第49話 マフラーの選択

その後の11月は特に何もなく。いつものスイーツ研究会の活動。あ、七海ちゃんに俺のシャツを着てもらうという一大イベントは開催された。俺の希望通り、ショートパンツの上に着てくれて激萌えで感動した。あれは正直なところ、誕生日プレゼントよりも嬉しかったかもしれない。


「そう言えば、今月末って七海の誕生日だよな。なんか欲しいものとかあるか?」


「お年玉と一緒でなければなんでも良いですよ」


「なんだ一緒って」


聞くと、大晦日に誕生日だと、お年玉とセットになってしまって毎年損をするらしい。クリスマスが誕生日な人と同じような感じかな。


「じゃあ、年末年始に年またぎで初詣、とか思ったけどもお二人で、ってほうがいいのかな?」


安西がそんなことを聞いてくる。みんなで西京女子学院のみんなも集まって楽しく年越しってのは楽しそうだけど。二人きりじゃない誕生日ってどうなんだろうか。というより、自分の誕生日に安西が居るっていうのはどうなんだろうか。


「そうですね。申し訳ありませんが……」


俺が答えを出す前に七海ちゃんが安西に答えていた。そりゃそうだよな。


「じゃあ、私たちは別に騒いでるから、話題が尽きたら参加してもいいわよ。なんてね」


安西はタイミングを狙って俺との機会を狙ってくる。まだ諦めていないようだ。少しでも隙を見せたら七海ちゃんに誤解を持たれるようなシチュエーションに持っていかれるかもしれない。


「ねぇ、桐生くん。ちょっと忠告なんだけど、あかねにはもっとはっきりと言ったほうがいいわよ?あの子、全然諦めていないから。正直、私もあの子がなにをするのか分からないくらいだし」


お手洗いに出た時に一緒になった稲嶺に言われた。はっきり、か。そうだな。できれば七海ちゃんの前ではっきりさせたほうがいいかな。このあとはクリスマスとかもあるし。


「ねぇ、桐生先輩。今、幸せですか?」


「ん?どうした?急に」


「幸せ、ですか?」


放課後に俺の部屋にやってきた七海ちゃん。俺たっての希望で実現した膝枕。正座した膝の横からではなく、前から倒れる格好で七海ちゃんの膝の上に頭を置いている。そんな時に七海ちゃんはそう尋ねてきた。


「幸せだよ。とても」


「先輩にとっての幸せってなんですか?」


「そうだな。好きな人とこうしてなにをするでもなく一緒にいる時に感じるような気持ちかな」


七海ちゃんも不安なのかな。安西があの調子だし。


「大丈夫なんですよね?信じて良いんですよね?」


「当たり前だ」


起き上がって七海ちゃんの方を向いて名前を呼ぶ。下を向いていた顔がこっちを向く。


「大丈夫だから……」


「ん……。せん、ぱい……」


首に回される腕。そして引き倒される俺。七海ちゃんに覆い被さる格好になって顔を見合わせる。


「大丈夫……」


そう言って、唇を重ね合う。七海ちゃんと本格的にキスをするのはこれが初めてだ。とても甘い。詩乃ちゃんの時とは比べ物にならない。とてもともて甘い。


「大丈夫だから……」


「あ……やっ……」


調子に乗って胸を触ったら軽く拒否をされた。でもそんなに強い拒否ではなかったのでシャツのなかに手を入れ……


「だーめ。まだダメですよ。先輩。もう少し待ってて下さい」


寸止め気分。いや、実際に寸止め。この雰囲気で先に進めないなんて。


「それは信じてもいいのかな?」


「大丈夫です。と言いたいところですけど、怖気づくかもしれないので、その時は……先輩がリードして下さいね」


なんというか。心に鳥肌が立つというか。何とも言えない気持ちよさが身体を駆け抜けた。童貞丸出しだけど、きっとこの気持は童貞だから感じることの出来る特別なもの。だと思う。


「そういえば、七海。クリスマスってイヴなのか?当日なのか?アレってどっちなんだ?」


「先輩。私、クリスマスになんて一言も言ってませんよ?」


「あ、いや、そういう意味ではなくて。恋人同士が遊びに行くとか会うのってどっちなんだろうなって」


「んー、それならやっぱりイヴなんじゃないですか?レストランとかも一番高くなるみたいですし」


そういうものか。単純にその夜お泊りで云々な流れが多いからだと思ってたけども。


「そうか。それなら24日にどこかに行こうか。あ、でも冬休みって26日からだっけ。放課後に何処かに行くって感じかな」


「ううん。出かけるんじゃなくて、先輩の部屋にまた来たいです。いいですか?」


「いいよ」


部屋の床に仰向けに寝転がった俺に七海ちゃんが身体半分を重ねてきて、そんな会話をした。とても静かで幸せな時間だった。


「お兄ちゃん、クリスマスって家にいるの」


「24日、25日なら学校だからな。放課後は家に返ってくるぞ。流石にスイーツ研究会の活動はお休みだ」


「えー」


「いやなら彼氏の家に行け」


「かわいい妹になにかあってもいいの?」


「なにかするような彼氏なのか?」


人のことは言えないけど。


「そういうわけじゃ……。ねぇ、お兄ちゃん。男の人ってそういうの、やっぱりしたいの?」


「したくないって言ったら嘘になるんじゃないか。でも楓の歳だとまだ早いんじゃないか?」


「って!そこまでかんがえてないわよ!スケベ!」


良かった。楓が常識人で。でも彼氏さんも大変だな。まぁ、ホント、人のことは言えないけども。


あかね『クリスマスって七海ちゃんと一緒に過ごすの?』


桐生『これから寝ようと思ってたんだけど』


あかね『何処かに行くの』


桐生『話を聞け』


あかね『今ならまだ間に合う?』


何なんだ。間に合うってなんだ。


桐生『なにが間に合うのか分からんが、俺はもう七海と付き合っているんだ。』


あかね『そっかぁ。それじゃあさ。クリスマス・イヴの登校日、誕生日プレゼントのマフラー、着けてきてよ』


桐生『それで満足なのか』


あかね『うん。それだけでいい』


桐生『分かった。それじゃ、もう寝るぞ』


あかね『うん。おやすみなさい』


あの時、眠たくて適当に返事をしたのがまずかった。クリスマス・イヴの朝、部屋のベッドの前で腕を組んで考える。安西から貰った赤いマフラー。七海ちゃんから貰った白いマフラー。両方共に有印良品のマフラー。七海ちゃんにはマフラーは持っていなかったから、なんて言ってしまった。選択肢は3つ。


①赤いマフラー

②白いマフラー

③マフラーを着けていかない


「参ったな。赤いマフラーを着けていけば、七海ちゃんに何それ、って言われるし。白いマフラーを着けていけば安西に何それ、って言われるし。どっちにしても七海ちゃんに疑われる。なんであんな嘘をついたんだよぉ」


頭をかきむしっても答えは出ない。いっその事、安西に事情を話して白いマフラーを着けてゆくというのはどうだろうか。


「道彦~、伊藤さん、来たわよ~」


「!?」


七海ちゃんがうちに来た!?時計を見ると、そろそろ家をでないと間に合わない。赤いマフラー、白いマフラー、どっちだ!?


「あ!着けてきてくれたんですね!!」


七海ちゃんの名前を聞いて手に取ったのは白いマフラー。まぁ、学校に到着して教室に入る前に外せば問題ないだろう。

しかし、七海ちゃんが家に来るのは予想外だったが、学校に到着する前に安西から貰った赤いマフラーを見られるよりはマシだ、と自分に言い聞かせてマンションのエレベーターを降りる。


「おはよう。道彦。あら。今日は七海ちゃんと一緒なのね。七海ちゃん、家は駅の反対方向だと思っていたけども」


「今日は特別な日なので、特別な対応です」


「あ、そういえば今日はクリスマス・イヴだったわね。確かに特別な日」


俺は安西がなにを言い出すのか生唾を飲み込んで見守るしかできなかった。ここで安西が俺にプレゼントした赤いマフラーのことを言い始めたら、なんて言い訳したらよいのか分からなかったからだ。


「先輩。そろそろ学校に行かないと間に合わなくなりますよ!安西先輩も!」


「そうね。行きましょう」


どうやら安西は事情を察してくれたようだ。なにも言う気配はない。


「(これは私からのクリスマスプレゼントね。こんな日に彼女さんと喧嘩なんてして欲しくないから)」


先に走った七海ちゃんを追いかけながら安西はそんなことを耳打ちしてきた。


「(悪いな)」


「(いいのよ。まさか彼女もマフラーをプレゼントしていたなんて思わないもの)」


安西、本当に空気を読んでくれたんだな。助かった。

学校に到着して席に着席。なんとか間に合った。今朝のお礼に安西にお昼ご飯をおごったら「安いクリスマスプレゼントね」なんて言われたけども機嫌は悪くなかったので、これで良いのだろう。


そして放課後。七海ちゃんと下駄箱で待ち合わせ。今年の4月にこの下駄箱で出会って、こんな関係になるなんて思いもしなかった。最初はいじめられている女の子、というイメージしかなかったのに。三つ編みスタイルも俺とつきあい始めてから学校外で見せていたストレートヘアになって。伊達眼鏡は俺が好きだと言ったからかそのままだったけれど。

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