第6話 附け打ち、劇場結婚式に参加!

  ( 1 )


 本日は、お日柄もよく、こうして結婚式を挙げられます。

 こんな目出度い事はありません。

 えっ、東山、ついに結婚!

 誰と!理香?カオル?

 ちょっと待って下さい。

 残念ながら、僕じゃないです。

 えっ、じゃあ誰かって。

 ではここで、順を追ってきちんと説明をしたいと思います。

 スペシャル歌舞伎「ミヤコカケル」は、大盛況のうちに幕を閉じました。

 舞台で犬之助さんは、

「また、戻って来ます。必ず近いうちに。だって私は、皆さん、南座、そしてこの京都の町が大好きだから!」

 と声を高らかに張り上げて宣言した。

 翌日、国宝さんは、附け打ち全員を、京都清水寺近くの自邸に集合をかけた。

 附け打ちは、一か月公演で、劇場に張り付け状態になる。

 古典歌舞伎の場合になると、一回公演もありませんから、尚更集まりにくい。

 たまたま、今日は、東京新橋演舞場に行っていた尾崎さん、福岡さん、博多座に行っていた丸太さん、ジェフさんも唯一身体が空いている日だった。

 そして南座組の僕と堀川さんの六人。

 この日は、附け打ちグッズのネット販売社長の利恵さんも、昨日から泊まり込みで顔を出した。

 これに国宝さん、妻の五十歳年下の輝美さん、お手伝いの烏丸京子さんの総勢九人が、一階の応接間に集合した。

「皆、忙しいとこすんまへんなあ」

 国宝さんは、ゆっくりと附け打ちメンバーの顔を順番に眺めながら、喋り出した。

「実は、皆に伝えたい事がある」

 ここで、国宝さんは、隣りに座る丸太さんを見た。

 丸太さんは、無言でうなづいた。

「実は、丸太さんやけども、残念やけど、今月を持って附け打ちを卒業なさいます」

「ええええっ!」

 思わず、僕は叫んでしまった。

 尾崎さんや、堀川さんは前もって知っていたらしく、そんなに驚かずに、うなづいていた。

「丸太さん、ではどうぞ」

 国宝さんに云われて丸太さんは話し出した。

「今月末を持って附け打ちをやめます。約四十年弱、附け打ちをやって来ました。でもここらで第二の人生を歩きたいと思いまして、やめる事に決めました」

「やめてどうするんですか。別の仕事やるんですか」

 僕は、辛抱たまらず、口を挟んでしまった。

「東山、まあ最後まで聞きなさい」

 国宝さんが、たしなめた。

「やめる決断を下すまで、私も非常に悩みました。でも、どうしてもやりたい事がみつかりました。それは二つありまして・・・」

 実際その二つの事を聞いた僕は、少し戸惑いと、これは本人の問題でもある。

 人生百年と云われている中で、丸太さんは五十五歳。人生折り返し地点なのかもしれない。

 やりたい事の一つが、結婚だった。

 丸太さんは初婚。

 そのお相手は・・・・それは、これから見て行きましょう。

 あともう一つの事も順番に云って行きます。

 僕ら附け打ち、劇場関係者、案内、照明、大道具などの裏方など全員、今、南座の客席にいた、

 舞台で行われている、出来事と云うか何と云えばいいのだろうか、丸太さんのたっての希望で、南座初の劇場結婚式が行われていた。

 気になる、結婚のお相手なのだが、片山峰子さん。丸太さんと同じ五十五歳。

 祇園バー「マルサン」のママ。

 と云うか、歌舞伎役者、片山三左衛門(竹嶋屋)の実の妹さんである。

 僕は、まだ「マルサン」の店に行った事はないが、祇園界隈では、かなり有名なお店である。

 舞台中央に祭壇が組まれていた。

 神前式結婚・南座バージョンだった。

 南座では、毎月八日が、月次祭で、祇園八坂神社から宮司が来て、屋上のお社で公演の成功、大入り、安全祈願祭が行われる。

 また舞台で、必要に応じて修祓式も行われるが、これも八坂神社さんが担当だった。

 南座、八坂神社さんのご厚意でこれが実現した。

 式の後、祭壇が片付けられて、客席と舞台の特製のテーブルが置かれた。

 京都タツミ舞台の製作である。

 高齢者のために、折り畳み椅子も用意された。

 舞台の中央に、二尺(約六十センチ)高の舞台が作られた。

 箱馬と、平台を使っていた。

 スタンドマイクもあった。

 引き続き、披露宴が行われた。

 見届け人の片山三左衛門が、まず挨拶に立った。

「皆さん、お忙しい中、お集りいただきまして有難うございます。妹がついに結婚しました。長い長い独身生活でした。お相手は、附け打ちの丸太さん。正確には元附け打ちですね。

 丸太さんは、附け打ちをご卒業されまして、明日から妹、峰子がやってます祇園バー(マルサン)を手伝うといいますか、そこのマスターになります」

 僕だけでなく、舞台、客席のあちこちから、驚きの声があがった。

「そうだったんですか」

 僕は小声でつぶやいた。

「そうです。彼は高校時代に、調理師免許免許も、とっていたんです。まあバー開くのにその免許は必要ないですけど」

 尾崎さんが説明してくれた。

「附け打ちのつけ析は二つです。この二つのつけ析、片方が悪くなると、打っても響かないものです。二つがきちんと合わさって、初めていいつけの音が出ます。お二人さんも、このつけ析のように、互いにいたわり合いながら、夫婦のよき音色を響かせて下さい。これからも末永く、皆さんの温かい見守り、お二人の幸、多かれと祈念します」

 三左衛門さんのこころ温まる祝辞だった。

 乾杯の音頭は、国宝さんが担った。

「丸太さんは、口数が少なくて、あまり社交的でない。なのに、こんな名家の別嬪さんを仕留めはった。一回後で、どんな手練手管を使うたか聞きたいですわあ」

 一同から、笑いが起きた。

「何はともあれ、丸太町夫・片山峰子さんの新しい門出と皆さんのご健康を祈念して、乾杯!」

 和やかなうちに、食事が始まった。


    ( 2 )


「さて、ここで、余興タイムの時間です。私、司会進行役の(附け打ちネット販売)をしております、常盤利恵です。よろしくお願いいたします。最初は、附け打ち東山くん、尾崎さん、堀川さんのお三方によります、題して(祝・祝い附け打ち)です。どうぞ!」

 ミニ舞台で僕らは、附け打ちの正装で座っていた。下手から尾崎さん、僕、堀川さんだった。

「丸太さん、峰子さんご結婚おめでとうございます。私ら附け打ち集団からは、祝いの附け打ちを行います。ただ附け打ちでは、芸がないので、二人羽織ならぬ、三人羽織でつけを打たせて貰います」

 僕が真ん中。

 右手のつけ析を尾崎さん、左手のつけ析を堀川さんが持った。

 皆にそれがわかるように、僕の両手は万歳と大きく両手を上に上げたままだった。

「では、祝いの附け打ちです!」

 僕は叫んだ。

 左手のつけ析が、パンと叩かれる。

 次に右手の附け打ち。

 最初はゆっくりと交互に叩かれ始まる。

 附け打ちの、打ち上げが始まる。

 僕の両手は阿波踊りを踊るように、両手の手のひらを左右に回し始めていた。

 右手、左手の息は、ぴったりだった。

 あまりにも見事なので、本当は僕が打っていて、両手を上げているのが尾崎さん、堀川さんだと疑う人もいたはず。

 それを見越して、途中で利恵さんは、羽織を後ろからばさっと取って皆にわかるようにした。

 小さなどよめきと、驚きの空気が辺りに立ち込めた。

「パタパタ、パタパタ、パタパタ」

 拍手が鳴り始めた。

 尾崎さんも堀川さんも、国宝さんがつけを打つ時、こうして片側のつけ析を持って代打ちをやっていた。

 これはかくし芸と云うより、本職に近かった。

 南座で歌舞伎公演は、年末の顔見世を入れて、多くて年に三回ぐらいである。

 国宝さんが、つけを打ったのは、昨年の顔見世の楽日だけである。

 その他の日は、大抵、代打ちだった。 

 丸太さんは、その代打ちが嫌になり、国宝さんに直訴して、その役を降りた。

 それで、僕にもその役が回って来た。

 しかし、この二人のようにはいかない。

「パタパタ、パタパタ、パタパタ、バッタリ」

 終わった。

 盛大な拍手に包まれた。

「では、続きまして、京都タツミ舞台の沢田さん、南座照明課長の笠置さん、お二人によります、(漫才)です。お題は(職務質問)です。ではどうぞ」

 二人が出て来た。


 笠置「どうも、初めまして南座照明部の笠置です」

 沢田「皆、知っとる。何が初めてじゃ」

 笠置「二月の歌舞伎マラソン大変でしたね」

 沢田「俺は、ちっとも大変ちゃう。お前、歌舞伎マラソンに備えて、京都駅から    南座まで走ってたそうやな」

 笠置「そうなんですよ。頑張ってました」

 沢田「お前、普段は自転車やろ」

 笠置「そうです」

 沢田「会社から定期代貰ってて、せこいのう」

 笠置「しーそれ内緒!」

 沢田「しーもごーもない。皆、知っとる」

    客席のあちこちから笑いが漏れた。

 笠置「前々から聞こうと思ってたんですが、沢田さんって風貌からして、あっち    系の人に、間違えられるって、お聞きしましたけど」

 沢田「この前、仕事の打ち合わせで東京行って、警視庁の前通ったんや。警官四    人に取り囲まれてなあ。いきなり、何の用で歩いているて云われてなあ」

 笠置「四人も。しっちゃかめっちゃ」

 (ここで、笠置が警官、沢田が本人役のコント始まる)

 笠置「おい、待て」

 沢田「誰や、お前」

 笠置「しっちゃかめっちゃ警官です」

 沢田「どんな警官や。それにその名前、長すぎて舌かむわあ」

 笠置「どこへ行くんや」

 沢田「ちょっと待て。警視庁勤務やったら、東京弁で喋れ。このどあほ!」

 笠置「どこ行くんだい!てやんでえ!ブラボーめえ」

 沢田「ブラボーめいと違う。べらぼうめえやろう。お前は、舌も頭も回ってない    やんけ」

 笠置「私の質問に、答えておくんなせえよお」

 沢田「お前は、切られ与三郎か。丁度、歌舞伎座でバラシの打ち合わせに行くと    ころじゃ」

 笠置「バラシ?怪しい!どんなバラシだ」

 沢田「しっちゃかめっちゃのバラシです」

 笠置「もうええわあ」

 二人は、引っ込んだ。盛大な拍手だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る