第29話 攻め
「あ。先に来てたんだ。悪いな。待った?」
「ううん、そんなに。待たせたら悪いと思って私が少し早く来ただけだから」
さっきの詩乃ちゃんとは別人のようだった。屈託のない明るい、初な感じ。とても元カレがいたような女の子には見えない。
「それで、今日は私の家で漫画三昧、でいいの?こんなに天気がいいのに」
「ああ、構わないよ。今日は自宅でそうしようと思っていたら、楓、あ、妹の友達が来るとかで追い出されたんだ」
「そうなんですか」
いつもは敬語なのに"でいいですか?"ではなく"いいの?"とか言うのすら気になって仕方がない。この目の前にいる詩乃ちゃんは本当の詩乃ちゃんとは違うとか考えてしまう。
「それじゃ行きましょうか、暑いですし」
「ああ」
さっきまでも元カレと会っていたのに、その気配を微塵も感じさせない詩乃ちゃん。今も関係が続いてるんじゃないかって不安になっているけども、とても聞けない。そんなことを考えながら歩いていたら詩乃ちゃんに手を握られた。
「いいですよね?」
覗きここむような感じでそう言われて「いいよ」と返事をしたが、それさえもあざとく感じてしまった。本当の詩乃ちゃんは一体どんなヒトなんだ。
家に到着すると、詩乃ちゃんの部屋に上がってベッドしたの引き出しを全開にして各々漫画を読み始める。今日は二人共床に座っている。ミニスカードで崩して座る足元が妙に艶めかしい。さっきあんな話を聞いたからだろうか。もしかして詩乃ちゃんはこのまま俺にして欲しいのだろうか。そんなことを考えながら漫画を上の空で読み進める。
「詩乃ちゃん?ちょっと聞いていい?」
「はい。なんでしょうか?」
「詩乃ちゃんてこうして男の人とこの部屋でこういう事するのって初めて?」
「なんですか急に。初めてですよ。こんな漫画趣味、バレたら何を言われるか分かりませんし。だから先輩をを、六本木のイベントに誘ったのも結構賭だったんですよ?ドン引きされたらどうしようって。でも勇気を出して良かったです」
初めて、か。友達なら来たことがある、とかそういう答えが帰ってくると思っていたんだが。この答えは隠したい、ということなんだろうな。自分は元カレがいたら駄目なヒト、と思われているのか、詩乃ちゃんなりの男を捕まえるための世渡り術なのか。どちらにしてもネガティブは方向に考えてしまう。
「あの。先輩。そっちに行ってもいいですか?」
詩乃ちゃんは俺の返事を待たずに俺の横に移動してきた。かなり密着している。嬉しそうな顔をしているが、それすらも仮面に思えてきて素直に喜べない。喉が渇く。机の上の麦茶に手を伸ばす回数が増える。
「あ、空になってますね。おかわり、入れてきますね」
詩乃ちゃんはそう言って立ち上がって前かがみなって床に置かれたお盆の上のコップを取る。当然のようにスカート中が見えた。フリルのついた可愛い黄色のパンツ。これもわざとなんだろうか。パンツが見えた嬉しさよりも不安が心を支配する。
「お待たせしました」
再び、俺の横に座る詩乃ちゃん。
「あの、さ。さっきコップを取る時にこう……前かがみなったじゃん?それでさ、その……」
「あ!……見えちゃ……ました?」
「ん、まあ」
「先輩にならいいですよ。恥ずかしいですけど」
俺にならパンツを見せてもいい。つまり……いやいやいやいや。でも誰もいない家の自室に誘い込む……ゴクリ……生唾を飲み込んでしまう。どうすればいいのだろうか。これは誘っているのだろうか。でも思い込みだったら。いや、実は計画的なことで既成事実を作ろうとしている、ということだったら。もう頭の中がメチャクチャだ。
「先輩?」
「あ、ああ、すまん。その、ちょっと刺激が強くてな」
「先輩、ウブなんですね」
「いや、彼女のパンツを見たらそうなるって」
「そうなんですか?じゃあ……」
そう言って詩乃ちゃんは俺の首に腕を巻いてきた。ちょっ!まっ!これはっ!!
「ん……」
「!!」
「しちゃい……ましたね……」
「ふ……んん……」
そう言って間髪入れずに唇を奪われた。今度は舌を絡ませてきた。キスは唇をつけるだけの行為だと思っていた俺には衝撃だった。為す術もなく詩乃ちゃんに俺の舌は弄ばれていた。
「んはぁ……ん……」
何度も何度も。気がついたら、俺は後ろに倒れてベッドにもたれかかる様になっていた。詩乃ちゃんはそれに覆いかぶさるようにして、俺の頬を両手で押さえてキスの雨を振らせて来ていた。初めての経験に頭がとろける。
「せん……ぱい……」
「ん……はむ……」
右手が俺の膝に伸びる。内股をゆっくりを上がってくる詩乃の指。その先は!と思ったら戻る指先。
「う……わ……ぁ……」
思わず声が漏れる。正直、すごく気持ちいい。このまま身を委ねたくなる。でも、でも……。あの男の言葉と顔が脳裏に浮かぶ。
「や、詩乃ちゃん、駄目だよ」
俺はそう言って詩乃ちゃんの両肩を持って起き上がらせた。
「なんで……ですか?先輩は私のこと、嫌いなんですか?」
「そういうわけじゃないんだけど。こういうのはさ……」
「自分の方から、ですか?」
詩乃ちゃんはそう言って僕を跨いでベッドに座った。またぐ時に見えた黄色いパンツが艶めかしい。ちょっと色も……いや。ここは。
「先輩?」
「詩乃ちゃん」
「はい。恥ずかしいですか?大丈夫です、私も恥ずかしいです」
そう言ってはにかむ詩乃ちゃん。このままベッドに上がって押し倒せばきっと、そういう関係になれるだろう。正直魅力的だ。しかし、こんな気持のまま、そんなことをしてもいいのだろうか。
「俺は……俺は……そんな詩乃ちゃんを……」
詩乃ちゃんの顔が若干怖がっている様に見えた。しかし、自分の気持に嘘はつけない。
「そりゃ、こういうことをしたいって思ったりもするけどさ。なんか違うと思うんだよ。もっと分かり合って、気持ちを通じあわせてからって。俺たちまだ……」
「私は!先輩のこと……大好きなんです……こうして身も心も捧げたいくらいに大好きなんです」
「詩乃ちゃん……俺は……」
「だから!!……嫌いになってほしくないんです……お願いします……」
詩乃ちゃんそう言って両手を顔に当てて泣き始めた。ここでの俺の選択肢は二つ。
(1)そんなことないさ、と抱きしめる
(2)そんな詩乃ちゃんは好きになれないと言う
この関係を継続させるか、断ち切るのか。なあなあな関係は詩乃ちゃんにも失礼だし、何よりも自分の気持がわからなくなる。
「ちょっと一旦、落ち着こうか。感情的に話をしても良い結果になるとは思えない。ひとまず、今日は失礼するよ」
俺は床に落とした読みかけの漫画を引き出しに仕舞って部屋を出ようとした。
「先輩……嫌いに……ならないで……お願い……嫌われたら私……私……!」
そう言って後ろから抱きしめられた。俺は目を閉じて詩乃ちゃんの顔を想像する。泣きじゃくる詩乃ちゃん、演技をする詩乃ちゃん。どっちの顔なんだろうか。恐らく詩乃ちゃんは俺が振り向かないと思っているだろう。ここで振り向けば本心の詩乃ちゃんの顔が見れるかも知れない。
「大丈夫だよ。心配しないで」
僕は後ろから回された手に両手を当てて、ゆっくりとそれを解いた。
「ほんとうですか?信じてもいいんですよね?」
ダメ押しの確認が来る。
「"今は"信じてくれ」
俺もズルいとは思ったけど、玉虫色の答えを残して詩乃ちゃんの家を後にした。
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