第35話 女の戦い

ナースステーションから看護婦が飛び出して携帯で先生を呼び出している。


「千石さん!?」


俺も急いで病室に戻る。病院は走っちゃいけないとか頭の片隅に浮かんだけど、そんなの知るか!走る。走る。走る。


「千石さん!」


息を切らして病室に到着すると医師が千石さんになにか話しかけている。


「あの!千石さんは!」


「声をかけてあげて下さい」


医師は静かに頭を起こして俺にそう言った。


「千石さん?聞こえる?」


「うん。聞こえてる。こんな時くらいは涼子って呼んで欲しいな」


「こんな時に何を言い出すのかと思えば。大丈夫なのか?涼子ちゃん」


「大丈夫じゃないから手を握ってて」


こんなやり取りが出来るのならきっと大丈夫。涼子ちゃんは帰ってくる。


「ねぇ、桐生くん。私の考えていること、当ててみて?」


「今考えていること?」


「そう」


今考えていることか。そうだな……あ。


「分かった。今日の約束だ。一緒にどこかに出かける。出掛けてるな確かに。場所はちょっとアレだけど」


「そうね。もうちょっと雰囲気のあるところが良かったけど、二人きりになれたからいいかなって。桐生くん。もう一つ、わがまま言っていい?」


「なんだ?」


「キス、してくれない?」


「えっと……」


これは「どこに」だろうか。頬?唇?まさか手ってことはないだろうし。


「あのね。好きとかそういうのじゃなくていいの。これは私のわがまま。ちょっと今の状況を利用してるズルいお願い」


ホント、涼子ちゃんは分かりやすな。自分で言っちゃてるし。


「じゃあ、目を閉じて」


「うん。期待してる」


これは唇、なんだろうなぁ。期待してる、とか言われたし。これがファーストキスとかなら雰囲気あったのに。違うのがちょっと悔しい。


「こっちにしてくれるとは思わなかったからちょっとびっくりしちゃった」


「期待していたんだろ?」


「そうだけど……心の準備、出来ていなかった。みんな桐生くんはエッチだから、って言っていたのはこういうことだったのね。私が寝ている間に変なことしてない?


「してないよ流石に。ちょっと首筋を触っただけだ」


「やっぱりエッチだ。他にも触ったでしょ」


首筋もエッチ判定なのか。そういうものなのか?


「耳?」


「息とか吹きかけた?」


流石にそこまではしていない。頬から首筋を撫でる時に耳たぶが柔らかいなぁ、って思った程度だ。


「そんなことしてないよ。ってか、して欲しかった?」


「んー……耳元でなにか言ってほしかったなぁ。例えば、今の私が喜ぶこととか。別に今でもいいんだけど……」


女の子って本当に強いな。こんなときにまで自分に正直になれるのか。でもまだ俺はそこまで自分の気持が動かせていない。偽りの言葉は禍根を残す。だから俺は……


「俺は涼子ちゃんのことが、す……てきな人だと思ってるよ」


「なにそれ、ズルい。ちょっと期待しちゃった」


涼子ちゃん、ここまでの会話で、俺のことが好きって言っているようなものなのに、気がついているのかな。こっちは伝わっているから別にいいんだけども。


「あのさ、涼子ちゃん。涼子ちゃんって俺のこと好きなの?」


「すっ!?」


「だって、いままでの会話、そのままの流れだよ?」


「あ、あ、あ……」


顔が半分布団の中に消えた。面白い。安西とか七海とは違った女の子らしさだ。


「それでどうするの?返事したほうがいい?」


「えと、、、前向きの返事なら、欲しい、かな」


ごめんなさい、以外は前向きの返事でいいんだよな。現状では安西と七海からも言われているし。正直、詩乃の件があって、付き合うって一体なんなのか、って気持ちで、素直に誰かとお付き合いする気持ちではない。七海と同じ様にそれを伝えるのがいいと思った。


「すぐには答えは出せないかな。知ってるかも知れないけど、詩乃の……」


あ!しまった!この件は七海と未来ちゃんしか知らない話題だ!そもそも涼子ちゃんに詩乃と別れたって言ったっけ???あれ?あれ?


「分かってる。詩乃ちゃんと別れたばかりだし、すぐに他の人と、というのはどうか、って感じなんでしょ?」


ああ、言ってたか。そうだそうだ。和菓子屋で話したんだった。なんか無駄に冷や汗をかいてしまった。


「そんな感じかな」


「安西さんはどうするの?」


そうだよな。それも知ってるよな。


「正直、それも分からない。なんていうかさ、今までボッチでいきなりこんなに沢山の友達が周りに出来て、しかも複数人から好きだとか言われたのは人生で初めてで……」


「そう何度も無いと思うわよ。こんなの。モテ期ってやつじゃない?そんな時に混ざるなんて私は運が無いのかも知れないけどね」


俺にとっては贅沢だけど、当の本人はそう思っているのか。まぁ、そうだよな。無駄に待たされるんだもの。


「あ、そうだ。ちょっと聞きたいんだけどいいかな?」


「なに?」


「涼子ちゃんはなんで俺のことが好きになったの?」


「んー……なんでだろう。男友達って初めてだから、思い込み?ひよこは初めて見たものについて行く、みたいな?」


「なにそれ(笑)」


「冗談だけど、ゼロとは言えないかな。だって比べる対象が無いんだもん。でも、なんか安心するの。桐生くんと一緒にいると。だからかな」


「そっか。涼子ちゃんは正直なんだな」


「どういたしまして。正直者の千石涼子をよろしくおねがいします」


「善処するよ。ちょっと待ってて」


「うん」


とりあえず、目を覚ましてくれて良かった。お父さんにバトンタッチして、俺は一旦家に戻った。土曜日ということもあって、両親も変えでもいたわけで。色々聞かれて事情説明をして。楓に何を言われるかわからないから病室での出来事は内緒にしておいた。


桐生『報告。涼子ちゃんは無事に目を覚ましました。暫くは入院することになるけど、大丈夫だろう、だって』


笹森『よかったぁ』


未来『ほんとうに。桐生先輩、看病お疲れ様です』


安西『びっくりしたわよもう。本当に。でも安心した』


七海『私のライバルはこうでなくちゃ』


笹森『ライバル?』


安西『なにそれ?』


七海『私、桐生先輩に告白した。待っててって言われてるけど』


こいつ、、、今言うことかよ。


桐生『あー、えっとだな』


未来『先輩モテモテだー。安西先輩に七海ちゃんに千石先輩!どうなるのかなー。楽しみだなー』


稲嶺『あんたたち……こんなの千石さんが見たらどうするのよ』


千石『もう見てる。七海ちゃん、負けないわよ』


なんでいつもこうなるんだ。でも今回のは修羅場とはちょっと違うのかな。今のところは。自分が間違えなければ、だけど。


こんなに賑やかな夏休みなんて初めてだ。楓には呆れられたけど、最後には引きこもりになられるよりはいいけど、とか素直じゃない言葉をいただきまして。ツンデレキャラまっしぐらだな。

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