第31話 決断
「はぁ……最初に桐生先輩には言っていたほうが良かったのかなぁ」
「このこと?」
「です」
「個人的なことだからねぇ。でも私も流石にこれは……って思った」
「七海ちゃん、こういうのどうやったらやめさせることが出来ると思う?」
「難しいなぁ。もうこれ、生き方だと思うから。私達の知ってる範囲なら桐生先輩みたいに助けることは出来ても、他の人はわからないし、そういうのが好きな人だって居るだろうし、さっきのえっと……」
「ああ、定峰さん、ね。あの人、大学生なの」
「会ったことあるの?」
「ある。それで詩乃がいない時に誘われたことがある。もちろん断ったけど」
「最悪……」
「はぁ……大丈夫かなぁ……桐生先輩……」
俺はさっきの喫茶店に行き、詩乃ちゃんを呼び出した。1時間待ってほしい、と返事が帰ってきた。多分、してる最中だったのかな。あのまま部屋にいれば15分くらいだろうし。こういうときの1時間は長い。とてつもなく長い。アイスコーヒーの氷が溶けて薄いコーヒーになった時に詩乃ちゃんはやってきた。
「すみません。あのあと、シャワーを浴びてまして」
詩乃ちゃんからは石鹸の匂い。その時、俺は確信した。そして覚悟を決めた。
「詩乃ちゃん、俺は詩乃ちゃんとはこれ以上付き合えない」
「なんで……ですか?」
両手を口に当てている。さっきまでなら傷つけたのかなって思ったかも知れない。でも今は全く違う感情だ。
「いままで何をしていたんだ?」
「え?ですからシャワーを浴びてまして」
「どこでだ?誰とだ?」
「なんでそんなこと……先輩、酷いです……」
「酷いのはどっちだ。この珈琲店で会ってた定峰ってやつか?」
詩乃ちゃんの顔色が変わる。
「誰のことですか!?なんでそんな変なこと言うんですか!?先輩、どうしちゃったんですか!?」
かまをかけてみる。
「待ち合わせ時間前に俺はこの席に座っていた、詩乃ちゃん、あの席でその定峰って人と座っていたよね?それで名前を聞いた」
一緒に座っていたのを見たのは事実、でも名前までは聞いていなかった。
「あと、あのあと気になって詩乃を見ていたんだ。そしたら、ね」
「つけていたんですか!?」
食いついてきた。本当だったのか。残念な気持ちと呆れの気持ちと。
「俺は、そういう女の子とはお付き合いできない。悪いけど」
詩乃ちゃんは両膝に手を置いて下を向いている。俺はそんな詩乃ちゃんを見つめている。
「分かりました。仕方ないですね。私の生き方と先輩の生き方は違う。分かり合えることはない、ということですね」
「そういうことだ」
「でも勿体なくないですか?」
「なにが?」
「一回でもすればよかったのに。これからでもいいですよ?別れる前提でも」
「すまないが、そういうのが俺はだめなんだ」
「でしょうね」
詩乃ちゃんは僕から顔をそらして真正面を向いてそう言った。
「はぁ。先輩が初めてです」
「なにが?」
「その……出来なかったのは。みんな誘惑に負けてくれました。だから、そんな先輩がちょっと羨ましいです」
「なら、そういう生き方、やめればいいじゃないか」
「やめたら、もう一度付き合ってくれますか?」
「すまんな。無理だ」
「ですよね」
詩乃ちゃんは相当なことがないと、この生き方はやめられないと思う。個人的にはの出来事も相当な出来事だと思うのだが。これで足を洗ってくれればいいんだけどな。
詩乃ちゃんが先に店を出てから暫く俺は店に残り、色々なことを考える。このことを知っているのは未来ちゃんと七海ちゃんだけなのか。千石さんはとか笹森さんはしらないのだろうか。安西が知ったら何て言うのだろうか。楓は出て行けって言っていたけど、こんなことがあって外にいるのは嫌なので家に帰ることにしよう。
「ただいまー」
一度部屋に戻って荷物を置き、飲み物を取りにキッチンに向かう。
「おにーちゃん!なんで帰ってくるのよ!」
「色々とあってな。すまん」
「楓。男の人に聞けばなにか分かるじゃない?」
「ええ……だっておにーちゃんだよ?」
「でも男の人でしょ」
「そうだけど……」
なんか男であれば誰もでいい、みたいな話をしていて、さっきまでのことを思い出してしまった。できれば早く忘れたいのだが。
「お兄さん、ちょっといいですか」
「ちょっと明美!」
「いいから」
「あの。ちょっとお聞きしたいんですけど、男の人って彼女が居ても他の人と身体の関係って持ちたいって思うものなでしょうか?」
なんだなんだ?こっちもその話題か?思わず頭を掻く。簡単に話を聞くと、泣いている女の子の彼氏が他の女の子とそういうことをしていたって分かったらしい。なんで知ったのかって聞いたらホテルに入るのを見た、ということだった。まさかと思って髪型とか特徴を聞いてみたら、恐らくだけど詩乃ちゃんだ。
「あの。言いにくいんだけど、その彼氏は駄目だと思う。身体と心は別、とかいう人も居るけど、俺はそう思わない。そりゃ、男だから据え膳食わねばなんとやら、はゼロとは言えないけど、付き合っている人が居るのであれば、絶対に超えちゃいけない一線だと思う」
「お兄ちゃん……」
「きっと何度でもするぞ。そういう人は。そういう生き方なんだ」
俺はさっき目にしたものを思い出しながら、そう言った。体験者として説得力があることが言えたような気がする。
「すまんな。泣かせちゃって。でも、これ以上泣くようなことにならないように、これ以上手遅れになる前に、別れたほうがいいと思う。一人の男としてそう思う」
そうだ。この子はさっき自分が感じた気持ちと同じことを体感しているんだ。あの悲しいような引き裂かれるような。裏切られたという怒りにやりきれない思い。あんな気持ちをさせて言い訳がない。
「俺から言えるのはそれだけかな」
「ありがとうございます」
俺は軽く微笑んでから自分の部屋に戻っていった。
「偉そうなこと言ったけど。でもどこにでもそういうやつって居るんだな。俺には信じられないや。ちょっと寝よう。あまりにも疲れた」
どのくらい寝ていたのだろうか。楓がドアを叩く音で目が冷めた。
「いいぞ」
「ちょっと。お兄ちゃん、さっきのはどういうつもりなの」
「どういうともりも、言ったとおりのことだ」
「なんでそんなに断定的に言えるの?」
「俺も今日体験してきたからな。新鮮な言葉だぞ」
「はぁ!?訳分かんないんだけど」
「簡単に言うとだな。彼女が出来たって言ってただろ?そいつを俺が拒んだら、即日で他の男を呼び出してヤッてたんだよ。んで、別れてきた」
「別れてきたって……」
「そう。別れてきた。あ、あれだぞ。迫られたけど、俺はヤッてないからな」
「キスくらいはされたんでしょ、どうせ」
なんで女の子ってそういうのは分かるんだろうか。
「なんでそう思うんだ?」
「そういう人、いきなりしてくるでしょ」
楓は目を逸らして口を尖らせながら言葉を吐いた。
「そいつ、殴りに行っていいか」
「いいの。私が油断したのがいけないんだから」
「やっぱり殴りに行っていいか?もし、定峰ってやつなら○しに行くぞ」
「誰それ」
違った。本当にアイツだったら本当に○しに行っていたかも知れない。
「まぁ、こっちの話だ。で話は戻るけど、彼氏彼女が居るのに、他の男女に手を出すのは絶対に駄目だ。少なくとも俺はそう思うし、楓にもそういうやつには掴まってほしくない」
「なんで私の話になるのよ」
「いや、兄としてだな」
「はいはい。ありがとうございますぅ。妹思いな兄をもって幸せですぅ。はぁ。まぁ、私もそう思ったから明美にはそう言ったけど。あ、明美ってさっき泣いていた子ね」
「それが懸命だと思う」
「まあ、なんにしても助かったわ。ありがと」
そう言って楓は出ていったが、最後の一言が言いたかったのだろうな。回りくどいやつだ。
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