第39話 演劇部

「はぁ!?○ね」


やっぱりねー。そうなると思ったよ。自分で考えるしかないか。結局、3人全員に連絡したら、望むところだ、みたいな書き込みがあって頭が痛い。そもそもどこに行くのか。


「あのさ、例の全員で遊びに行くって件なんだけどさ、とりあえずは西京女学院の学園祭、木槿祭が終わってからにしないか」


「まぁ、そうね。そのほうが落ちついていけるわね」


生徒会長が賛同してくれたので割とスムーズに沈静化出来た。先延ばしともいうけど。同時に誰が一番なんとやらも先送りできたわけだ。まぁ、まずは木槿祭だ。


「な、なぁ、コレって実行員の交換交流なんだよね?」


「そうですよ。あ、もう少し袖が長いほうがいいかも」


「で、なんで俺はさらに採寸されているの?」


「今回の木槿祭の目玉だからです。実行員さんは木槿祭を盛り上げるのがお仕事ですよね?ですからこういうのも引き受けていただかないと。会長からもそう言われてますし」


くっそ。やっぱり涼子ちゃんの仕業か。


「ところで他のメンバーは何をしてるか知ってる?安西と稲嶺と七海なんだけど」


「えーっと。出し物の内容確認とステージの利用時間割の確認とかされてましたよ。で、なんで七海さんだけ名前呼びなんですか?そういうご関係なんですか?会長はご存知なんですか?」


あー。女の子の面倒くさいやつが発動されたようだ。ほんとこういう話好きだよなぁ。


「気になる?」


「気になります」


「単純に伊藤、が複数人居るからだ」


俺のクラスに伊藤は居るから嘘ではない。話したこともないやつだけど。


「なるほど、そういうわけですね。納得です」


そうか、納得してくれたか。うんうん。


「でも会長、桐生さんのこと"道彦"って呼んでましたよ?」


「え、そうなの?」


それも知ってるけど。なんか桐生って呼んだり道彦って呼んだりバラバラだからあんまり気にしていなかったけど。


「はい。採寸は終わりです。この後は縫製に入りますので、次は試着ですね」


「ところで、女の子はどんな感じの衣装になるの?」


気になって見せてもらったら、ゴシック調の可愛いものが多かった。中には現代風の胸を強調させたようなものもあったが、着る勇気がある人が少ないとのことだった。なるほど。面白そうだから安西に着せよう。


「あ。会長さんじゃないですか。これから生徒会室に戻りですか?」


「なんで敬語なんですか気持ち悪い。別に普通に話してくださいよ」


「だって、この学校では生徒会長なんだろ?」


「そうですが……。なんか他人行儀で。普通に涼子でいいですよ」


「千石さん、じゃなくて?」


「涼子でお願いします」


こういうのも女の子ってこだわるけど、なんでなんだろうか。名前で呼ばれるのってそんなに特別なのだろうか。よく分からん。そのよく分からんことにこだわる自分もよく分からん。

生徒会室に戻ると、生徒会メンバーとスイーツ研究会のメンバー全員が揃ってなにか難しい顔をしている。


「何かあったの?」


「はい。これです」


未来ちゃんが見せてきたのは舞台演目についてだった。演劇部の舞台なのだが、内容は思いっきり"百合"だった。なんとキスシーンまであるという。


「これは……。個人的には見たいけど」


「言うと思いました。でも、これ、最初は実行委員で精査してその後に職員会議に回すんですけど、実行員が了承した場合、そのプレゼンは私達が行うことになるんです。だから、下手にOK出しにくくて」


「それならダメなら駄目で良いんじゃないの?」


「それが……」


未来ちゃんが持ってきたのは一枚のポスター。


「ポスターだな」


「はい。コレが既に配られているんですよ。周辺のお店とかに。ポスターだけじゃ内容がわからないので何も言われなかったようなんですよ」


「計画的犯行だな。そこまでしてやりたい内容なのか。とりあえずは演劇部の部長さんに話を聞いたほうが良いんじゃないのか?」


なんにしてもそこからだろう。そこまでこだわるのには理由があるはずだ。それに、ここまで勧めているなら顧問の先生も1枚かんでいる気がする。というわけでとりあえずは会長と俺の2人で演劇部の部室へ向かう 。


「すみませーん。交換実行委員の桐生と申しますがー。少しよろしいでしょうかー」


「あ!今衣装合わせしていますので、少々お待ち下さい!」


脱いでいるのか。そうか。何も言わずに入ったら夢の世界だったのか。会長に先導してもらって突撃すればよかったな。


「お待たせしました。ご用件は何でしょうか?」


「この件で、部長さんとお話したいのですが……」


俺は件のポスターを片手に話をする。ってか、なんで会長がその話をしないのか。後ろで腕を組んで立っているだけだ。


「千石会長はなんでそこに?」


「私も涼子でお願いしたいのだけれど」


今はその話じゃないよね?


「まぁ、あれよ。内容が……その……」


「恥ずかしいのか」


涼子ちゃんは静かに頷いた。ウブだねぇ……。


「お待たせしました。演劇部部長の十条と申します。ポスターの件ですが、演劇部は毎年練習が早いので先に配らせていただいております。その件は会長もご存知はずだと思うのですが」


「え?そうなの?会長。そうなの?」


「ええ」


じゃなんでこうなってるの。内容?それが問題でいいの?聞いてみるか。


「ポスターの件は私も初めてですので、知りませんでした。すみません。それと、演劇の内容について実行委員内でちょっと議論がありまして」


「台本の件ですか?」


「はい」


思いっきり百合だから厳しいといえば良いのか。若干控えてもらいたいと言えば良いのか。事前に打ち合わせてないぞ。会長……は、あの調子じゃダメだな。免疫なさすぎでしょ。俺の家であんなことしておいて。


「いや。話は非常に面白いのですが、ちょっと倫理的に……」


「桐生さんはそういうのお嫌いですか?」


「あ、好きか嫌いならむしろ大好きなんですけど、高校生の演じる舞台としては刺激が強いというか……」


「あら。愛の形に性別なんて些細なものですわ。それにこの作品に出てくる主人公は性同一性障害という設定ですの。そういう生き方もある、という強いメッセージが必要なのです。わが校にもそういう生徒はいないとも言えません。その方々の一助となれば、とこの台本を書いたのです」


う……強い。でもこの内容を職員会議にかければOKもらえるんじゃないの?女子校だし。エロスのためじゃないみたいだし。


「ところで、興味本位だからちょっと失礼な内容なんですが、この作品に出てくる主人公ってそういう……」


「いえ、単純に女性同士のカップルですわ。いわゆる筋金入りの"百合"ですわ」


だめじゃーん!思いっきりダメじゃ~ん!性癖丸出しの舞台じゃ~ん!ま、まぁその辺は目をつぶったとして、内容的に会長はどう思うんでしょうかね。


「会長さーん。涼子さーん。ちょっと。そんなとこに立ってないでこっちに来てくださいな」


なかなか来ないので、手を引いて連れてくる。


「仲が良いのですね。伺っておりました通りです」


どこから伺ったのかは知ってるけど、どんな風に伺っているのかは未来ちゃんしか知らないしな。


「それでしたら、問題のシーンなんですけど、実際にご覧になられますか?そういう雰囲気はあまりないかと思いますので」


そうだな。実際に見るのが一番だ。ってか興味がある。会長は……、思いっきり恥ずかしがっている。そろそろ覚悟を決めて欲しいのだが。

結局、無理やり引っ張って演劇部が練習している教室へ。


「それじゃ、そのシーン前後を軽くやりますね」


部長が合図して配役が位置につく。音楽ともに劇が進行する。そして問題のシーン……。


「こ、これは……」


いやいやいやいや。情熱的すぎるでしょ。ベロチューしてるでしょ。ほら、あっちの方なんてキャーキャー言ってるし。会長も顔を手で隠しちゃってるし。唾液で糸引いてるし。


「あの、部長さん?ちょっと情熱的すぎるというかなんというか……」


「いや!このシーンは情熱こそが再々のメッセージ!このくらいの迫力が必要なのです!」


誰だよお前、と振り向くとそこには女性顧問。あ、コイツが元凶だ。ひと目見ただけでわかる程の雰囲気だった。


「交換実行委員の方ですね?このシーンはこのくらいの迫力がないとお芝居が盛り上がらないのです。ですので必要な演出なのです。役者の二人もその辺りは了承してますので、問題ございません。もしあれでしたら桐生さんもお試しになられますか?」


お試し。誰と。アレを?マジで?


「えっと……」


「紗織さん!」


「はい!それでは桐生さん、こちらに」


え?え?え?二の腕を掴まれて教壇の舞台に立たされる。前後の話を台本で説明されて一気に問題のシーンへ突入。全然話が入ってこなくて何のためのシーンなのか分からないんですけど!?


「(桐生さん、力を抜いて下さい。大丈夫、さっきみたいなのはしませんので。かるく、ですので)」


え?あ!?ちょ!ま!!


「だめー!」


演劇が止まる。涼子ちゃんが肩を怒らせて両手は拳にして叫んだ。演劇部全員が涼子ちゃんを見る。


「あ……」


涼子ちゃんは顔を両手で押さえて、その場でしゃがみこんでしまった。泣いているわけではないので、きっと恥ずかしさが限界突破したのだろう。


「ちょっと、すみません」


抱かれていた腕をほどいて、涼子ちゃんのところへ行き、一緒にしゃがんで肩を叩く。


「大丈夫、何もしてないから。ほら。立って」


涼子ちゃんは無言で立ち上がったけど、半泣きになっていた。本気で俺がキスシーンを演じてしまうと持ったようだ。


「あの……会長……ごめんなさい。やりすぎました。でも、わかって欲しいんです。このシーンがないと物語の芯が抜けてしまうのです」


あんなことがあって涼子ちゃんには判断能力が無いだろうと踏んだ俺は「軽く、にして下さい。濃厚なやつはその……個人的な時に」と言ってその場を後にした。


「大丈夫?」


「え、ええ。ちょっとびっくりしちゃって」


「俺もびっくりした。まさかの色仕掛けはちょっとどころかかなりびっくりした。でも顧問公認ならどうなんだろうね」


結局、その後の協議で、頬に手を当てて直接の部分は客席から見えないようにすること、で決着した。


「はぁ、一時はどうなることかと思った……」


「何かあったんですか?」


七海ちゃんに聞かれた。まぁ聞いてくるよね。


「まぁ、色々とね。刺激的なことがあって、涼子ちゃんが大ダメージを負った」


一段落して、トイレに行こうと思ったのだが、流石の女子校、男子用トイレがない。職員用トイレまで行かないと無い。ちょっと時間を明けて生徒会室に戻ると、七海ちゃんがニヤニヤしながら近寄ってきた。


「せんぱーい。それはダメですよぉ。そんなことしたら私も怒っちゃいますよ?」


とうやら未来ちゃんネットワークで情報を入手したようだ。安西は悲しみというよりも怒りの表情だったので近寄らないほうが良さそうだ。

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