第2話 附け打ち、応援の附け音

 三月の南座若手歌舞伎公演は、大盛況のうちに千穐楽を迎えていた。

 今日は、昼一回公演であった。

 今月、僕は、尾崎さんとコンビを組んでいた。

 現在の附け打ちのメンバーは、

 清水元助(95歳)附け打ち唯一の人間国宝。通称「国宝さん」

 堀川作造(56歳)バツイチ。昨年見合いしたが、振られた。

 尾崎徹夫(46歳)「 附けの会」主宰者でもある

 丸太町夫(55歳) 物静かな人である。

 福岡健太郎(38歳)尾崎さんの後輩。神戸出身

 僕こと、東山トビオ(26歳)昨年より、附け打ちを始める

 ジェフアークエイド(23歳)東山とほぼ同期。

 僕らは、竹松所属ではなくて、PAG(パタパタ・アート・グループ)と云う会社に所属している。

 昨年、附け打ち部門が、正式に会社組織になった。

 基本的には、東京歌舞伎座以外での劇場での附け打ちである。

 東京歌舞伎座には、専属の附け打ちがいるので、この劇場では附け打ちはしない。

 しかし、たまにやる事がある。

 役者からのご指名である。

 現に、有田鯨蔵(有田屋)は、尾崎さんを気に入っており、自分が東京歌舞伎座に出演する時は、必ず指名していた。

 清水元助さんこと国宝さんは、今年に入ってから、もうつけを打たなくなった。

 今年、九五歳の超高齢者である。

 PAGの代表取締役の会長である。

 尾崎さんが社長。堀川さんが専務に就任した。

 年功序列から行けば、堀川さんが社長なのだが、

「俺、社長務める柄でもないし、にんでもない」

 と固く固辞したので、尾崎さんが社長となった。

「俺、最初に云っとくけど、専務になったから、何もせんむ」

 親父ギャグをかましてくれた。

 国宝さんが叩かないので、実質六人で切り盛りしている。

 しかし、絶対的に少ない。

 最低、この倍の人数が欲しい。

 会社のホームページ、尾崎さんのフェイスブック、「つけの会」のホームページなどで、募集はしているが、中々集まらない。

「絶滅危惧種の附け打ち」と尾崎さんは、自虐ギャグでいつも云っていた。

 自嘲気味の中に、半分本気で存続を心配していた。

 僕らの世界には、有給休暇も盆休みも、年末年始の休みはない。

 もちろん、週休二日制なんかも存在しない。

 年に一度か二度、一か月丸々休みがあるが、尾崎さんは、そんな時も積極的に「つけの会」のワークショップを開催している。

 ワークショップとは、全国の自治体などに呼ばれて、附け打ちの歴史とか、体験講座を開き、一般の人々に、附け打ちの認知度を高めて貰うのだ。


「東山君、この後少し時間がありますか」

 公演後、尾崎さんが声をかけた。

「はい。何かありますか」

「実は、お見舞いに行こうと思っています」

「誰のお見舞いですか」

「京都タツミ舞台、沢田三治さんの弟さんです」

 沢田さん、通称「若頭」の弟、沢田秀也さんが、長期入院しているのは、何となく知っていた。

「折角、京都にいるので、行こうと思うんです」

「わかりました。行きましょう」

 お見舞いには、僕らの他に沢田三治棟梁も同行した。

「タクシー、東山お前が拾え。わし、手を挙げても中々止まらん」

 確かに、あの筋の方と間違いそうと云うか、そのものずばりの方の風貌なので、タクシーの運転手も巻き添えを恐れて止まらないのだと思う。

 有名な話がある。

 打ち合わせで、三治棟梁が東京へ行った時。

 たまたま、警視庁の前を通っただけで、五人の警察官に取り囲まれたり、東京滞在中は、職務質問を二日間で五回受けた。

「わかりました」

 南座の前で、僕が手を挙げるとすぐに一台のタクシーが止まった。

 尾崎さん、僕、そして最後の三治棟梁の順番で後部座席に座った。

 運転手は、三人目の三治さんを見て顔色を変えた。

「ど、どちらまで」

 声が固まっていた。

「御所病院まで」

 御所病院は、京都御所の東側にある、歴史ある病院である。

「今日のバラシ、手間取りやがって」

 大道具の片づけ、解体を僕らの世界では「バラシ」と呼んでいる。

 でも運転手は、何か完全に勘違いしているようで、バックミラーで何度も三治さんを見ていた。

「ああ云うもんは、ちゃっちゃと段取りよお、バラシやらんとなあ」

「確かに手間取ってましたね、今日は」

 尾崎も同調した。

「そうやろう。ばさっと、一思いにやらんと」

 ここで、運転手がびくっと背筋を伸ばした。

(ああ、完全に勘違いしている。この誤解を取り除かなくては)

 僕も焦った。

「おい東山、お前はどう思う」

「はい、バラシは、思いっきりやらないと駄目です」

 益々、固まる運転手だった。

「そうやろう。その点、秀也は、バラスのは、上手かったなあ」

 秀也とは、これから向かう御所病院に入院中の、三治さんの弟さんである。

「あいつ、長い事入院してるけど、ほんまは、もうあかんのや」

 三治は、ここで一オクターブ声のトーンを落として喋り、黙った。

「そんなにお悪いんですか」

「バラスのが上手かった秀也が、今度はおのれの命ばらされようとしてるんや。末期のガンや。放射線治療を一年やったけど、延命措置で、完治には程遠いんや」

「何のガンなんですか」

「肺がんや」

 重い車内の空気を引きづったまま、タクシーは御所病院に着いた。

 五階の個室だった。

「先月から、この個室や」

 入り口はドアではなくて、引き戸だった。三治が開けた。

 中は、ベッドと大きな応接セット、個室トイレも備わっていた。

「附け打ちの人、連れて来たで」

 ベッドで半身を起こしていた弟の秀也さんは、こっちを見た。

 僕が秀也さんを見るのは、正確にはこれで二回目である。

 一回目は、南座で、秀也さんがたまたま、南座を訪問した時だった。

 放射線治療を開始し始めた時で、頭の毛が抜けたのを隠すために、頭にターバンを巻いていた。

「きみか、去年から、附け打ちをやり出したのは」

 と声をかけられた。

「はい、東山トビオです。よろしくお願いいたします」

「俺、若頭の弟の秀也です」

「三治さんの弟さんなんですか。噂には聞いていました」

「噂か」

 ここで、秀也さんは、言葉を止めた。そして、

「他人の噂も七五日。それぐらいは持って欲しいねえ」

 弱く笑った。

 この時、僕は、どう反応してよいものかわからなくなった。

 かなり前回よりも、顔色は冴えず、体重は十キロ以上減少していると思われた。

「ご無沙汰しております」

 尾崎さんは、折り目正しく挨拶した。

「忙しいのに、ごめんね。また兄貴が強引に連れて来たんやろう」

「コレコレ、人さらいみたいに云うな」

 三治さんは、顔に笑みを無理やり作ったように感じた。

「お久しぶりです」

「尾崎さん、附け打ちの会やワークショップ頑張ってるねえ」

 秀也さんは、スマホでチェックしているようだった。

「有難うございます」

「東山君、やめないで続いているね。きみも昨年は本当に色々あったよねえ。こっちも噂で聞いてるよ」

「噂?誰からですか」

「堀川さんから。あの人の脚色噂話は上手いねえ」

 堀川さんは、僕が犬嫌いで干された事件を、勝手に脚色していた。

(東山は、犬乗りされて、恐怖のあまり、おしっこをちびった)

 等、事実三分にモリモリに盛り込んだ創作七部で、色んな所に、ばらまいてくれた。

 まさか、秀也さんまで知っているとは思わなかった。

「くれぐれも堀川さんの話は、信用しないで下さい」

「わかっているって。昔からあの人、うわさ話を盛り込むのが好きな人なんや」

「調子は、どうや」

 三治さんは、病室の大きな掃き出し窓から外を見ながら、話題を再び秀也さんの身体自体に持って行った。

「まあ小康状態やなあ」

「そらあよかった」

「ここ、景色いいですねえ」

 尾崎さんも視線を窓に移した。

 病院には珍しくベランダ付きだった。

 マンションのベランダと違うのは、手すりの高さが異様に高かった。

 自殺予防のためだろうか。

 それでも、東山の大文字の「大」がくっきりと目の中に入った。

「去年の大文字の送り火は、ここから見たけど最高やったなあ」

「兄さん、あの時は綺麗やったねえ」

「お前が入院したおかげで、最高の大文字見られたわあ。今年も見よな」

「そこまで持つかなあ」 

 秀也さんは、弱弱しく笑った。

 京都の今年の冬は、今までの暖冬とは一変して厳しい寒さの日々だった。

 三月に入ってからでも、三回積雪20センチを記録した。

 なごり雪と云うよりも、本格的な雪だった。

 三月末だが、桜のつぼみは固く、開花までまだ時間がかかりそうだった。

 少し、間をおいてから、

「そんな事云うな」

 短く三治さんは云った。

 それ以上何も云わなかった。いや、云えなかったのだろう。

「今日は、手ぶらですみませんでした」

 尾崎がつぶやいた。

(あっそうだった)

 確かに、お見舞いなんだから、お花か何か持って行くべきだった。

「ええよ、ええよ。今日は千穐楽なんやろ。尾崎さん、東山君の久し振りの顔見た、それが最高のプレゼントや」

「すみません」

「兄さん、一つ頼みがあるんや」

「何や」

 大文字山を見ていた三治は、振り返った。

「身体は、小康状態なんで、今のうちに南座の舞台見ておきたいんや。突然やけども、明日、昼間南座に連れて行って欲しいんや」

 偶然、明日は休館だった。

「その時、尾崎さんも東山君もいて欲しいんや」

「南座へは連れていってやるけども、尾崎さんは、今日、東京へ帰るんやろ」

「ええ、予定では、これから帰るつもりでした。でも一日ずらします」

 尾崎さんは、きっぱりと即答した。

「お前はどうなんや」

 三治さんが、じろっと僕を睨んだ。

 この状況で、「僕は行けません」なんてとても口に出して云える雰囲気ではなかった。

「大丈夫です。僕も南座行きます」

「だって!」

 三治さんは、ここで大笑いした。


 病室を僕らは出た。

「ここの階は、一方通行の階て云われているんや」

 幾分声のトーンを落として、周囲に目を配りながら三治さんが、云った。

「どう云う意味ですか」

 尾崎さんが、僕のこころの中を代弁するかのようにすぐに聞き返した。

「つまり、この五階に入った患者は、生きてこの病院を出る人はいない」

「本当なんですか」

「ああ。あの個室も、ほんまは、一日五万円するけども、御所病院の計らいで、一万円の破格の値段にしてくれてる」

 特にあの大文字山が見えるあの部屋は、人気が高いそうだ。

 主治医が、歌舞伎好きで、切符の融通を三治さんがしてあげたら、今度は部屋の融通をしてくれたそうだ。

 三治さんとは、病院の入り口で別れた。

「ねえ、東山君、今思いついたんだけどねえ」

 尾崎さんが静かに口を開いた。

 尾崎さんの考えを聞いて僕は、

「それ素晴らしいです」

 と答えた。

 改めて、尾崎さんの心配りを認識した。



    ( 2 )


 三治さんが、秀也さんを乗せた車椅子を押して楽屋口に現れた。

 楽屋口のそばには、舞台上手に通じるエレベーターがある。

 僕と尾崎さんは、附け打ちの正装である上衣は黒の着流し、下衣は仙台平縞模様の裁着け袴、角帯、黒足袋、草履のいでたちで出迎えた。

「その恰好は」

 秀也さんは、一瞬、言葉を失ったかのようになった。

「お待ちしていました」

「有難う」

 四人でエレベーターに乗り込んだ。

「実はもう三、四人秀也さんを待ってる人がいます」

「そんなにも。誰かなあ」

「さあ誰でしょう」

 エレベーターが開き、舞台へ行く。

 休館で誰もいない。

 舞台は、真っ暗だった。

 しかし、車椅子に乗った秀也が舞台に出た瞬間、

「チョン!」

 析頭が鳴り、舞台に明かりがともった。

(カット・イン)である。

 照明の真上のボーダーライト、上手下手のフロントライト、バルコニーライト、大天井のシーリングライトに全て明かりが伴っていた。

 そして上手御簾前、文楽回しに義太夫三味線弾きの矢澤竹也が座っていた。

「秀也さん、お帰りなさい」

「お帰りなさいませ」

 竹也の隣りには、ツレ弾きの弟子の梅子、さらに文楽回しの前には、赤毛氈が敷かれていて、お琴が置いてあった。

 お琴には、福本松子さんがいた。

 矢澤竹也師匠は、毎月京都の自宅で「義太夫三味線町家ライブ」を開催していた。

 時々、筝曲、お琴演奏がある時は、松子さんが来ていた。

 松子さんの「松」、矢澤竹也の「竹」、弟子梅子の「梅」と三人の名前一文字ずつ合わせると、「松竹梅」と目出度いトリオ名前となった。

 三人は、にこやかにほほ笑んだ。

 竹也は、義太夫三味線弾きで唯一、京都住まいで、昨日尾崎からの電話で駈けつけた。

 その時、竹也は思った。

(秀也さんの病気回復を願って、自分一人よりも松、竹、梅の三人一緒の方がよりパワーを発揮するから)

 だから弟子の梅子、お琴の松子にも声を掛けて、一晩で創作浄瑠璃を書き上げて、明け方まで練習したと云う事だった。

 関西狂言方の堀内、照明の笠置、上桂寛子も来ていた。

 皆、秀也のそばに来た。

「有難う、有難う」

 もう秀也は、涙ぐんでいた。

「弟よ、泣くのはまだ早い」

 三治さんが云ったけど、そう云う三治さんも、もはや涙のダム決壊寸前だった。

「では、皆さんよろしくお願いいたします」

 再び皆は持ち場に戻った。

 舞台は三治さんと秀也さんだけとなった。

 尾崎さんは、上手端の附け打ちのところへ。

 僕は、揚げ幕のところへ行った。

 それぞれの所には、すでにつけ板とつけ析が準備されていた。

「では、竹也さん、お願いします」

「兄さん、これから何が始まるの」

「まあ黙って聞け」

「秀也さん、義太夫三味線の音色は非常に身体にいいそうです。身体の細胞を活性化させてくれるそうです」

 竹也の顔に柔和な笑みが生まれた。

 ここで竹也は、実際に老人ホームや病院で義太夫三味線を聞いて、車椅子の老人が、聞いているうちに、顔を上げ、手拍子をして、最後には立ち上がった話をした。

「ですので、この義太夫三味線を聞いて、秀也さんもこれを聞いて元気になって下さい。では、創作浄瑠璃(南座大道具・沢田兄弟物語)をお聞き下さい」

 竹也は、ツレ弾きの梅子、お琴の松子に目で合図して、合奏、語りが始まった。


 創作浄瑠璃

「南座大道具・沢田兄弟物語」( 作 矢澤 竹也 )

 兄が初めて  踏み込んだ

 夢の世界に  弟も

 あとに続いた 道なんだ

「兄さん、僕も南座の大道具に入らせてくれ」

「お前は、お前の道を行け。その方がええ」

 兄貴毅然と 断った

「僕は本気なんだ。だからやらせて下さい」

「苦労するで。それでもええのか」

「構いません」

 歯をくいしばり 決意した

 大道具とは   ワザと智慧

 持って挑むは  夢世界

 拍手喝采    向こうには

 俺らの力    にじみ出る

 今見えずとも  語り継ぐ

 伝統のひも   たずさえて

 今日も行くは  大道具

 人のこころに  松明(たいまつ)を

 かかる火の粉は 高揚か

 今日も進む   大道具

 

 義太夫三味線弾きながらの、竹也さんの熱演の語りだった。

 歌い終わると、三治さんと秀也さんは拍手した。

「有難う、竹也さん、梅子さん、お琴の人有難うねえ。これからも頑張ってね」

「はい。秀也さんも頑張って下さい」

「うん」

「よし、弟よ、花道行くでえ」

 三治が車椅子をゆっくりと押して花道七三で、立ち止まる。

 秀也は、顔を上げて、上手から下手へとゆっくりと顔を動かした。

 上手袖にいた、照明課長の笠置は、ハンドレシーバーで、

「センタースポットスタンバイ・・・・ゴー」

 と切っ掛けを云った。

 センタースポットライトを操作していたのは、歌舞伎マラソンで照明で唯一入賞を果たした上桂寛子だった。

 二人には、三階席奥にある、センタースポット室から、クセノンスポットライトが投射されていた。

「センタースポットがこんなにまぶしいなんて、初めて知ったよ」

「大丈夫か。照明のかっさん(笠置)に云うて、フォローやめてもらおか」

「いや、やめないで。嬉しい」

「そうか。ほな行くで」

「どこへ行くの」

「男の花道や!」

 三治さんが、上手袖の尾崎の方をじろっと睨んだ。

 それが切っ掛けだった。

 まず尾崎さんが、

「パタ」

 つけを打ち始めた。

 それに呼応するかのように、一拍遅れて、僕のつけが入る。

 僕は、わざと、尾崎さんのつけ音とずらした。

 ゆっくりと車椅子は進む。

「パタパタ、パタパタ、パタパタ」

 尾崎さんと僕の附け打ちの打ち上げ二重奏が始まった。

 観客は誰もいない、場内に二人の附け打ちの音が鳴り響く。

 通常の附け打ちは、もちろん一人で、上手袖が定位置。

 僕のように、今、揚げ幕からつけを打つのは、もちろん型にない。

 いわゆる「型やぶり」の附け打ちだった。

 これも、全て昨日、尾崎さんが提案した事だった。

「秀也さんに、皆の仕事を見て貰おう」

 それに賛同して、各自が集まったのだ。

 秀也さんを乗せた車椅子が、揚げ幕に入った。

「チョン!」

 関西歌舞伎狂言方、堀内さんの止め析の甲高い、析の音が鳴り響いた。

 秀也さんは、うつむいて泣いていた。

「やっぱりいいよねえ、南座は。有難う兄さん、有難う皆」

 それから、秀也さんは、トイレに行きたいと云った。

 三治が車椅子を押そうとすると、

「兄さん、東山君に押して貰うから、休んでて」

「おう。東山やってくれ」

「わかりました」

 一階東側ロビーには、身障者用トイレがある。

「あ、ここで止めて」

 ロビーの中ほどで秀也さんは云った。

「ほんまは、トイレ行きたくない。ここできみにだけ、これを受け取ってもらいたくて」

 秀也さんは、ポケットから、一辺十センチほどの薄い木で出来たものを取り出した。

「これは、昔の南座の舞台の檜(ひのき)で作った、コースターなんや」

「そうなんですか」

 見ると、「南座大道具 沢田秀也」と木彫りしてあった。

「すまないけど、これ、東山君ずっと持っていてよ。附け打ちで一番若いきみに渡したほうが、一番これも長生きすると思ってさ」

 そっと秀也さんは、僕の手のひらにそれを乗せた。

「だから、きみは誰よりも長生きしてくれよ」

「はい」

 僕は、大きくうなづいた。

 僕のうなづきを見て秀也さんは、安心したのか、大きく笑った。

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