第50話 初めての時
「はぁ。行っちゃったか」
「あかね、まだ言ってるの?いい加減諦めなさいよ」
「さすがに今日こんな感じなら諦めるわよ。七海ちゃんに悪いし。千佳は涼子ちゃんと?」
「そ。邪魔しないでよ?」
「しないわよ。もう誰の邪魔もしないわよ……」
安西は校門へ向かって歩く二人を見送りながらそういった。
「先輩。今日はおうちの方、誰もいないんですか?」
「いや、このあとに多分楓が帰ってくると思う。でも彼氏が出来たとか言っていたからどこかに出かけるかも知れないけどな」
なんて話していたら、楓が帰ってきた。そして部屋に入ったと思ったら、着替えてすぐに出てきた。
「どこかに出かけるのか?」
「そ。ご飯を食べに行くの。お母さんには言ってあるから。えーっと。伊藤さん、でしたっけ?お兄ちゃんエッチだから気をつけてくださいね!」
本人を目の前にそれを言うか。まぁ、今日はちょっと期待しているのは事実だけども。母さんもクリスマスのお茶会とか言ってたから、二人だけになるのは多分、2時間くらい。
「お邪魔しまーす……」
「そんなに気を使わなくてもいいのに」
「彼氏の部屋に入るのは緊張するモノなんですよ」
まぁ、そんなものか。しかも今日は特に緊張しているのかも知れない。正直、俺も緊張している。
「先輩の部屋っていつも綺麗ですよね」
「今日は特に気合いを入れて片づけたよ」
「へぇー……」
部屋を見回す七海ちゃん。そして歩いていってベッドに座った。これは隣に座るべきなのか。
「先輩は座らないんですか?」
どこに座ればいい?デスクチェア?床?それとも七海ちゃんの隣?でも七海ちゃんは、ああ言ってるし。
「それじゃ、失礼して」
意を決して七海ちゃんの隣に座った。意気地がないので一人分開けてしまったのは七海ちゃんにバレてしまっただろうか。七海ちゃんがこちらを見ている。
「意気地なし」
七海ちゃんはそういってこっちにやってきた。そして頭を俺の肩に預けてきたので、思い切って左手を腰に回した。七海ちゃんがわずかに震えたのできっと彼女も勇気を出したのだろう。ここは俺がリードしなきゃな……。そう思った俺はゆっくりとキスをした。
「ん……」
「七海ちゃん……」
甘い。なんともいえない。この感覚は何者にも代え難い。七海ちゃんがとても愛おしく思える。これが彼女なのかなぁ。
「あの、先輩」
「ん?」
「コートとか、脱ぎません?」
「そうだな」
部屋に入ってすぐにベッドに座ったのでお互いにコートにマフラー。一旦、クロゼットの前に行き扉を開く。心臓が跳ね上がる音が聞こえた。落ち着け。落ち着くんだ。コートとマフラーをクロゼットに仕舞って、ハンガーを一つ取り出して七海ちゃんの元へ戻る。
「どうしたんですか?先輩?」
「あ、いや。なんか七海に見とれちゃって。スカートって寒くないのかな、とか」
「そんなところ、見ないでくださいよ。恥ずかしいですから」
七海ちゃんから受け取ったコートとマフラーをクロゼットの持ち手に掛けて戻る。七海ちゃんは制服の上着も脱いでカーディガン姿になっていた。
「上着はこっちに掛けるといいよ」
自分の上着はいつものところに。七海ちゃんの上着は自分のイスに。そして再び七海ちゃんの隣に腰掛ける。今度は拳一つ分位の距離で座った。
「七海さん。今日の気分はいかがでしょうか?」
「ぷっ……、なんですかそれ。緊張してるんですか?それに七海さん、なんて」
「や、そんなことは……あるな。七海は大丈夫なのか?」
「この前、先輩は散々大丈夫だから、とか言ってくれたじゃないですか。私は先輩を信用してます」
この信用してます、は「なにもしない」なのか「やさしくしてくれる」なのかどっちだ?
「そうだな。大丈夫だ。信用してくれ」
俺はそういって七海ちゃんの肩に手を回してゆっくりとベッドに倒していった。七海ちゃんは目をそらして無言。大丈夫。このまま……。
「先輩」
「ん?」
「本当に大丈夫、なんですよね?」
「ああ」
そういって七海ちゃんに多い被さって今までとは違うキス。お互いを絡ませる熱いキス。二人の唇の隙間から流れる吐息。
「せん……ぱい……」
七海ちゃんは俺の首に手を回して求めてくる。俺もそれに応える。次に進んでも大丈夫なのだろうか。俺は静かに七海ちゃんの太股に向かって右手を伸ばした。そして触れた瞬間にこぼれる声。とても官能的で我慢が出来ない。
「七海……」
右手を徐々に上の方へ。左手は頬に当てて。
「んん~……」
七海ちゃんから一段高い声が漏れる。
そこから先は夢中だった。なにもかも初めての体験。どうした良いのか分からなくなったところもあったけど、七海ちゃんも一緒にしてくれた。とても幸せだった。
「そういえば先輩。あのときの私のパンツ、まだ持っているんですか?」
俺の上に乗ったままの七海ちゃんがそんなことを言い出した。そういえばまだ持っていたな。結局、どうすることも出来ずにそのままになっている。
「ん、ああ」
「もう。捨ててくださいって言ったじゃないですか」
「でもお気に入りのやつなんだろ?」
「いいんです。お気に入りの下着は今日の下着になりました。それにしても、どこに仕舞ったんです?妹さんとかに見つかったら大変ですよ?」
「大丈夫。楓もさすがに机の引き出しは開けないさ」
「ふぅん……」
そんな会話をしながら服を着る。なんか勿体ない気がしたけども時間のこともある。それに今日だけじゃないさ、なんて思っていたら七海ちゃんに俺はベッドに突き飛ばされてしまった。
「ココですか!?」
反動で飛び跳ねていった七海ちゃんは俺の机の引き出しを開いて自分のパンツを探し始めた。
「あ!」
「これですね。ありましたよぉ。先輩、におい、嗅いだりしてないですよね?」
七海ちゃんが紙袋から黄色いパンツを取り出した。
「あれ?これなんですか?」
「あ、いや」
「鍵?ですよね?あ。もしかして先輩の家の鍵ですか?あ!あれですか?合い鍵、みたいな?」
「ま、まぁ。でも先に見つかっちゃたからサプライズにならなかったかな」
「先輩、一人暮らしでもないのに」
そういって七海ちゃんは微笑みながら鍵を摘まんで眺めている。左手にパンツを持ったままなので妙に滑稽な姿に俺も笑ってしまった。
「おにーちゃん、おにーちゃんってばー。開けるよ~」
楓が帰って来るなりすぐに俺の部屋をノックしている。
「なんだ楓」
楓がドアを開けて部屋に入ってきた。七海ちゃんと目が合う。
「え……それ……」
「あ……」
「すみません!失礼しました!」
楓は思いっきり勘違いしたようだ。もう少し早く帰っ手来てたら危なかったけど。
「なんか、妹さんに勘違いされちゃったみたいですね」
「ああ。あとで説明しておくよ」
「どうやってです?彼女のパンツを持っていたのを返した、とか言うんですか?」
七海ちゃんはクスクスと笑いながらそんなことを言う。確かにそうなんだけどさ。そんなことより鍵だ。なんだかんだで安西に帰すことの出来ていない鍵。七海ちゃんは俺の家の鍵だと思ってくれたみたいだけど。まぁ、一人暮らしじゃないんだし、いきなりあれを使う事なんてないだろう。気持ちの表れ、みたいに捉えてくれるだろう。きっと。
「それじゃ、私はこれで帰りますね!妹さんとかも帰ってきたみたいですし。それにこんなの来ちゃったんです」
七海ちゃんはそう言ってスマホの画面を見せてきた。お父さんからのようで、お店を手伝って欲しい、という内容。なんでも和菓子のクリスマスケーキみたいな商品を作ったら、思いのに評判らしく。お店の人手が足りないとのことで呼び出し。
「と言うわけで、タクシー呼びますんで、先輩は妹さんに説明をお願いしますね!」
「あ、コートとか着ている間に俺が呼ぶよ」
電話をかけてタクシーを呼ぶ。先に出てマンションの廊下からタクシーが到着したのを確認してから七海ちゃんを呼んで送り出す。
「あ!先輩!ココでいいですよ!早く妹さんの誤解を解いておいて下さいね!」
そう言って七海ちゃんはエレベーターに飛び乗った。下までは送ろうと思っていたのに。
タクシーに乗る前に手を振る七海ちゃん。それに応える俺。恋人だけど、なんか本物の恋人みたいな気がした。
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