第28話 人選ミス

「はあぅあっ!やっと夏休みだ」


大きな伸びが捗る。

最高のゴロゴロ体験が可能な時期だ。クーラーの聞いた部屋で漫画を読みながらゴロゴロするのは最高だ。詩乃ちゃんも漫画を読むのが好きだから一緒にゴロゴロできるといいな。なんて考えいたらベッドで一緒にゴロゴロする姿を想像してしまって年頃の青少年には少々刺激の強いものになってしまった。


「さて。初日の今日は最高のゴロゴロを体感するんだ。そうだな。ジュースとポテチは必須だな。あとお昼ごはんも買っておきたいな……」


「(おにーちゃん!おにーーちゃんってば!!開けるよ!)」


ドアの向こうからカオスがやってきた。


「居るならさっさと返事してよね!ってかまだパジャマなの?早く着替えなさいよ。そして家から出ていって。今すぐに。早く」


「なんだ?騒々しいな。今日はここで静かにゴロゴロを楽しむんだ。誰にも邪魔はさせないぞ」


「いいから、早く出ていってよ!友達が来るの!」


「彼氏か?出来たのか。おめでとう」


「喧嘩売ってる?友達って言ってるでしょ!女の子よ!!」


そう言って乱暴にドアを閉めて、外から「30分以内に出ていって!」という声が聞こえた。


桐生『というわけなんだよ』


詩乃『大変ですね。そうだ。私お家に来ませんか?マンガ本もたくさんありますし。冷たいお茶も出しますよ』


桐生『それを期待して連絡した』


詩乃『あはは、そうなんですか。それじゃ11:30に駅前で』


桐生『了解した』


楓に家を追い出されてしまったので、近所の公園のベンチから詩乃にそんなメッセージを送ってクーラーの効いた部屋で漫画を読む環境は、確保出来た。真横に安西が居る以外は。


「お前、なんでここにいるんだよ」


「日光浴ってやつかしら?ほら、こんなに天気の良い日に家の中に居るなんて不健康でしょ?」


「日焼けするぞ」


「ちゃんと日焼け止め塗ってるから大丈夫よ」


「で?その格好はなんなんだ?」


「これ?買ってもらった服だけど?」


そう、安西はいつかのデートもどきで買ってやった服をフル装備してきたのだ。こんな姿を詩乃ちゃんに見られたら最悪だよね。


「あー。それにしてもあちーなー」


「それならウチでまた宇治金時かき氷でもいかがですか?先輩」


ベンチの後ろに頭を反り返すと、ベンチの後ろから七海ちゃんに上から覗き込まれた。


「うわっ!びっくりした。なんでこんなところにいるの」


「親戚の人がうちに来ているんですよ。それで、小さい人たちの世話を頼まれて」


そう言って指さした先にはコンクリートの大きな滑り台で遊ぶ数人の小さい人たち。


「なるほど。七海ちゃんも大変だなぁ」


「で、桐生先輩は夏休み初日から安西先輩と浮気ですか?」


「ちっげーよ。コイツが勝手に横に座ってきたんだよ」


「あら。そうだったかしら?」


おほほほ、じゃないんじゃ。七海ちゃんは危険なんだぞ。これは内密に、とかいうとあとで何を言い出すか分からん。早々に撤退したほうが良さそうだ。


「それじゃ、それは詩乃ちゃんと約束があるから。あと安西は七海ちゃんの親戚の子たちを世話してやってくれ。七海ちゃん一人だとあの人数は大変だろ」


詩乃ちゃんとの待ち合わせ場所まで付いてこられたら、それこそ最悪だから先制攻撃を仕掛ける。


「いいわよ。それじゃ、いってらっしゃい桐生くん」


嫌にあっさり引っ込んだな……。それはそれで嫌な予感はするんだが、まぁ、付いてこられるよりはマシだ。早々のこの場所を離れよう。

萩ノ宮には待ち合わせ時間の1時間も早く到着してしまった。この前も来たけど、南口にはなにもない。北口に行ってみるか……。


「お。こっちはかろうじて駅前っぽい」


どこか喫茶店でもないかと歩いていたら"カトナコーヒー"という喫茶店を見つけたので入ろうと思ったら、窓際の席に見慣れた顔。詩乃ちゃんだ。隣にはちょっと年上の男の人。

お兄ちゃんかな?大阪に行ってるって聞いたけど、実家に帰ってきてるのかな?挨拶くらいはしておいたほうがいいのだろうか。なんの気もなしにお店のドアを開けて詩乃ちゃんに近寄る。


「今日はいきなり呼び出してごめんね。ちょっと相談があって」


「いいよいいよ。ただの友達って関係じゃないんだから」


「紛らわしいこと言わないでよ。ただの元カレ、ってやつでしょ」


元カレ。これは困ったぞ。何気なく入って注文カウンターに来てしまったから二人はまだ気がついていないようだが。このまま出るのも何だし、気が付かれる。


「あ、アイスコーヒー一つ」


「はい」


今日は暑い。帽子を被ってきたのと、長年のボッチ生活で身につけた気配の消去術を駆使て、窓際席の後ろを取り抜けて奥の席に着く。右ひじを付いて窓際の席と反対の方を向く。


「で?今日はなんだ?いきなり呼び出して。復縁したいとか?」


「そんなんじゃないって。この前も言ったでしょ?彼氏ができたの」


「なんだ。そういうことか。で?こんなことしているところを彼氏に見られたら誤解されるんじゃないの?」


既に見られてるし、若干の疑念を抱いてるけどな。


「ちょっと相談したいことがあって。彼ね、同じ高校の同じ部活の同級生からかなり積極的に言い寄られているのよ。仮にとはいえ、彼氏彼女みたいな関係にもなったことがあって……」


「仮にってなに?」


「あ、なんか、1日だけ彼氏彼女になりましょう、とかで買い物に行ったみたいで。そこで桐生くん、あ、私の彼ね。が、かなり入れ込んだみたいなの。で、今は私から告白したのもあって付き合うことになったんだけど、どう思う?」


「相変わらずの補足が必要な質問だな。彼は本当はその同級生が好きなんだけど、自分にそんなことをした相手を素直に受け入れるのが嫌で、告白された詩乃と付き合うことにして埋め合わせしてるかどうか?そんなところ?聞きたいことって」


「そうんなところ。ね、どう思う?」


「うーん。同じ男としてそれは結構悩ましいな。その彼女、名前は?」


「安西さん」


「その安西さんって美人?」


「すごく。それにスタイルもすごくいい。性格は好き嫌い分かれそうなタイプだけど」


「なるほど。詩乃は自分よりもハイスペックな安西さんを差し置いて、なぜ私なのか、って不安なんだな?」


「正直ね。自信が持てないの」


この会話、聞いちゃダメな奴なんだろうなぁ。でも今更出ていけないし。最初からいた事にするか?


「そういえばさ。彼とはもうしたの?」


「えっと……まだ」


「そんなの早くして既成事実作っちゃいなよ。そうしたら、その安西さんって人も諦めるって」


「そんな適当なこと言わないでしょ。いきなりそんなのしたら私が軽い女だって思われるじゃない」


「どうだか。俺と出会ったのもそういう感じだったじゃん」


「あー、もう、その話するから会わなかったのに。ちゃんと答えてよ」


「ごめんごめん。そうだな。そこまでしなくても、キスくらいは早くしちゃったほうがいいと思うぞ。男はそういうことで独り占めしたくなるというか独占欲が高まるから」


「ふぅ……なんだかんだいって色仕掛けなわけ?もうちょっと違う意見を求めていたんだけど?」


「それを俺に聞くのかよ。人選ミスだよ」


「そうね。それじゃ、そろそろ時間だから。私はこれで。分かってると思うけど、ついてこないでよ」


詩乃ちゃんは出ていった。心臓がバクバクいってる。手で押さえなくて分かるくらいに。音が外に聞こえてるんじゃないかってくらいに。あの人は詩乃ちゃんの元カレで、行く所までいっていて、新しい彼が出来ても会うことが出来るヒト。俺の詩乃ちゃん像が崩れ去る音がした。なんて顔でこの後会えばいいのか。


「とりあえず、待ち合わせ時間になってるし、南口に移動しよう」


北口の階段を上がって改札前を通り過ぎて南口へ。

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