第51話 鍵とマフラー

「さて。楓にどうやって説明したものかな。あの時のやつを返した、とか言えばいいのかな」


冬の風を頬に当ててそんなことを考える。


「道彦」


名前を呼ばれて横を向くと制服姿の安西がいた。


「七海ちゃんとはうまくいった?」


「おかげさまで。マフラーの件、済まなかったな」


「いいのよそんなの。別にあなた達の仲を引き裂こうなんて思っていないもの。七海ちゃんに誤解を与えてもあれだし、あのマフラー、返してくれてもいいのよ?」


「いや。貰っておくよ。七海ちゃんにはちゃんと説明するよ」


「そう」


何気ない会話。


「そうだ。あのさ。ちょっと謝らなきゃいけないことがあってさ。例の鍵のことなんだけど……」


「ああ。あの。こんな寒いところでは何だから。お茶でもいれるわよ」


そう言って玄関ドアを開いて半身よける安西。それに続く俺。


「先輩!」


エレベーターから七海ちゃんが叫びながら飛び出してくる。


「先輩!なんかイヤな予感がしたので戻ってきたら!なんでですか!どういうことなんですか!なんで安西先輩の家に入るんですか!答えて下さい!」


「あ、いや、これは……」


「私と入れ替わりで安西先輩が帰ってくるのを見て!そしたら先輩と同じマフラーしてた!なんでですか?なんでそんなことをするんですか!?」


「だから!七海!聞けよ!」


「いやです」


そう言って七海ちゃんは俺の方に来てポケットに手を入れる。そして取り出した鍵を差し込む。


「やっぱり……」


背筋が凍る。言葉が出ない。


「先輩……なんでですか……どうして……」


七海ちゃんはその場に崩れ落ちた。


「七海ちゃん?ちょっといい?」


安西はしゃがみこんで七海ちゃんと視線を合わせる。


「聞いて。この鍵はね、七海ちゃんと道彦が付き合う前に私が無理矢理に道彦に渡したものなの。なんで七海ちゃんがこれを持っているのかは分からないけど、私と道彦はそういう関係じゃないわ」


「じゃあなんで!おそろいのマフラーなんてしてるんですか!?」


「それは……」


「ほら、答えられないじゃないですか。先輩もなにか言って下さいよ」


「……。」


「なんで……なんでなにも言ってくれないんですか!なんで……それならなんであんなことしたんですか……。私は……先輩だから……先輩だから信用したんです。なのに……こんなことって……」


言葉が出ない。なんて言えばいいんだ?すべて誤解で俺は七海ちゃんしか見ていない?それじゃこの状況はなんなのか説明は?さっき安西が言ったことが本当のことだけど、信じてもらえるか?


「七海。さっきあかねが言ったことは本当だ。今の俺は七海しか見ていない。あかねはクラスメイトで同じ部活。それだけだ。それ以上はなにもない。信じてくれ。マフラーは偶然だ。誕生日の前日にあかねと俺の誕生日プレゼントを買いに行ったのは知ってるだろ?あかねはそのときに自分で自分に買ったものなんだ」


「先輩。先輩はそのときになにを貰ったんですか?」


「それは……」


「マフラー、ですよね?赤いマフラーですよね?クロゼットに先輩がコートを仕舞うときに見えました。でも、先輩を信じていたので見ていないことにしました。なんでですか?なんで私がマフラーをプレゼントしたときにいってくれなかったんですか!?隠していたんですよね?」


「道彦、なんで言ってないの?七海ちゃん、本当に私と道彦はなにもないの。お願い、信じて!」


「先輩?」


七海ちゃんは泣きながら、そして微笑みながら俺と安西を見る。


「先輩?じゃあ、どうして二人は名前で呼び合っているんですか?なんか私。バカみたいですね。勝手に舞い上がって。桐生先輩の彼女だと思いこんで。あんなことまでして。でも違ったんですね……」


「七海、だからこれは……」


「七海、なんて呼ばないで下さい。もう……私は信じられません。先輩達のことが信じられないです……。やっぱり無理だったんですよ。こんなに近くに住んでて。あんなに仲が良くて。先輩、一度は安西先輩のこと、好きになったんですよね?お試しとか言っておいて。ホント、私、バカみたいじゃないですか……。私、帰りますね」


そう言って七海ちゃんは立ち上がってエレベーターに向かって歩き出す。追いかけなきゃ。追いかけなきゃ!


「七海!」


「やめて下さい!私に触らないで下さい!この嘘つき!」


思いっきり頬を叩かれて呆然としていた俺に七海ちゃんはとどめの一言を残してエレベーターに乗っていった。俺はその言葉を聞いて追うことが出来なかった。



”先輩、一度も私のこと、好きって言ってくれませんでしたね”



さっきまであんなに幸せだったのに。あんなに愛し合ったのに。なんでこんなことに……。


「道彦……。七海ちゃんには私からもう一度説明するから。道彦もきちんと説明してあげて」


「分かってる」


家に戻ったら楓に冷やかされたが、そんな気分でもなく。沈んだ声で返事をして部屋に閉じこもった。次の日、終業式は体調が悪いと嘘をついて学校を休んだ。稲嶺から連絡があって七海ちゃんも学校には来ていないとのことだった。

それから安西が七海ちゃんに連絡して、もう一度説明してくれたみたいだけど、俺が連絡しても出てくれないし、返事も帰ってこない。自宅に行っても門前払いでどうにもならない。


桐生『七海……俺はどうしたらいい?どうすれば許してくれる?信じてくれる?今日はお前の誕生日だろ?俺は七海と一緒に居たいんだ。お願いだから返事をくれ』


祈るような思いでメッセージを送った。年が明けるまでもう6時間ちょっと。年が明けたらもうどうにもならない気がしたから。


詩乃『先輩!大晦日!七海ちゃんとはうまくいってる?あ、こんな電話したら勘違いされちゃいますね。あ、でも出てくれたってことは大丈夫なんですか?すみませーん。もしもーし』


電話が鳴って七海ちゃんかと思って出たら詩乃ちゃんからだった。なんでこんなタイミングで。


詩乃『先輩?なにかあったんですか?』


桐生『いや、ちょっとな』


詩乃『今日は大晦日ですよ?喧嘩でもしたんですか。あ、もしかして私のせいですか?』


桐生『詩乃ちゃんは関係ないよ。俺が不甲斐ないせいでちょっとな』


詩乃『私でよければ話、聞きますよ。今は完全に第三者ですから』


確かに、この件は詩乃ちゃんに相談するのがいいかも知れない。経験も豊富そうだし。


桐生『実はさ……』


洗いざらい話した。他人に話しただけで少し気分が楽になった気がした。


桐生『詩乃ちゃん、聞いてくれてありがとうな』


詩乃『先輩。それ、安西先輩のことをなんでちゃんと振らなかったんですか?安西先輩、まだ桐生先輩のこと待っているんですよね?あと。先輩、安西先輩のこと、スペアとか思ってませんか』


最後の言葉はとても冷静で温度の低い声だった。


”スペアと思ってませんか”


この言葉を聞いたとき、言葉が出なかった。なんて答えればいいのか分からなかった。


桐生『いや、そんなことは……』


詩乃『先輩、七海ちゃんにちゃんと好きって言ってるんですか?心を捕まえているんですか?』


詩乃ちゃんは今は聞きたくない言葉で俺の心をえぐってくる。俺にとっての七海ちゃんはなんだ?心を捕まえるってどういうことだ?


詩乃『先輩?私でよかったら慰めてあげますよ?私、先輩ならいいですよ?』


正直、心が揺れた自分が情けない。俺はそれだけ出来れば誰でもいいのか?安西でもいいのか?詩乃ちゃんでもいいのか?


桐生『いや、遠慮しておくよ。でも、話を聞いてくれてありがとう。安西とちゃんと話をしてから七海ちゃんのところに行ってくる』


詩乃『それがいいですよ。ちょっぴり残念ですけど。それじゃ、頑張って下さいね』


そうだ。まずは安西との関係をしっかり決めるんだ。話はその後だ。今日は七海ちゃんの誕生日だ。日付が変わるまであと6時間。それまでになんとしても七海ちゃんを捕まえてみせる!


桐生『安西、ちょっといいか。まだ家にいるか』


安西『まだいるけど。どうしたの?』


桐生『ちょっと話がある』


メッセージで連絡して俺は安西の家に行った。出てきた安西はなにかを察したのか、ここでは聞きたくないと言って部屋に上がるようにと言葉を残して入っていってしまった。どうする。これは七海ちゃんへの裏切りではないか。安西の部屋に入るのだ。でも安西との関係をきっちりと決着をつけなければいけない。

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