第30話 裏取り

「ふぅぅぅぅーーーーーっ!」


とても長く強い息を空に吐く。喫茶店での会話。詩乃ちゃんの行動。既成事実。そんなことが頭を駆け巡る。


「この後はどうするかな。家は楓の友達が来てるし。そうだな。部室にでも行くか。私服だけど」


校門で活動記録簿を取りに来たと説明して職員室に電話を入れてもらってから職員室で鍵を貰った。顧問の先生には特別だぞ、なんて言われたけどもそんなのは上の空だった。


「はぁ~~。どうすっかなぁ。惜しいことをしたのかなぁ。でもなぁ」


夏休みの学校は部活動に勤しむ音だけが響いている。サッカーの掛け声、野球部の金属音、吹奏楽部の音楽。こんな時、屋上にでも寝転んだらきっと気持ちがいいんだろうが、校舎の屋上は立入禁止だ。


「紅茶でも飲むか」


一人お湯を沸かして紅茶を入れて、お菓子の棚からクッキーを取り出してかじる。紅茶に紅茶味のクッキー。なかなか美味い。


「昼下がり、一人部室で飲む紅茶、入道雲よ、いと夏の空を彩りにけり」


「3点」


のけぞって窓から見える入道雲を見ながらそんなことを言っていたら点数をつけられた。


「なんだ七海ちゃんか」


「なんだとはなんですか。活動記録簿を忘れて夏休みに入ってしまったので取りに来たのですよ?わざわざ制服に着替えて。先輩はなんで私服なんですか。ここで何をしてるんですか」


「七海ちゃんと同じ。活動記録簿を取りに来た」


名目上は、ね。


「先輩。なにかありました?あ、詩乃ちゃんとなにかあったんですね?喧嘩でもしたんですか?」


本当に女の子ってなんでこんなに鋭いのか。どこかで見張っているのか。


「ちょっとな」


「相談に乗りますよ。シュークリーム一つで」


うちの楓よりは安いな時間無制限で400円だ。


「七海ちゃん、口が軽いからなぁ」


「あ!ひっどいです。そういう相談事はヒトには話さないですよ!人間として当然です!」


「そうなのかぁ」


俺はのけぞって上を見ていた頭を起こして七海ちゃんを見る。ふざけた顔はしていない。


「ちょっと言いにくい内容なんだよ。刺激が強いというかなんというか」


「大方、迫られたとか、唇を奪われたとかそういうのですよね?顔に書いてあります」


呆れとちょっと怒ったような。そんな声が耳に入ってきた。


「まぁ、そんなとところだ。まぁ、何もしないで帰ってきたわけだけど」


「意気地がないですねぇ」


「そういう問題じゃなくてだな」


「分かってますって。お付き合い初めて少ししか経ってなくてお互いのことをまだ知り合ってないのに、そういうことをするのに抵抗があった、って感じですか?」


「七海ちゃん、なんでも分かるんだな。俺たちは分かりあえているのか?」


「あ。だからってエッチなのはなしですよ」


「お前も自意識過剰だな」


「先輩よりもマシですぅ。っと、真面目に答えると、詩乃ちゃん、相当経験があるんだと思います。女の目線からですけど。経験が無いと"誘惑"ってし難いと思います」


「そうなのか?それじゃ安西も……」


「あれは勢いです。だから恥ずかしくなって好きなのにあんなことを言っちゃったんですよ」


相当な経験、か。元カレも居るくらいだし、あのヒトとの出会いもナントカって言ってたし。あの詩乃ちゃんがなぁ。


「それでですね、桐生先輩。私の率直な意見を言いますね。詩乃ちゃんはやめておいた方がいいと思います」


「して、そのこころは?」


「なんというか。男をファッションとして見ているような?既成事実を作っちゃえば男は私のもの、って思ってそうだというか」


「心から好きになるとかそういうのじゃない、ってこと?」


「そんな感じです」


何となく分かる。あの時の詩乃ちゃんは"俺を手に入れる"って感じがした。逃がすもんか、みたいな。そこまで好きなんだ、って考えもあるけども、なにか違うものを感じた気がする。


「七海ちゃん、俺、どうするのがいいと思う?」


「それは先輩が決めることですけど、私はさっき言ったようにやめておいた方がいいと思います。そうですね……あ、未来ちゃんに裏取りしてみるとか」


それだ。彼女、色々知ってそうだ。千石さんのことも知っていたし。ここは早速。


桐生『夏休み初日から悪いんだけど、この後ちょっと時間取れる?』


未来『詩乃のことですか?』


察しが良すぎる。まさか今日のことを聞いている?隣には詩乃ちゃんが居る!?


桐生『今どこにいるの?』


未来『え?家ですけど。宿題やってます』


未来ちゃんは宿題を先に済ますタイプなのか。


桐生『それじゃ申し訳ないんだけど、七海ちゃんの和菓子屋に来れる?』


未来『いいですよ。白玉、奢ってくださいね』


桐生『了解した』


「というわけで、場所を提供よろしく頼む」


「なんで私を巻き込むんですか」


「いつも巻き込まれているからだ。少しは俺の気持ちを味わえ」


そんなことを言いながら部室に鍵を閉めて活動記録簿を持って学校を後にする。


「で?なんでそっちから入るんだよ。お店はこっちだろ?」


「え?私も同席するんですか!?」


なにも考えていなかった。そうだよな。なんで七海ちゃんを同席させるのか


「あ、いや、つい勢いで」


「まぁ、いいですけど。なんか面白そうですし!乗りかかった船ですし!」


「俺はエンターテインメントじゃないぞ」


結局、七海ちゃんも表の和菓子屋にやってきた。七海ちゃんは「今日はお客さんだから、お代は支払ってもらって」と両親に言っている。メニューに杏仁フルーツ白玉なんてのがあったので、ソレを注文した。これって和菓子なのだろうか。


品物が運ばれてきたと同時に、未来ちゃんはやってきた。


「あ、私もそれがいいです」


「はい、ご注文、承りました」


エプロンをした七海ちゃんが注文を取りに来た。


「あれ?七海ちゃん?」


「そうですよ。だって、ここ、私の家ですし」


「あ、そうですよね。もしよかったら一緒にいかがですか?」


え?


「で?いいんですか?なにか相談事とかじゃないんですか?」


「桐生先輩の、ですから。一人より二人のほうがいいと思うので」


事情を知っている七海ちゃんはお盆で口を隠して俺の方を見てくる。くっそ、楽しそうにしやがって。結局、エプロンを取っただけの制服姿で七海ちゃんは未来ちゃんの隣りに座った


「で、相談って何なんですか?」


なんで七海ちゃんが聞いてくるんだよ。


「あ、いや」


「詩乃ちゃんのことですよね」


「そう。実は今日、会ってきたんだけどさ。詩乃ちゃんの家で漫画を読むってことで」


「あー……」


未来ちゃんはなんか心当たりがあるような声を出した。


「未来ちゃんはなんか知ってるの?」


「えと……はい。その、桐生先輩はその様子だとかわしてきたということでしょうか。でもここくらいは持っていかれました?」


未来ちゃんはそう言って人差し指で唇をトントンした。俺がびっくりしていると七海ちゃんが口を開く。


「えー……、そんな子には見えないのに」


「私もそういうのは良くないよ~、っていつも言ってるんですけどね。不安になるからって」


「なんか話しぶりから、僕だけじゃないような?」


「えと……はい。私が知っているだけで2人でしょうか」


Oh……。何ということだ。


「……まじか」


「はい。マジです」


これは衝撃的だ。あの詩乃ちゃんが。ってことは、あの元カレって人とも行く所まで行ったということなのだろうか。


「多分そろそろ、向こうから相談の連絡が入ってくるかと思いますよ」


なんて行っていたら未来ちゃんの携帯が震えた。


「ほら」


未来ちゃんは画面を見せてきた。


「先輩。内容、見たいですか?」


ここでソレを見るのはフェアじゃない。でも見たい。どうする!


「わぁ、これ。すごいね……」


「でしょ?」


先に七海ちゃんが見ているようだ。この閉じた目を開けばそこには真実が……!


「先輩。私、こういうことを詩乃にはもうやらせたくないんです。だから、先輩で最後にしてもらいたいんです。だから見て下さい」


未来ちゃんにそう言われて携帯の画面を覗き込む。


詩乃『失敗した。先輩、経験が無いみたいで。どうしたいいと思う?』


未来『落とすには、ってこと?』


詩乃『そう。いつもみたいに』


未来『それで長続きした試しがないでしょ?』


詩乃『だって、私、ああいうのが好きだから』


未来『身体の関係?』


詩乃『ん、まぁ。』


未来『多分、桐生先輩、そういうのは苦手だと思うよ?もっと仲良くなってから自然に、じゃないと』


詩乃『分かってるんだけど、不安なのよ。早く私のものにしないと。安西先輩の件も、千石先輩の件もあるし』


うっわ。千石先輩のこともやっぱり知ってるのか。


未来『詩乃、私ね。詩乃にはこういうことはもうやめてもらいたいの。見ていられないの。もっと自分を大切にして?お願いだから』


詩乃『未来はそんなこといってるから彼氏が出来ないのよ』


未来『それは……。私はそういうのは彼氏じゃないと思ってる』


詩乃『じゃあなに?』


未来『セフレ』


ゆるぎのない言葉、文字。その言葉を目にして頭に衝撃が走った。


詩乃『でも恋人同士になったらそういうことするでしょ?』


未来『詩乃は恋人同士になる前にそういう事に執着し過ぎなんだと思う。自然じゃないと思う』


詩乃『そっか。未来には私の生き方が理解してもらえないのかなぁ』


未来『賛同してほしかった?』


詩乃『ちょっとね。でもありがとう。他の人に聞けて。ちょっと定峰に慰めてもらってくる』


ここでやり取りは終わった。


「とまぁ、こんな感じ。最後の定峰ってのは元カレね。慰めてもらってくる、っていうのは、多分」


思考が追いつかない。本当に?詩乃ちゃんが!?


「な、なぁ、こういうのってどう思う?」


俺は七海ちゃんに意見を求める。一緒にいてもらってよかったかも知れない。冷静な答えが聞けそうだ。


「先も言ったじゃないですか。詩乃ちゃんはやめておいた方がいいって。理由は今のでわかった思うけど」


「だよなぁ。ちょっとこれには俺も……」


「ドン引き、ですよね。分かります」


未来ちゃんまでそんなことを言っている。率直に言ってこれは俺の中でもNGだ。流石について行けない。ってか、ほぼ肉体関係が主な付き合いじゃないか。俺はそんなの望んでない。少しはその、、、だけど!


「俺、断ってくるわ」


「そうですか。あ!でも、このことは絶対に言わないでくださいよ!?」


「言わないって。大丈夫だから。それじゃ、早めに決着を付けたほうがいいと思うから、俺は行くわ。これ、みんなのお代ね。ありがとう」


俺はそう言って和菓子屋を後にして萩ノ宮に戻ることにした。

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