座った長唄お囃子連中も同時に頭を下げた。

 上手を見ると堀川さんも態勢を客席に向けて深々と一礼をした。

 それを見て僕も、慌てて頭を下げた。

 さらに通路前で案内チーフ藤森理香ら案内係も同時に頭を下げた。

 弁慶の一礼は、役者、演劇評論家の間でも諸説あった。

(観客への一礼)

(関所を通してくれた、富樫左衛門の寛大なこころへの感謝の一礼)

(自分のこころへの一礼)

 今、この知恩院での勧進帳の礼は、決まっていた。

 トラブルで上演を待たせたお客様への一礼だった。

 そして僕は続いて思った。

 弁慶役の片山三左衛門は、堺田宗十郎の体調不良による降板の絶対ピンチを代役を名乗り出た、有田鯨蔵への感謝の気持ちだったのではないだろうか。

 観客の熱狂度はさらにアップした。

 拍手の嵐は、収まらない。

 その嵐は、知恩院、三門を凌駕した。

 六方の前に、金剛杖を軽く振り回す。

 堀川さんのつけ音が軽く入る。

 さあ、弁慶の引き込みだ!

 僕はつけ析を握り直した。

 弁慶は、上半身を反り、大きく右手を広げて振り回す。

「パタパタ、パタパタ、パタパタ」

 あれっと思った。

 僕と堀川さんのつけ音の他に、もう一か所からつけ音が聞こえる。

 客席から見ると舞台後方の上の方だ。

 三門下のムービングライト上手下手それぞれ二台ずつ、グインと頭を振って上を当てた。

 僕は、つけ音とムービングライトの投射角度で全てがわかった。

 

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(三門の上から、国宝さんがつけを打っている!)

 後でわかったが、その国宝さんと向かい合い形で尾崎さんのつけ音も入っていたのだ!)

 高齢の国宝さん(95歳)が、三門からつけを打つのは、大変危険であった。

 介添え役で尾崎さんがついていた。

 もし仮に国宝さんがつけを打てなくなっても、代役が務められる。

 そう云う構成だったのだ。

 全て三左衛門さんのアイデアだった。

(やられた!)と思った。

 しかし、心地よい騙され感覚だった。

「パタパタ、パタパタ、パタパタ」

 弁慶の引き込みに合わせての国宝さん、堀内さん、尾崎さん、そして僕の四人のつけ音が同時にこの京都東山の知恩院三門の夜空に響く。

 もちろん、附け打ち、いや歌舞伎史上初の出来事だった。

 場内から六方に合わせての手拍子が始まる。

 最近行われるようになった儀式だ。

 これを嫌がる役者、常連客がいる。

 何故役者が嫌がるかと云うと、その手拍子が一定でなくて、段々早くなるのだ。

 これは、観劇している客の心理で、興奮して来て同時に手拍子もどんどん早くなる。

 すると六方の間合いを読む役者は、その呼吸、リズムが崩れるのだ。

 果たして、三左衛門さんはどうなのだろうか。

 僕ら附け打ちも同じだった。

 拍手、手拍子に惑わされない。役者の六方を邪魔しない。

 この大原則をこころに刻み込んでつけを打ち続けた。

「パタパタ、パタパタ、パタパタ」

 国宝さん、堀内さん、尾崎さん、僕の四人のつけ音がこの知恩院三門に鳴り響く。

 もちろん歌舞伎史上初の出来事だった。

 弁慶は、Tの字の花道を下手に曲がった。

 それを見届けて、ゆっくりと定式幕が閉まった。

 上手にいた堀川さんが僕に、

(そのまま、そこにいろ)と手で舞台を指さしてゼスチャーした。

 見ると鯨蔵さんも後ろに居並ぶ長唄、お囃子連中も山台から降りずにそのままの態勢を取った。

 観客の数人が立ち上がった。

 もちろん帰るためではない。

 演じた、役者、裏方への感謝の起立での拍手。

 スタンディングオベーションである。

 案内が制止しようと通路を走り出す。

 しかし、観客の起立の数の勢いの方が速かった。

 みるみるうちに、客席の大半が立っていた。

 古典歌舞伎には、カーテンコールは存在しない。

 決してやらない。それが大原則だった。

 そんな事は、大半の観客はわかっていた。わかったうえでの拍手であり、起立だった。

 花道の揚げ幕と定式幕を見つめる。

 祈りが通じたのだろうか。

 定式幕が開き、揚げ幕から三左衛門さんが出て来るのが同時だった。

「あくで、あくで!」

 照明・ステージ係の笠置は、ハンドレシーバーで絶叫した。

 余りにも興奮していたのか、定式幕が開いても舞台にいた。

 はっと気づいて慌てて袖に引っ込もうとした時、すべってこけた。

「こらっ!こけるって 縁起でもない!ほんまにこの男は、どうしようもない奴や。こらっ何とか云え!」

 大道具棟梁の沢田三治さんが一喝した。

「しっちゃかめっちゃかでした」

「笠置、まだ云うか」

 三治さんが半分笑いながら答えた。

 三左衛門さんが舞台中央に立った。

 ミキサーの新川真由子が走って舞台に出てハンドマイクを渡した。

 袖に引っ込もうとして、笠置と同じようにこけた。

「ダブルかよ!」

 鯨蔵がすかさず、突っ込んだ。

「何してんねん!」

 さっきこけたばかりの笠置だったが、自分のミスはすぐに忘れる、得技を持っていた。

 どっと客席が沸いた。

「皆さん、有難うございました」

 再び拍手が起こる。

 その拍手の大波が、小波になるのを待つ。

 その間に自分の呼吸を整えようと、大きく何度も肩を大波のように揺らすのが、僕のいる下手袖からもよく見える。

 勧進帳の衣装も重い。

 早く脱ぎたいはずだ。

 三左衛門の顔にも、汗の花が満開だった。

「富樫左衛門役の、堺田宗十郎さんが体調不良で降板しました。今、先程病院からの連絡で、無事だと。本人いわく、

(私は生きてます。死んでません)だそうです」

「よかったねえ!」

 すかさず、客席から喜びの野次が飛んだ。

「ほんま、よかった。それから、この緊急事態に南座顔見世(鳴神)上演を終えたばかりの有田鯨蔵くんが、私の窮地を救うために駈け付けてくれました」

 ここでマイクを鯨蔵に渡した。

「有田鯨蔵です。鳴神上人から富樫左衛門の早替わりは、初役でした」

 客席から大きな笑いが起きた。

 この一言で、興奮から、それを保持した状態となった。

「皆さんの、ご声援有難うございます。アウエイのような場所なので、本当に緊張しました」

「そうやなあ。この関係わからない人は、あとで検索して下さい」

「いやもう知ってるでしょう」

 さらに笑いの波が増幅した。

「有難う!」

 ここで三左衛門は、鯨蔵に向かって握手して抱擁した。

 不思議な光景だった。

「ところで、今年の顔見世からテーマと主題歌が導入して作られました。テーマが(輝け!未来にかぶく)で、主題歌は(都大路)です。

 主題歌が導入されました。今その主題歌を歌う、(いよかん)が駈け付けてくれました!」

 客席が大きくどよめく。

 その響きは、知恩院の三門を揺るがすほどのものだった。

 上手からいよかんの二人が顔を出した。

 ミキサーの新川真由子がマイクスタンド二本持って登場した。

 今度は、こけないように慎重に戻った。

「皆さん、今晩は!。いよかんです」

「いよかんは、歌舞伎マラソンの主題歌も作ったよね」

 鯨蔵が云った。

「有田屋さんの、補足説明有難うございます!会場の皆さんと一緒にこの(都大路)を歌いたいと思います」

 拍手が起こる。

「ただ、ここで歌うのは、何か足りません。そこで後ろにおられる長唄お囃子連中、そして第一部(女殺し油地獄)で義太夫三味線弾きの矢澤竹也さん、ツレ弾き矢澤梅子さん、筝曲、お琴の福本松子さん、鼓は、キャサリンさん入ってのコラボやりたいと思います!皆さんどうぞお入り下さい!」

 矢澤竹也、梅子、松子、キャサリンが出て来た。

「矢澤竹也師匠には、義太夫三味線、お琴の編曲もお願いしました。師匠、大変長らくお待たせしました」

「本当、待ちました。もう帰ろうかと思いました」

 笑いが起きた。

「では、皆さんもご一緒に歌いましょう。今年の南座顔見世の主題歌(都大路)です」

 舞台後方にスクリーンが降りて来た。

 そこに歌詞が映し出される。

 すでに開場前にそれぞれの椅子には、主題歌の歌詞が書かれたチラシも置かれていた。


 南座顔見世・主題歌「都大路」(作詞作曲 いよかん )

           (義太夫三味線編曲 矢沢竹也)

🎶

 鴨川の冬   みやこどり

 比叡おろしの 風受けて

 師走のみやこ 足取り軽く

 まねきの下で 待ち合わせ

 着物姿の   美しさ

 今宵の歌舞伎 かぶくよね

 ああ顔見世や 見ましょうぞ

 ああ顔見世を 楽しませ

 かぶく二人に 後光さす

 かぶく世界に 吉となす


 前奏、間奏で義太夫三味線、お琴、鼓、がメーン演奏となる。

 三門でつけを打っていた国宝さん、尾崎さんも舞台に降りて来た。

 歌が始まる前に、歌詞を書いたカードを南座宣伝部の亀原さんが配ってくれた。

 一列に並んで、弁慶役の三左衛門さんと富樫役の鯨蔵さんが大きく口を開けて歌っていた。

 ただそれだけだけど、何故か可笑しくて、嬉しかった。

 矢澤竹也も東山真美さんもそれぞれ義太夫三味線、お琴を弾きながら歌っていた。

 ツレ弾きの梅子も笑顔を絶やさずに弾いていた。

 見ると、山台の長唄お囃子連中も笑顔を灯していた。

 スクリーンには、間奏で、三左衛門さんが知恩院を下見した様子、大道具、照明、音響の仕込みの様子、南座ロビー、舞台稽古、テレビ中継車、イヤホンガイドの仕込み、12トントラック10台の横づけ、イントレパイプの建設、ムービングライトのテストなどの様子が映し出された。

 観客はそれを見て、如何に野外歌舞伎公演が大変か、どんな作業を経て作られて行くのかが、はっきりとわかった。

 そしてスクリーンに、丸太さんが南座で劇場結婚式を挙げて、三左衛門さんが祝辞をのべているシーンが映し出された。

 そして、祇園バー「マルサン」が映し出された。

 カウンターの中に、三左衛門が入り、カクテルを作っていた。

 それを見て観客は笑い、拍手を送った。

 カウンター席にいた丸太さんが、つけ析を持ってカウンターの机を叩いていた。

 傍らにいた新婦峰子さんが、横で笑っていた。

 高蔦屋百貨店での「附け打ち展」

 南座まねき上げ、三左衛門さんのまねきのクローズアップと国宝さんの附け打ちの連打が映った。


 🎶

 みやこの冬は  賑やかに

 祇園界隈    華やかに

 師走のみやこ  きらめくや

 まねき上げでの 塩マキは

 町衆の夢    携えて

 今宵の歌舞伎  愉快だね

 ああ顔見世や  お祭りだ

 ああ顔見世や  笑み咲かす

 かぶく二人に  未来みち

 かぶく世界に  舞い降りた


 二番目の歌詞、歌が始まると、舞台、客席の明かりがどんどん明るくなった。

 上手、下手、中央のイントレに吊ってあるムービングライトが、舞台、客席をサーチしていた。

 ムービングライトからは、ピンク、赤、黄色、ブルー、紫と色とりどりの光が投射された。

 その色の洪水が観客の顔にかかると、観客の顔が一瞬、一瞬色人間に染まっていた。

 走之助が、僕のそばに来て叫んだ。

「感動しました!国宝さんのつけ、最高です!」

 音楽が大きなボリュームなので、絶叫していた。

「当たり前だ!」

 僕も同じように叫び返した。

「だから、附け打ち修行やめます」

「えっ?」

 僕は、走之助の顔を見つめた。

「あの境地に到底達せません」

「結論出すの早すぎない?」

「いえ、やっぱり歌舞伎っていいなと思ったんです。今回のギリギリの降板劇、代役劇、皆一瞬のものに必死に取り組んでる姿に、目が覚めました」

 もう僕は、何も云わない事にした。

 決意強い走之助の顔に、ムービングライトからの強烈な光の光線が突き刺さる。

 赤色がついた。

 とその時だった。

「ドーン」

 と大きな音がして、三門の後ろから花火が上がったのだ。

「花火!」

 一斉に観客が夜空を見上げる。

「凄い!」

 観客は花火に見とれていた。

 もちろん、本物ではない。

 3D立体花火照明ムービングライトマシンである。

 幾つかの花火が上がり、最後に花火が文字を作った。

「ありがとうございました!また逢いましょう!片山三左衛門」と書かれていた。

 と同時に舞台、客席の頭上から、ひらひらと花吹雪が舞い降りて来た。

 気づくと百八台のドローンから蒔いていたのだ。

 技術革新は、こう云う野外歌舞伎でも、多様な演出を可能にさせたのだ。

 僕は舞い落ちる、桜の花びらを見ながら、一つの出来事が、ぽっと脳裏にろうそくの明かりのように灯った。

 四月の沢田秀也さんの葬儀での附け打ちのシーンだ。

 桜の花びらを舞台に落とすのを得意としていた秀也さんだったので、出棺のそこだけの本物の桜吹雪は、参会者一同、秀也さんが降らしたと錯覚した。

 紙吹雪の正方形ではなくて、桜の花びらの形をしていた。

 同時に客席の頭上にも、百八台のドローンがいつの間にか、飛来していた。

 各ドローンには、小さな雪かごが搭載されていた。

 ドローンの一台に秀也さんの魂が乗り移ったような気がした。

 僕が常に持っている、秀也さんからの遺品、南座の舞台の檜で作った、コースターも熱くなったような気がした。

 三門から「虹」が出た。これは、最新の3D立体虹マシンで今年に入ってラスベガスショーで登場した優れものだった。

 夜空で見ると、本物の虹と区別つかない。

 こちらの方が、自然よりもはっきりと、綺麗だった。

 自然の虹と違うのは、こちらの方は、段々と虹の大きさが大きく広がる事だった。

 最初は知恩院三門の上だけだったのが、時間の経過とともに大きく広がり、今は東山全体をすっぽりと覆うばかりに巨大化していた。

 観客の大きな歓声、拍手、悲鳴が交差した。

 最新テクノロジーは、人間の夢、妄想を具現化していた。

 僕が少し頭を振ると、花びらが落ちて来た。

 手のひらで、受け取った。

 花びらの裏には、小さな文字でこう書かれていた。

「また逢いましょう!まだまだ続くよ!

      ( 舞台にいる男 より ) 」


           ( 終わり )

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