第36話 遊びに行く先

「道彦~!遅刻する~!」


玄関の向こうから呼ぶ声。なんで道彦なんだよ。


「なに?おにーちゃん、安西さんと付き合うことになったの?道彦~だなんて」


「ちげーよ」


「あーらあら、仲がよろしいことですわ。○ね!」


機嫌が悪い。夏休み最後になにか悪いことでもあったのか。聞くと更に機嫌が悪くなりそうだから放っておこう。


「安西、なんなんだよ。道彦って」


「いいじゃない。名前なんだから。どう呼んでも私の自由でしょ。だから、別に道彦も私に事、"あかね"って呼んでもいいのよ?」


「はぁ。そういうのは付き合ってからな」


「じゃあ、あかねって呼んでみて」


「だから……」


「あ、引っかからなかった」


実はちょっと危なかった。学校に到着するといつもの3人が揃った。安西、稲嶺、そして俺。すっかり一緒にいるのが当たり前になってしまった。クラスメイトからは「お前変わったなー」とか言われたけど、確かに変わったと思うよ自分でも。なにがきっかけでこんなことになるかなんて分からないからな。教科書から始まる恋、とか言えばロマンチックだけど、実際は部活動立ち上げのダシ、だったし。


「なぁ、安西。なんでこんなことになってるんだ?」


「さあね。先生に聞いてきて」


「なぁ、稲嶺。なんでこんなことになってるんだ?」


「さあね。あかねに聞いて」


「なぁ、七海。なんでこんなことになってるんだ?」


「そうですね。私は七海、なので一歩リードってところでしょうか」


「あ!道彦!?なんで私は"あかね"じゃないのよ!」


「あ!なんで安西先輩、道彦、なんて呼んでるんですか!」


「あんたたち、こんな狭いところで痴話喧嘩なんてやめてくれる?桐生くん?さっさとハッキリさせてよ。もう、めんどくさい」


稲嶺はポッキーを口に咥えて、本当に面倒臭そうにそう言うけど、どうすりゃいいんだよ。決めるったって、どうやって?この前、なんとなくでそうして大失敗したんだけど?


「まぁ、それはそれとして。文化祭実行委員でなんですか安西さん。なんで引き受けたんですかそんなもの」


「成り行き?」


「どんな成り行きだよ!どうせ部費をアップするからとか言われたんだろ?」


「さすが未来の彼氏、分かってるじゃない」


「だから、そういうのやめろよ」


「じゃあ、あかねって呼んで」


こいつら……


「いいじゃない。もう。名前で呼んであげれば。あかねに七海、えーっと、千石さんは涼子ちゃんだっけ?同じ様に呼べばいいだけでしょ?」


「そうんんだけど……」


今朝、安西には名前で呼ぶのは付き合ってからな、とか言った手前、名前で呼ぶのは嫌な予感しかしないんだよな。


「そういえばさ、向こうの文化祭っていつなんだろうな。生徒会とか文化祭で忙しくなるんじゃないのか?」


話を逸らす。こういう時はコレに限る。


「んー、なんか9月末みたいよ。木槿祭?なんて読むのかしら」


「むくげ、みたいだな。花の名前みたいだ。花言葉は信念だってさ。女子校らしいね。あ。チケット制って書いてあるぞ。さすが女子校。変質者お断り、ってうやつだ」


案の定、みんな俺を見ている。


「大丈夫だ。俺は涼子ちゃんからもらうから」


「あー!あー!あー!なんで!私だけ"あかね"じゃないの!?なんで!ズルい!」


あー、しまった……。それにしても、このメンツが集まるといつも騒がしくなるな。でもそんなのが心地よくなってきた。一人の時が嘘のようだ。



「学園祭なあ……」


家に帰ってリビングのソファに寝転んで大あくびをしていたら楓にチョコレート菓子を口に放り込まれた。


「どうせまたなんかに巻き込まれてるんでしょ。いいですねー。青春してて」


「学園祭の実行委員とかいうクソ面倒くさいものをやることになってな。気が滅入っているところだ。楓もなにかあったのか?」


「ちょっとね。はぁ……」


「なんだ。さっき、相談料貰ったから無料で受け付けるぞ」


ため息をつきながら俺を見て、から楓は話しだした。


「二股、かけられた。もう最悪。しかも相手が私の友達とか。その子、私と彼が付き合ってるのを知っててそんなことしたのよ?信じれれる??」


どこまでしたのか分からないけど、そういう人種が居るっていうのは嫌というほど知ったつもりだ。


「楓。そういう人っているんだよ。目の前に居る人なら誰でもいい、みたいな。一度そういうことをしたやつは繰り返すぞ」


「分かってる。分かってるんだけどさ……」


「好きなのか」


「うん……。それもあるんだけどさ、その友達も酷くない?知っててそんなことしたのよ?」


「ちょっといいか?答えたくなければ答えなくてもいいぞ。その楓の友達と彼って、どこまで何をしたんだ?」


「……。一緒にご飯食べてた。夜に。塾の帰りに見た。すんごい楽しそうに」


んん?浮気、なのか?


「それ、友達になんで会っていたのかとか聞いた?」


「聞いてない。聞けるわけないでしょ?」


ふむ。なんかこれはもしかして。


「楓、お前の誕生日って来週だよな?」


「そうだけど?だから最悪なのよ。誕生日の直前に浮気とか」


はぁ、彼氏も大変だな。こんなヤキモチ焼きのツンデレキャラなんて。


「楓、多分それ、楓の友達に、楓に誕生日プレゼントは何を買ったらいいのか、って相談したお礼に晩御飯を奢ったんだと思うぞ?」


俺でも多分そうする。彼女の親友にどんなものが喜ぶのかリサーチ、お礼になにか、自然な流れじゃないか。


「じゃあ、どうすればいいのよ」


「そうだな。誕生日プレゼントを貰った後に確認だな」


「どっちに」


「友達に。彼氏には内緒にしてやれよ。わざわざ相談までして決めてくれたんだから」


「分かった……」


はぁ、楓も大概だな。彼氏に同情するよ……。そんなことより学園祭の実行委員、どうすんだよ。明日からキックオフとかで集まるらしいし。

俺の高校の学園祭は無駄に力が入っている。近くに女子校があるから、そこの生徒を呼び込むとかで男子が特に。だから女性向けのものが多くなる。女子は呆れて付き合っているけど、なんだかんだで楽しんでいるような気がする。


「まぁ、なんにしても今日、俺は涼子ちゃんの退院日だからそっちに行くぞ。行きたい人は一緒に行かないか」


翌日の部室でそんなことを言えば、当然のように全員がついてきた。病院に到着するとロビーで帰宅準備をする涼子ちゃんの姿があった。


「もう大丈夫なんだよね?」


「大丈夫。後頭部の傷以外は。なんか痕が残るらしいのよね。髪の毛で見えなくなるけども。これは笹森さんになにか奢ってもらわないとだね」


先に来ていた笹森さんと未来ちゃんはそのへんの話をしていたようだ。で、笹森さんには俺との関係を応援するようにとかそういう内容をたのまれたと笹森さん本人から聞いた。


「そういえば桐生くん、どこかに遊びに行くって約束なんだけど」


「ああ、それがまだだったな」


あかねと七海からの視線を感じるが約束は約束だ。


「どこに行きたい?」


「桐生くんの家。私だけで」


おーっと、そう来たか。これはあかねと七海へのジャブだな?


「構わないけど……」


周囲を見回すと、いいんじゃない?という顔をしているのは笹森さんだけだ。他の陣営は怪訝な顔をしている。理由はまぁ、言わずもがななので弁明を先にしておこう。


「なにもしないからな?楓もいるし」


安西が一番疑いの目を向けてくる。


「そんなに心配なら安西の家にみんな集まって宿題でもやっていればいいじゃないか」


今回はこれでなんとか折り合いがついて、涼子ちゃんとの自宅プチデートみたいなものが開催されることになったのだが……


「はぁ、これで何度目なんだよ。楓も疲れるだろ?」


「おにーちゃんが変なことをしないか見に来ているの」


お茶がぬるくなるとかお菓子はまだあるのとか15分おきに部屋に入ってくる楓。ノックの返事もしないで。


「随分と信頼があるお兄ちゃんなのね(笑)」


「まったく。心外ですよ。なにかするなら誰もいない時にするでしょうに」


「したいの?」


「あ!今じゃないよ?」


「あとでしたいの??」


「や、それも違うというか」


「私、女の子としての魅力ない?」


ありまくるから困っているのだ。この知的な感じが他のやつらとは違ってまた……。


「聞いていた通りだ。あんまり言うと襲われちゃうからやーめとこっと」


一体何を誰から聞いたのか。ってか、そんなことはしないし、詩乃ちゃんにはされたほうだし。そんな桐生たちとは別に安西邸では密偵楓の持ち帰る情報で盛り上がっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る