第41話 箱根
桐生『付き合うってなにを基準に考えたら良いのか分かるか?』
稲嶺『喧嘩打ってるのかしら?』
笹森『そうね』
桐生『いや、そういうつもりはないよ??』
稲嶺『誰か紹介してくれるのなら相談に乗ってもいいけど』
笹森『良いわねそれ』
桐生『ぼっちエキスパートの俺にそれを要求するのか。稲嶺に紹介できるのは笹森だけだし、笹森に紹介できるのは稲嶺だけなんだが」
稲嶺『頭でも打ったの?』
笹森『私はそれでもいいけど?』
桐生『え?』
笹森『稲嶺さんは?だめ?』
なんか以外な方向に転がり始めてこっちが面白くなってきた。いつも俺がやられているようなことが目の前で展開されている。しかも百合!
稲嶺『あ、だめというか、嫌じゃないけど……その、本気で?』
笹森『もっとよくお互いを知ってから?』
なにやら、俺が聞いてては行けない内容になってきたので、コレは退散したほうが良さそうだ。
桐生『あ、それじゃあ、俺はこのへんで……』
笹森『桐生くん、こういうのっておかしいかな?』
えーっと。俺に聞くんだ。でも西京女学院でもそういうの見てきたし。そういう愛もありなんじゃないかって思えるというか興奮しますね。
桐生『それも一つの生き方じゃないのか』
笹森『ですって稲嶺さん』
結局、自分の相談目的は果たせずに稲嶺と笹森さんの取り持ちをすることになってしまった。コレは秘密にしておいたほうが良いんだよな……。
箱根旅行は10月の第2週。紅葉が始まる時期で箱根は混雑する様子。ロマンスカーの予約も4人固まって取ることが出来なかった。で、当然のように俺の隣に誰が座るのか、で新宿までの道中でやり取りになったわけだけど。じゃんけんで勝ったのは七海ちゃん。約1時間半独占させるわけで。
「桐生先輩。先輩はなんで私だけ最初から"七海"だったんですか?」
そういえば。七海ちゃんだけ最初から名前呼びだったな。なんでだっけ?本気で覚えていない。
「なんでだろ?伊藤ちゃんのほうがいい?でもこれ、呼びにくいな。七海ちゃんのほうが呼びやすいや」
「じゃあ、引き続きそれで。で、安西先輩と千石先輩も名前で呼ぶんですか?」
「そう言われているけどな。ちょっと恥ずかしいんだよ」
「にひ。私は名前呼びしても恥ずかしくないんですね」
ふふん、って感じで上機嫌だ。女の子にとって名前呼びってそんなにステータスあるんですか。まぁ、こっちもなんだか恥ずかしいから、その恥ずかしさを超えた親密さを手に入れた、っていうことなんだろうか。
「先輩、先輩」
呼ばれて七海ちゃんの方を見たら顔を寄せられて自撮りを撮られた。当然のようにメッセージで回付。安西、千石の二人から抗議の書き込みがあったけど、俺にはどうすることも出来ないよ?七海ちゃんは隙きあらば手を握ってこようとしたけど、腕を組んだりして回避した。なんか不公平な感じしたんだよな。電車を降りたあとにちょっと後悔したけど。
目的の箱根湯本駅にとうちゃくすると駅まで来てくれていた迎えのワゴン車に乗って、宿泊場所へ向かう。
"翡翠楼福住"
「なにこれ。すんげぇ高そうなんですけど。創業寛永二年とか書いてあるし。何年前よ。しかも重要文化財とか書いてあるし」
「今年で394年になります。さ、こちらです」
スケールが違いすぎて言葉にならない。さすが七海ちゃんお爺ちゃん一行の慰安旅行先。部屋に入って更にびっくりした。
「広くない?あ。部屋が別れてるから、別々に寝れるね!」
流石に一緒に寝るのは危険と判断して先手を打っておいた。
「ねぇねぇ!ここなんていうんだっけ?」
七海ちゃんが窓際の椅子とテーブルが置かれている例の場所に飛んでゆく。
「そこは広縁、といいます。お外を眺めながらゆっくりする場所でございます」
中居さんが教えてくれた。例の場所とかそういう風にしか聞いたことがなかったので、知識が一つ増えた。
「この辺りの観光でおすすめありますか?」
「そうですね。芦ノ湖とか大涌谷が人気ですけど、寄木細工の体験というのもおすすめですよ」
寄木細工。検索するとなかなかおもしろそうだ。なかでもからくり箱が楽しそうだ。それに、栞とかも作れるらしい。本を読まないけど。大涌谷とか有名所は明日にして、今日はそういうのにしよう。あ、ちくわ作るのも楽しそう。
「おー。竹に巻くのか」
食欲に負けた。さらば寄木細工。ちくわ作り。かまぼこ作り。結構楽しい。隣の子供が卑猥な形を作っていて親に怒られていたり。それをみて涼子ちゃんが顔を赤くしていたり。
「焼き立てのちくわなんて初めて食べるな」
「ですね。美味しいです」
三者三様食べ方が違って面白い。あかねはガツガツ食ってるし、七海ちゃんはぐるぐる回しながら食ってるし、涼子ちゃんはついばむように食べてるし。性格が出ているような気がしてちょっと笑ってしまった。
「かまぼこは1時間チョットかかるみたいだから、その間にお昼にしようか」
検索→移動→安西チョイスのお店に到着
「ホテルだな」
ホテル内を移動
「スイーツのお店だな」
「だってスイーツ研究会ですもの。軽食もあるから大丈夫よ」
なんと高校生には似合わない高級な雰囲気よ。軽食とケーキセット、美味しいと評判のりんごパイを頼んでみた。
「なるほど。財布が悲鳴を上げているな」
高校生向きじゃない。2,000円のオムレツに1,600円のケーキセット。りんごパイは1,600園。5,000円オーバーの昼食なんて初めてだ。でも流石に味は最高だった。特にりんごパイなんてテーブルに運ばれてきてからフルーツソースでデコレーション、バニラアイスを乗せられた。高級ホテルかよ。高級ホテルだけど。
「なぁ、これ、味の違いってきちんとメモに書き込んでおくのか?と、なんで俺は食べさせられてるんだ?」
「あーん、ってのは定番じゃない」
「カップルのな?」
「あら。今は全員カップルなんでしょ?」
え?そうなの?そういう設定だったの?お友達設定じゃないの?結局、全員バラバラに頼んだケーキセットを全種類食べたのは自分だけだったので、ノートに違いを書いたわけだけど。これ、どうやって発表するんだ?4人で旅行に行ってとか書くのか?学校で殺されそうだな?
戻ってかまぼこを受け取って宿に戻る。
「うへあ~」
畳に大の字になって寝転ぶのは気持ちいい。最高だ。眠気に襲われたけど、なんかここで寝るのは勿体無い気がしてなんとか耐えていたら、他の面々は疲れたのか寝てしまっていた。
「これは。なんというか。最高にエロいな。七海ちゃんのスカートが一番エロい。いかん、あれはいかんぞ」
しかし、女の子の寝顔って良いもんだな。まつげがスッと伸びてて横向きに寝てて髪の毛が顔に少しかかってて。首筋とか見えちゃってるの。なんにしても10月でちょっと肌寒いからなにかかけてあげないと……。
「布団しか無いな。毛布とかは無いのか。流石に布団をかけたら起きるでしょ」
ということで各自が来てきたコートをかけてあげることにした。涼子ちゃんだけショートなコートだったので、自分のやつをかけたわけだけど。
「いや。なんで袖を掴んで笑顔なの……」
涼子ちゃん、そういう趣味合ったの。匂いフェチなの。それぞれの上着をかけてから広縁の椅子に座って、考え事。
「この3人から、ねぇ。でも別にこの3人から選ばなきゃいけないってルールは無いんだよな。他に自分が好きな相手が現れたら」
そんなことを外の方を見ながら独り言を言っていたら、正面の椅子に安西が座ってきた。
「そうなの?誰か好きな人でも見つかったの?」
「あれ、起きてたのか」
「上着かけてくれたときにね」
「そうか。いや、さっきのは例えばって話だ。正直、この状況は嬉しいし、自分には勿体無いことだって思ってるよ」
「あーあ、あの時、お試し、なんて言わなきゃよかったなぁ。ねぇ、あの時、お試しって言わなかったら、あのまま付き合ってくれてた?」
「そうだな。多分な。あんなこと人生で初めてだったからな。かなり舞い上がってた」
あのときのことを思い出すと少し恥ずかしい。いや、かなり恥ずかしい、舞い上がっていたのは自分だけで、安西は冷静でこっぴどく振られた気分になったし。
「でも、あれだ。お試しって言われたとき、実は結構ショックだったんだぞ」
「ごめんなさい。なんか恥ずかしくて」
こういう安西は嫌いではない。豪快に見える中にある繊細な部分。ちょっとくすぐられる。
「安西も意外と女の子っぽい所あるのな」
「何よ意外って。あとあかね」
本当にこだわるな。
「なんで名前呼びにそんなに拘るんだ?」
「道彦が近くに感じるから」
なるほど、今、道彦って呼ばれてそんな感じがした。恋人同士が名前で呼び合うのが多いのはそういうことか。ちょっとわかった気がする。
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