第47話 銀座と安西あかね

稲嶺『どうなの?七海ちゃんとは』


桐生『なんだ急に』


稲嶺『気になったのよ。』


桐生『別になにもないさ。至って普通にお付き合いしているよ』


稲嶺『ふぅん。で?どこまでいったの?誰にも言わないから。あ、あかねにはぜっっったいに言わないから』


外野ってこういうの本当に好きだよなぁ。ってか、安西に言うとか稲嶺は鬼か。気まずさマックスになるから絶対にやめて欲しい。


桐生『軽くしただけだよ』


稲嶺『七海ちゃんかわいそう……折角の初めてなのに』


桐生『向こうからなんだから仕方ないだろ』


稲嶺『あ、そうなんだ。で?桐生くんからはしてあげたの?』


そういえばしてないな。というより、あの旅行の夜からしていない。腕に抱きつかれるとかその辺止まりだ。


桐生『なぁ、そういうのってもっと積極的に行ったほうがいいのか?』


稲嶺『人によるとは思うけど、ゆっくりしてみて嫌がらなければ待ってたってことじゃない?』


なるほどな。しかし、それで嫌がられたら凹むな……。でもそういうのを俺からしないと、男としてどうなのかとも思うし。


桐生『そうか。ありがとな』


七海ちゃんとの買い物デートから帰ってすぐに稲嶺からメッセージが来たのだが、もうちょっと考えてからにすればよかったとか考えないでしょ普通。後日知ったのは、この時、稲嶺は安西の家に居たということ。つまり、安西に筒抜けだったってこと。「私もまだ間に合うわね」なんて言われて知ったわけで。安西は待っているというよりも、諦めきれていない、という感じのようだ。隙きあらば、なのかなぁ。

そんなことを思っていたら、先制攻撃は安西の方からだった。休日に突然訪問してきたのだ。しかも稲嶺も一緒に。


「何が急に」


「道彦。デートしましょう。千佳も一緒だから大丈夫」


「大丈夫って。今思いっきりデートっていっただろ。それはダメだろ」


「大丈夫。七海ちゃんの許可は取ってあります」


本当かよ……。メッセージで確認したら、確かに了解したとの返事が。七海ちゃんも何を考えているのか。


「確認できた?それじゃ、行くわよ」


「どこに?」


「銀座!」


銀座とはまぁ……。高校生があまり寄り付きそうにないところだな。マダムとかOLが行くイメージなんだが。まぁ、ご希望とあらば、ってことで銀座までやってきたわけだけど。いい加減、西武新宿と新宿駅は引っ付いて欲しい。今日みたいな雨だと尚更にそう思う。


「で?雨の中、銀座までやってきたわけだけど。デートって何をするのさ」


「誕生日だからって七海ちゃんが特別に、って言ってくれたんだから、もうチョットはサービスしなさいよ」


稲嶺に言われて、俺の誕生日?とか思ったんだけど、違った。安西の誕生日だった。


「そうよ。もっとサービスしなさい。私の誕生日、今日なんだから。11月2日。だから、道彦は私になにか買いなさい」


そこはなにか欲しい、じゃないのか。それに安西と俺の誕生日、1日違いなんだな。


「それなら、明日は俺の誕生日だから、俺にもなにか買ってくれ」


「うっそ。そうだったのの。これはもう運命を感じるわ。ねぇ千佳もそう思うでしょ?」


「そうですねー」


あ、これは俺の誕生日知っていたな?七海ちゃんから聞いたのか、楓から聞いたのか。にしてもそれなら七海ちゃん、よく了解したよな。


「で?何が欲しいんだ?」


連れてこられたのは有印良品。


「これ、わざわざ銀座まで来なくてもあるんじゃ……」


「ここ、旗艦店なのよ。商品の種類がたくさんあるの。それに行ってみたいじゃない。銀座」


安西は店内に入ると他の商品には目もくれず一つの商品に向かって突き進んでいった。


「これ!」


選ばれたのは真っ赤なマフラーでした。コイツわざとなのか?こんなのをかってあげたってことになったら、七海ちゃん、なんて感じるだろうか。なんで私と同じようなものを安西さん買ってあげたの!とかならないだろうか。


「おい、稲嶺。あのマフラー、七海ちゃん、なにか関係あるか?」


ご機嫌で試着している安西に聞こえないように稲嶺に確認すると、「なんのこと?」という回答。事情を話すと、本人に言ったほうが良いんじゃない?とのことだったので、素直に安西に言った。


「あのな、安西。じゃなくてあかね。マフラーでも良いんだけど、その色はな。メーカーは違うけど丁度七海ちゃんに買ってあげた色と同じなんだ。いらぬ誤解を招かないように別の色にしてくれると助かるんだが……」


「あ。まだあかねって呼んでくれるんだ。っと、マフラーの色だったわね。そういうことがあったの。それは確かに変な誤解を招きそうねぇ。んー……、ねぇ、誤解を与えてもいいかな?」


「いや、ダメでしょ」


「じゃあ、こうしましょ?明日は道彦の誕生日なんでしょ?だったら、この赤いマフラーは私からのプレゼント。私はこっちの白いマフラーにする。だから、プレゼント交換。赤いマフラーなら七海ちゃんとお揃いになるでしょ?問題ないと思うけど」


「それなら……」


「それじゃ、私達レジに行ってくるから、道彦はこのへんでなにか見てて」


それにしてもこの買物は何なんだろうなぁ。ってか、誕生日直前にOKを出した七海ちゃんも何を考えているんだろうなぁ。よく分からん。直接聞けば良いんだろうけども、なんか独占欲が強いやつ、みたいに思われてもなぁ。


「あかね……、あんた本当に意地悪ね」


「だって。そのくらいしか今の私には出来ないもん。直接なにかできるかって言われたら何も出来ないけど、このくらいはいいでしょ。デートだってOKしてくれたんだから」


「まぁ、そうなんだろうけども。あかね、もともと桐生が七海ちゃんに赤いマフラーを買ってあげてたの知ってたでしょ」


「まぁ、ね」


これは道彦の中での私の存在証明。道彦の心から消えたくない。七海ちゃんには最後の思い出頂戴、なんて言ってOKをもらったけど、これは私の抵抗。


「なんだ。いやに時間がかかったな」


「レジが混んでて」


「で?ここでプレゼント交換するのか?」


交換と言っても、赤と白のマフラーは安西が持っている。しかも同じ袋に入ってるし。


「違うわよ。ちょっと予約しているところがあるからそこで」


選ばれたのはケーキ屋でした。まぁ、スイーツ研究会だし?


「しかし、ここ、すごいな。高そう。銀座メゾン ヘンリ……なんて読むんだこれ」


「いいから、こっち。早く」


店内で安西が店員さんに話すと、席に通されて、しばらくしたらケーキが運ばれてきた。


「あー。なるほど。これを2人では食べきれないから稲嶺さんもいるってわけ?」


「半分正解、半分不正解。流石に2人きりでデートはOK出なかったの。私でもNGだすもの」


稲嶺がいたとしても、これは明らかにグレーな気がするけど。七海ちゃん本人がOKなら、それはそれで。付き合うとしましょう。


「しかし、同じケーキだと、比較もなにもないな」


「じゃあ、自分で食べるのと、食べさせてもらうの、味が変わるのか実験してみたいからお願いできる?」


それは食わせろ、ということか。ため息をついて、「稲嶺に食わせてもらえ」と言ってみたら、俺は稲嶺から食わされるとになったわけで。


「どう?味、違う?恋の味とかする?」


「稲嶺にか?」


「やめてよ気持ち悪い」


稲嶺、それは酷いぞ……。まぁ、本当の恋人から食べさせてもらったらきっとなにか違う気はする。ここで、安西に俺がこのケーキを食べさせてやればなにか違いを感じるのだろうか。


「あかねは俺から食べさせて欲しいのか?」


「え?いいの?」


「今回だけのな。一応誕生日らしいからな」


稲嶺の生暖かい視線を感じながら隣に座る安西にケーキを食べさせたわけだが。


「どうだ?」


「美味しい。やっぱり違う」


「そんなに感動しなくてもいいじゃない」


「感動するって。こんなの二度と出来ないと思っていたから」


感極まって泣きそうになっている。そんなに嬉しかったのか。安西にとって、俺という存在はそこまでの存在なのか。


「大げさだよ。スイーツ研究会でもまたこんなことはあるかも知れないだろ?」


何気なしにそのフォークで、食べ始めたら、安西は更に泣き始めて手で涙を拭い始めた。


「なに……そんなに大げさにしなくても……」


「違うの。出会った頃を思い出しちゃって……」


あ。例の学校近くのケーキ屋に初めて連れていかれた時の……。間接キスになるとかなんとかってこっちが囃し立てたんだっけ。今は逆だな。


「ああ、あれか。なんか懐かしいな。あの頃はこんなこともなかったし、ただうるさいやつだなぁ、位にしか思っていなかったのに」


そう。それがなんでこんな事になっているのか。そんなことを考えていたら、安西との思い出が頭の中を駆け巡る。今日もあの時買った服を着ている安西。あえて触れなかったけど、それを選んだ時を思い出してしまった。


「今日はありがとう。私から七海ちゃんにもお礼を言っておくから、道彦からも七海ちゃんになんか言っておきなさいよ」


安西はそう言って自宅に消えた。俺はいったいなにがしたいんだろうな。今日も断ろうと思えば断れたはずなのに。でももし断っていたらあのケーキ、稲嶺と二人で食べていたのだろうか。俺は自分にこれでいいんだと言い聞かせて自分の家に入っていった。

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