第48話 ぱんつとマフラーと誕生日プレゼント

「なぁ、楓。恋ってなんなんだろうな。その人を独占したいっていう独占欲が恋なのか?」


「なにいきなり。それは所有欲でしょ。そんなで恋なんて言われたくはないけどね。私は」


「じゃあ、恋ってなんだ」


「自分の中で必要不可欠な存在。一緒にいて安心できる存在。あと、いちばん大事なのは、その人のことを愛おしく思えるかじゃないの」


「おお……。楓が大人になった。もしかして、本当に大人になったのか?」


「何の意味よ。いやらしい。でもま、最後のが一番だと私は思うわよ。まだ迷っているのなら可愛そうだから白黒はっきりつけてあげたほうが良いわよ。あとでとんでもないことになると思うから」


"相手を愛おしく思えるか"か。俺は七海ちゃんを愛おしく思えているのだろうか。そもそも愛おしくってなんだ。愛してる、と何が違うんだ。


翌日の11月3日は俺の誕生日。まぁ、恋人が居るのなら朝から会うよね。というわけで今日は七海ちゃんと一緒に出かけているわけで。


「七海、昨日はなんで安西の申し出にOKしたんだ?」


「うーん……。彼女の余裕?」


「なんだそれ。安西に俺が揺れちゃうとか考えなかったの?」


「揺れるの?」


「いや、それはないけども」


「だから、かな。そう思っていたし、信じているし。それに昨日って安西先輩の誕生日だったでしょ?そういう日くらいはなにかあっても良いんじゃないかって思って」


「なんだ知っていたのか。俺は安西に言われるまで知らなかったんだが」


付き合うつもりが少しでもあったのなら、誕生日くらいは確認しておきなさいとか、後輩に説教されてしまったが、まぁ、そうだよな。相手を知らずになにを彼氏とか言っているのか。七海ちゃんのことも表面だけで本当の七海ちゃんを知らない気がする。


「で?今日はどこに行きたいんですか?」


「あれ?それ、決めてくれているのかと思ってた」


「え?こういう時って誕生日本人のわがままを聞く日じゃないんですか?」


そういうものなのか。これ、本当にわがまま聞いてくれるのだろうか。


「エロいところでも?」


「それはまだダメです。心の準備が出来てません」


出来たらいいのか。


「それじゃあ……」


どこが良いかなぁ。そんなに遠くに行くのもアレだし。映画とか遊園地ってのもベタだし。買い物?はこの前行ったし。ここはシンプルに。


「公園にでも行こうか」


「ええ……。まさか閂公園とか言いませんよね?」


「流石にな。ちょっと足を伸ばして瀬の頭公園にしようか」


なんか近所の閂公園の高級版みたいな感じだが、あの辺、行ったこともないし。というわけでバスに揺られて目的地に。


「一気に繁華街だな。この辺って住みたい街1位とかなんだっけ?」


なんかそんなのを見た気がする。商店街も良くあるシャッター街ではなく、賑やかだ。八百屋とかは無かったけども。匂いに誘われて買った焼き鳥を食べながら公園に入っていったら閂公園とは別の世界が広がっていた。なんというかちゃんと公園っぽいというか。閂公園みたいに池だけって感じではなくて無駄にテンションが上がる。


「ボートに乗ったのはいいんだけど。漕がないの?」


「こうやってたゆたうのがいいんじゃないか」


スワンボートもあったけど、シンプルな手こぎボート。今日は天気が良い。ボートにのってボーっとするのには最適な日だ。ぼっちの頃は流石に独りでボートはやったことがない。一応念願叶ったってやつだ。それに手こぎボートって向かい合って座るから、そこはかとないエロスを感じるんだよな。立膝になるから。


「桐生先輩、考えていることがまるわかりですよ。そんなに見たいんですか?」


見たいかどうかって言われれば見たい。今日はわがまま聞いてくれるらしいし。


「見たいな」


「そんなに断言されると困るんですけど……。というより、見てどうするんですか?」


「ロマンだからだ。ダメなら色だけでも良いぞ。イマジネーションをフル稼働させる」


「ええ……。ってか、私のやつ、旅行の時にバッグに入れて持って帰ったじゃないですか」


そういえば。そんなこともあったな。黄色いやつ。


「ああ、そんなのもあったな。アレって、上下セットで上だけ無駄になったとかそういうのあったのか?」


「そういうのってもっとオブラートに包むとかそういうの出来ないんですか……。まぁ、その通りなんですけど。結構お気に入りだったんですよ?」


ふむ。そうか。お気に入り。ってことは頻繁に使っていたもの。なるほど。アレが。なんて考えていたら七海ちゃんの顔色が変わってきた。


「ね、ねぇ、先輩?まさか、まだ持ってたりしないですよね?」


捨てた覚えは無いから、どこかにあると思う。多分、旅行かばんの中。


「返してほしいか?」


「持っているんですか!?もう!恥ずかしいから捨てて下さいよ!」


「お気に入りなんだろ?今度返すよ」


「はぁ。なんでこんな変な人と付き合っているんだろ。人のパンツをコレクションするなんて」


コレクションした覚えはないんだが。ってか、なんでアレは俺の荷物に入っていたんだ?聞くと、温泉事件のときに慌てて脱いだものを回収して出ていったから、その時に混ざったんじゃないか、らしいけど。だとしたら尚更コレクションじゃないでしょ。


「じゃあ、あれは大切に保管させてもらいますね」


「あの。先輩。ぜっったいに匂いとか嗅がないで下さいよ?」


フラグが立ったのでそのまま反応する。


「それは絶対に押すなよ、ってやつ?」


「違います!本当に止めて下さい!あー、もう!恥ずかしくて死にそう」


パンツ一つでここまで会話が広がるとは。パンツは偉大だ。


お昼ごはんは公園に面したお店で七海ちゃんはガレット、俺はカレーを食べたのだが、お約束どおりにカレーをシャツにこぼしてしまった。


「買いに行きますか?」


「そうだな。あ、そうだ。パンツの代わりにこのシャツ、いるか?」


小さな女の子が着る男物の上着。片側の肩がずり下がって長過ぎる袖をプラプラさせている姿。まるでパンツ一枚に見える下半身!むしろプレゼントしたい。着て欲しい。


「着て欲しいだけじゃないんですか?」


分かっているらしい。それなら話は早い。


「分かってくれるのか。ぜひ着て欲しい」


「やっぱりヘンタイだ……。そういう趣味、先輩だけですよね?男の人ってそういうのばかりなんですか?」


知らん!ぼっちの俺に性癖を語り合う仲間など居なかったからな。結局、シャツは買い替えて、脱いだシャツは七海ちゃんが洗って返してくれることになった。返してもらう時に着てもらおう。


「って、先輩、話聞いてくれてるんですか?」


「すまん。ダボダボシャツについて考えていた」


「ホント正直ですね。返す時に着ますからそれでいいですか?」


「よろしく!」


「で、これ。今日の誕生日プレゼントです」


七海ちゃんが持っていた紙袋。そうなんだろうなぁ、とは思っていたけど。手渡されて開けてみると、中から出てきたのは白いマフラー。有印良品の白いマフラー。見覚えがありすぎて。というか、昨日見た。


「どうしたの?」


「あ。いや。白いマフラーにカレーこぼしたら最悪だなって」


「マフラーは外して食べてよ」


「そうだな。ありがとう。マフラー、持っていなかったから」


有印良品のこの白いマフラー、昨日、安西が自分用にって買ってたやつだ。なんでこんなことになるんだよ。しかもつかなくても良い嘘をついてしまった。昨日、赤いマフラーを安西から貰っただろうに。でもなんか言い出せなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る