第43話 夜の出来事

「邪念を払うんだ……そうだ。楓のことでも考えれば……バカ、○ねとか……」


Oh......


楓の風呂上がりを覗いてしまった、という想像をしてしまった。妹に欲情するなんて屈辱的だ……。


「安西先輩!私達、先に出ますから。良いって言うまで湯船から出てこないでくださいよ!」


OKが出てやっと反対側を向ける。ってか、のぼせる寸前だ。一応、万が一を備えて、ゆっくりと振り向いたが、今回は本当に脱衣所に戻っていったらしい。俺も過頭と身体を洗って脱衣所に……。


「って、どうするんだ。あいつらは着替えているだろうけど。俺はどうすれば良いんだ??俺だけ真っ裸のテント張りで上がるのか?いや、それは恥ずかしすぎるでしょ」


身体を洗い終えて途方に暮れていたら、脱衣所のドアが開いてタオルと着替え一式の入った籠をこっちに入れてくれた。


「先輩、これ」


千石さんの声だ。良かった常識人がいてくれて。


「まったく、あんなこと考えたのは七海ちゃんだろ」


「違いますよぉ。あかね先輩ですよぉ」


「おい」


安西を睨むと、冗談でいったのに本当に家族風呂の申込みをしたのは七海ちゃんだとか責任の押し付け合い。これに巻き込まれた千石さんが不憫でならない。まぁ、なんにしても試練は乗り越えた。正直嬉しかったけど、流石にハードすぎた。もうちょっとマイルドにして欲しい。そんな会話をしながら部屋に戻ると、夕食の準備が進められていた。


「おお……」


そもそも部屋で食事の旅館なんてはじめての上に、やたらと豪華な日本料理。品数が半端ない。


「美味しいな……」


語彙力不足でそれくらいしか感想が出ない。それと。真正面に座った安西が箸で小鉢をつつく度に見せつけられる谷間が気になって仕方がない。あれも別の意味でのおかずなのだろうか。なんて不埒なことを考えるのは男として仕方がないと思うんだ。

食事も終わって一段落。疲れすぎた。盛りだくさんすぎた。後は寝るだけ、となるけど、一番のハードルはそこにある気がする。絶対に誰が一番云々の話になるのだろう。。そして答えを用意できないでいる。


「あ。もう布団は敷いてあるんだな」


どうやら食事の分と一緒に布団も敷かれていたようだ。4人横に並ぶ格好。早めに端っこを確保しなくては。


「あれ?先輩、もう寝ちゃうんですか?」


端っこの布団の上に座っていたら七海ちゃんにそう言われて時計を見るとまだ20:00。流石に早いか。戻って座椅子に座ってお茶を飲む。


「でさ。この旅行って何のためにやってるんだっけ?」


「道彦が全員と遊びに行きたいって言ってたんじゃなの」


ああ、そうだった。


「桐生さん、その。こういう感じが好きなんですか?」


千石さんからの質問。こんな感じ、というのはきっとさっきのお風呂とかそのへんの話だろう。


「まぁ、俺も男だし、こういう状況はきらいじゃないけど、あそこまでするのはちょっとやりすぎというかなんというか」


「そう?結構イヤラシイ顔してたわよ?」


一番恥ずかしそうにしていた安西がいうか。からかうと面倒臭そうなのでその言葉は仕舞っておいたけど。なんだかんだ言って一番積極的だったのは七海ちゃんかな。


「七海ちゃんは恥ずかしくなかったの?」


「え?恥ずかしかったですよ?私も女の子ですし。でも、先輩と一緒に入れるならそれでもいいかなって」


グラっときてしまったじゃないか。男を落とす、という技術的なものを言うのであれば七海ちゃんに軍配があがる気がする。積極的な七海ちゃん、ツンデレ気味な安西、静かにこちらを見てくれる千石。もうなにがなんだか分からん。俺は誰が好みなんだ。


「で。先輩はなんでそんな端っこにいるんですか?」


「いや、流石に端っこでしょ」


「ダメです。先輩は一つとなりです。そこは私が寝ます。あかね先輩と涼子先輩はどっちに寝ますか?」


順当に行くと右隣は安西、なんだろうと思っていたら、千石さんが無言で布団に座ってきた。安西はそんな千石を見て何を言うでもなく端っこの布団に腰を下ろした。


「まぁ、今日は色々あったから早めに寝ようよ」


そう言って22:00を示す時計を見て自分から布団に潜り込む。七海ちゃんはまだなにか話したそうにしていたが、これ以上はなにかボロが出そうなので勘弁願いたい。七海ちゃんが電気を消して自分の布団に潜り込む。このまま終わる気がしないけど、早く寝るに越したことはない。寝込みを襲うとかそういうのは流石に無いだろうし。


「(ん……?)」


なにか動くものに触られて目が覚めた。右向きに寝ていたので、目を開くとこっちを向いて寝ている七海ちゃんが見えた。ってことはこの動いているのは千石さん!?密着された。肩甲骨辺りにあるのは多分両手。このまま寝たふりを続けるのがいいのか、声をかけたほうが良いのか。こんなのを他の二人に見られたら何を言われるか分からん。


「(桐生さん。起きてますか?)」


やっぱり千石さんだ。どうする!?


「(桐生さん)」


左頬に手がやってきた。背中を鳥肌が駆け抜ける。イカンでしょ!


「(寝てるんですか?)」


いや、めっちゃ起きてますって!


「(桐生さん。好きですよ)」


そう言って左頬に当てていた手が下がってきて胸あたりを軽く抱きしめられた。全身を鳥肌が駆け抜ける。マズイでしょ!

暫くそんな状態が続いたけど、千石さんは静かに自分の布団に戻っていった。そんなに長い時間じゃなかったと思うけど、めっちゃくちゃ長く感じた。目をひらいて静かに息を吐く。ドキドキしていたのはバレてしまっただろうか。


「あ」


思いっきりめが合った。こいつ……起きてやがったな……。


「(先輩、あれ、どういうことですか?)」


「(こっちくんなって)」


「(いやです)」


七海ちゃんがにじり寄ってくる。後ろに逃げたが、これ以上は無理。背水の陣。もう七海ちゃんは俺の布団に入ってる状態。


「(まずいって)」


「(いいじゃないですか。少しくらい)」


そう言って七海ちゃんは俺の胸に顔を埋めてきた。鼻孔をそそるシャンプーの匂い。女の子ってなんでこんなにいい匂いがするのか。


「(先輩?あんまり無理をしないほうが良いですよ?)」


無理をさせているのは七海ちゃんだよね?離れてくれれば無理なく寝れるよ?


「(ああ、今の状況じゃなくて。先輩、無理やり誰にするかって一生懸命選ぼうとしてるじゃないですか。でも、この中から絶対に誰かを選ばなきゃいけないなんてことは無いんですよ?そりゃ悲しいですけど)」


無理やりってことはないけど、決めきれていないのは事実だな。


「(そこで一つ提案があるのですが。一人に決められないのなら全員とお付き合いしちゃえば良いんですよ)」


なんという衝撃発言。全員と付き合う!?そんなことが許されるのか!?


「(私を選んでくれるのが一番ですけど、誰も選ばれず、ってのが一番悲しいですし。どういう関係でも私は先輩と一緒にいたいんです。だからそういうのでも良いんです)」


「(でも、ほかの二人がなんていうのかな……」


「(それが嫌なら先輩は私のものです。このまま抱きしめて既成事実を作っちゃいます)」


他の二人に聞いてもいないのに既成事実って。暫く時間が流れる。5分位経ったのだろうか。その間に色々考えた。三人同時にお付き合い。日替わりで?みんな同時に?よくわからないな。楓に○ねと言われるのは確実なのは分かっているけど。


「(先輩。それじゃ、私そろそろ戻りますね。朝までこうしていたいですけど)」


「(朝までは困るな)」


「(はい。それじゃ、おやすみなさい)」


「(おやすみんっ!?)」


去っていくと思った顔が急速接近してきて唇を奪われてしまった。七海ちゃんは無言で自分の布団にそそくさと戻ってしまったけど、俺は気が気ではなくなってしまった。すっかり目が覚めてしまったので、風呂にでも入るか……と起き上がったら安西が動いたのでちょっと身構えてしまったが寝返りを打っただけだった。


「はー……。なんかすごい疲れるな……。さっさと誰か決めて二人でゆっくりしたほうが良いのかなぁ」


深夜の夜空に向かってそんなことを口にする。そしてさっきの七海ちゃんの言葉を思い出す。


"一人に決められないのなら全員とお付き合いしちゃえば良いんですよ"


そんなことって許されるのだろうか。ってか、今の状態が既にそれなんじゃないのか。この状況がずっと続く。しかも全員の了承を得た上で。どうんんだそれ。優柔不断にも程があるだろ。それに、そのうち、誰かを贔屓し始めて崩壊するのが目に見えている。それならその子を選べば良い気もしないではないけど。


「あー……誰も傷つけずに終える方法って無いのかなぁ」


楓にそんな方法は無いって言われているけど。なんとか円満に終わらせる方法はないものか。安西みたいに待ってるから、で終われば良いのかも知れないけど、俺をずっと待っていてくれる人がいる状態できちんと恋人だけを見つめることって出来るのだろうか。そんな安西が俺に話しかけてきただけで浮気、とか思われないだろうか。


「はぁ……やっぱり、誰かに決めたら他の二人はきっぱりと断って合わないくらいの気持ちでいないとダメだよなぁ」


贅沢な悩みなのは分かるんだけど、こっちから誰かを追いかけるより、追いかけられる方が心理的に難しくなるような気がするよ。

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